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「Massepain d’Issoudun ;マスパン・ディッスーダン」

以前にも書きましたが、Massepain ;マスパンという名前の付いたお菓子は、次の3タイプに分けることが出来ます。
・アーモンド+フルーツの「カリソン」タイプ
・アーモンドベースの素朴な「マカロン」タイプ
・ビスキュイタイプ(アーモンドは入っていない)



この町のマスパンはカリソンタイプ。

この菓子の生まれたIssoudun;イスーダンは、フランス中部に位置するCentre地域圏、Indre;アンドル県にある町。
スぺインのサンチャゴデコンポステラへ向かう巡礼路上にあり、
19世紀末からはBasilique Notre-Dame du Sacré-Coeur(ノートルダム・デュ・サクレクール寺院)の聖母マリアへの巡礼も行われています。

他のマスパンやマカロン同様これもまた地元の聖ウルスラ会修道女によって作られたもので、
フランス革命後の1790年、彼女たちはrue Porte Neuve (現在のrue Danièle-Casanova)に店を出し
販売を始めました。
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                   ↑ rue Porte Neuveを撮影したポストカード。ココから借用


このパティスリーの最後の所有者はDujardinという人物。
ルセットは秘密にされたまま1960年まで作り続けられ、Jacques Guyard ;ジャック・ギヤール氏が再び製造し始める
までの30年間廃れた状態だったと言います。
* 元はBourgesのベネディクト会修道女たちの作っていたルセットが聖ウルスラ会修道女へ伝えられたと言う説もある。サン・ローラン・ベネディクト会修道女たちはブルジュのマルシェで自分たちの作ったお菓子を販売しており、使われた型や道具が残っている。

この菓子はフランス中に知られるほど有名で、ロシア宮廷やバチカンへも送られていました。
* ナポレオン(1769-1821)やローマ教皇ピオ9世(1792-1878)も好物だったとか。


作家Honoré de Balzac ; オノレ・ド・バルザック(1799-1850年) は、その名声に一役買った一人。
バルザックは1823年から1830年の間Issoudun ;イスーダンをしばしば訪れ
友人のZulma Carraudの家に滞在しています。
この時Auberge de la Mère Cognet ;オーベルジュ・ドゥ・ラ・メール・コニエへも赴いて
コーヒーと共にこのマスパンを好んで食べていました。
彼の小説「La Rabouilleuse ;ラ・ラブイユーズ(1842)」の舞台はイスーダン。
バルザックはこの中でMassepain d’Issoudun ;マスパン・ディッスーダン
フランスのコンフィズリーで最も偉大な発明の1つである
と紹介し、このオーベルジュについても詳しく描写されています。
* 大きなお屋敷の元馬丁だったCognet氏と、元ブルジョワ家庭の料理女だった賢くて料理上手の妻が切り盛りする
このオーベルジュは非常に人気があった。現在でもRestaurant La Cognette ;ラ・コニェットの名前で存在している。


バルザックのラ・ラブイユーズが後押しとなり、出版から2年後の1844年3月には
ある菓子屋によってパリの39 bis rue Vivienneにマスパン・ディッスーダンを販売する店が開店したほどの
大人気となっています。


私がIssoudun ;イスーダンを訪れたのは2004年6月のこと。
Jacques Guyard ;ジャック・ギヤール氏によって1989年に創立された
マスパン・ディッスーダンの製造販売会社Benuxの工房を見学させて頂きました。
* 残念ながらこの工房は現在無くなってしまったようです。
この記事を書く前に問い合わせた返事が今日(6/26)届きました。現在でも少量ながら製造を続けているそうです。webはこちら

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                                 ↑ 工房の一部

購入したマスパンの箱には原材料として
アーモンド、砂糖、レモン、セドラ、卵白、転化糖、オレンジ花水」と書かれています。
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                             ↑ 購入したマスパンのパッケージ

ジョルジュ・サンドのひ孫の妻、Christiane Sandが出版した「A la table de George Sand(1993)」
には、Lisa Sand(ジョルジュ・サンドの息子の妻)が書き遺したMassepain d’Issoudun;マスパン・ディッスーダン
のルセット(Ulric Richard Desaix (1838-1924)のルセット)が掲載されています。

材料は「アーモンド、砂糖、ライムのゼスト、セドラコンフィ、卵白」。
焼いた生地の表面に、バニラ或いはオレンジ花水で香り付けしたグラスロワイヤルを薄く上掛けします。

ギヤール氏がどこからルセットを手に入れたのかは分かりませんが、このルセットからみても
当時からのルセットとほぼ同じものなのだろうと想像できます。

Benuxが無くなってしまったので、現在マスパンの販売はどうなっているのか観光局に問い合わせてみたところ
マスパンはラ・コニェットで販売されています」とのお返事を頂きました。
Benuxとラ・コニェットのマスパンが同じものなのかは不明ですが、取りあえずは販売されていることが分かって
ちょっぴりホッとしました^^
* こちらの映像ではラ・コニェットのシェフ、ジャン・ジャック・ドミー氏がデザートとして柔らかくアレンジした
マスパンの作り方を見ることが出来る。




                                   ※※※


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by Ethno-PATISSERIE | 2012-05-18 21:42 | ⑦Centre | Trackback | Comments(4)
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Commented by M at 2013-04-25 16:16 x
マスパンの食材のセドラとは、どんな物でしょうか?
初めて聞きましたねぇ。
イスーダン、巡礼路上にある町の名が付いたお菓子かぁ〜。
巡礼経路の町などには、こう言ったお菓子は沢山あるんでしょうね。楽しいですね。
Commented by Ethno-PATISSERIE at 2013-04-26 09:29
Mさん Cédrat;セドラは柑橘系のフルーツで、フランスだとコート・ダジュールやコルシカ島で栽培されています。コンフィにしたものがお菓子に使われます。巡礼路や修道院で作られるお菓子にはアーモンドを使用したものが多いですが、どれも素朴で美味しいです^^
Commented by M at 2013-04-26 10:36 x
セドラは柑橘系の果物ですかぁ。これは美味しそうですね。
食べてみたいです。
やはり、アーモンドのお菓子が多いんですね。
大好きです。香ばしいですしね。
Commented by Ethno-PATISSERIE at 2013-04-27 10:17
Mさん アーモンドを使ったお菓子は香ばしくて皆に好まれますね^^やはり美味しいです♪
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