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「紹介するに値する『パリで最も古いパティスリー』」のその後…  その①

前回のブログでご紹介した、1669年 rue du Mont Saint-Hilaire,16(モン・サン・ティレール通り16番地) (*)に創業された有名パティスリー「Au Puits Certain ;オ・ピュイ・セルタン」。
(*)現在のrue de Lanneau(ラノー通り)
お店の創業から228年後の1897年5月、当時の所有者Villez氏によって40bis rue Saint-Jacquesへ移転してしまいましたが、その後どうなったのでしょう?

現在この住所にパティスリーはありません。
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↑ 赤い矢印の建物が40bis rue Saint-Jacques

とはいえ、このパティスリーの流れが途絶えたわけではありませんでした。


少々話はそれますが…
かつてパリ9区の 22,rue des Martyrs(マルティール通り22番地)に『Rousseau et Seurre Traiteurs ;
ルソー・エ・スール・トレトゥール』というパティスリーがありました。
この住所、お菓子好きの人ならばご存知かもしれません^^

当時この「ルソー・エ・スール・トレトゥール」オーナーだったGerard Seurre ;ジェラール・スール氏の引退にあたり、シェフ・パティシエが後を引き継ぐのかとも思われていましたが、売却。

この『Rousseau et Seurre Traiteurs ;ルソー・エ・スール・トレトゥール』について調べている時に
「Maison fondée en 1669 au 40 bis rue Saint-Jacques 5e reprise en 1912 par Paul Seurre」
1669年、5区にあるサン・ジャック通り40番地の2に創業した店がPaul Seurre ;ポール・スールによって1912年に引き継がれた。

と書かれているものを発見!


前回のブログを読まれた方にはすぐ分かると思いますが、1669年に創業したのは40bis rue Saint-Jacquesではなく、rue du Mont Saint-Hilaire,16(モン・サン・ティレール通り16番地) に創業した店「Au Puits Certain ;オ・ピュイ・セルタン」のこと。おそらく店の所有者がこの住所に移転した為、このように書かれたのでしょう。
*年代から見て、おそらくVillez氏からPaul Seurre ; ポール・スール氏が引き継いだのではないでしょうか。

このポール・スール氏は、菓子職人であり料理史家そして「Le Mémorial hisrorique et géographique de la Pâtisserie(歴史的・地理的 製菓覚書)」等々の著者でもある、有名なPierre Lacam ;ピエール・ラカン氏の娘Henriette ;アンリエットと結婚しています。
*この店を手に入れた年、彼は30歳(アンリエット23歳)。調べても分かりませんでしたが、この時すでに結婚していたかもしれません。
*因みにラカン氏は1902年8月(65歳)にこの世を去っています。スール氏はラカン氏の本の再版、改訂増補版を
数多く出版。

ポール・スール氏についてはこれ以上詳しいことは分かりませんでしたが、ラカン氏の娘婿ともなればこの店を
買い取るにふさわしいような気もしますね^^

さて、この夫婦の息子Pierre Seurre ;ピエール・スール氏は、7,bd.Rochechouartに菓子屋を構えていたRaul Rousseau ;ラウル・ルソーの娘 Madeleine ;マドレーヌと結婚します。
*「Rousseau et Seurre ;ルソー・エ・スール」という名称に変更したのは1956年のことのようで、ピエールが44歳の時とすると、それぞれの親が退職して後を継いだ後に変えたのかもしれません。
* ルソー氏のパティスリーがあった住所は1956年「Rousseau et Seurre」という同じ名前で不動産を扱う会社に
変わり、2016年7月に廃業しています。

そしてピエールマドレーヌの息子が上記のGerard Seurre ;ジェラール・スール氏です。
彼が1985年末に『Rousseau et Seurre Traiteurs ;ルソー・エ・スール・トレトゥール』という会社を創業。
22,rue des Martyrs(マルティール通り22番地)に店を移転し、25年後の2011年2月に閉店しています。

そう「オ・ピュイ・セルタン」は場所や店名を変えつつも、続いていたのです。
しかもピエール・ラカンという輝かしい経歴を持つパティシエの家系も加わって…。


その②へ続く・・・>




※※※




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by Ethno-PATISSERIE | 2016-08-21 22:24 | ⑫Paris/Ile-de-France | Trackback | Comments(2)
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Commented by M at 2016-08-22 06:35 x
1669年に創業された有名パティスリー「Au Puits Certain ;オ・ピュイ・セルタン」
当時のお店、見てみたかったなぁ。
誰が引き継いだか?その後のお店の状況などを調べたのですね!
22 rue des Martyrsは、今は、セバスチャン・ゴダール
がありますよね!
その先は、ローズ・ベーカリーもありますよね!
昔から22番地は、パティスリーがあったのですね!
次回も楽しみにしております!
Commented by Ethno-PATISSERIE at 2016-08-23 13:12
Mさん、そうなのです。ゴダールさんのお店になっているのですよね。次はそのあたりに触れたいと思います^^
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