カテゴリ:⑬Languedoc-Roussillo( 3 )

Rousquille ;ルスキーユというお菓子 その1

フランスの「Rousquille ;ルスキーユ」というお菓子は、
スペインとの国境となっているピレネー山脈の東(ルシヨン地方)と西(ベアルン地方)の2か所で
作られていますが、現在見られるものは別物と思えるほどの違いがあります。
*いずれもスペインから伝わったもの。彼の地では「Rosquilla ;ロスキーリャ」の名前で現在でも多くの
種類が作られ、またポルトガルでも「Rosquilha」「Rosquinha ;ロスキーニャ」と呼ばれるお菓子がある。


まずはルシヨン地方のルスキーユを…。

小麦粉、砂糖、、蜂蜜、卵、バター等で作られた生地にアニスやレモンの風味を付け、ドーナッツ形に
型抜きしたものをオーブンで焼き、メレンゲに熱したシロップを加えて作るグラサージュをかけて仕上げた
お菓子です。
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↑ Amélie-les BainsにあるPâtisserie Pi Rouéのルスキーユ

 
その柔らかさから「Rousquille fondante ;ルスキーユ・フォンダント」と呼ばれ、
また「Rosquille ;ロスキーユ」というスペルも見られ、丁寧な解説付きで地方菓子が紹介されている
「オーボンヴュータン」河田勝彦のフランス郷土菓子』の中ではこちらの名前で掲載されています。

パティシエによって作られるルスキーユはグラサージュで穴がふさがっていたりと不均一な形ながら
口溶けは良く、穴の無い円形に型抜きしたものもみられます。
工場製のものも広く出回っていますが、こちらは完璧なドーナッツ形でグラサージュもなめらか。
味わいも手作りものとは違います。

このルスキーユ、いつ頃から見られるようになったのかは不明ですが、
19世紀には大変人気があったそうでPyrénées-Orientalesピレネー・オリアンタル県、
特に「Le Valespir ;ヴァレスピール」と呼ばれるスペイン国境に接する地域のパティシエたちによって
作られてきました。
*Pyrénées-Orientalesピレネー・オリアンタル (正しくはピレネー・ゾリアンタル)県は、
北カタルーニャ(Catalogne Nord)或いはフレンチ・カタルーニャ(Catalogne francais)とも称され、
カタルーニャ語も使われる地域。他とは異なる文化圏となっている。


伝統的に作られているのは主にヴァレスピール地方の町であるAmélie-les-Bains ;アメリー・レ・バン
Arles-sur-Tech. ;アルル・スュール・テック、そしてPerpignan ;ペルピニャンの3か所。
かつては行商人たちがマルシェ等で移動販売していたような、ごく素朴な菓子でした。
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↑ 昔のポストカード。「Rosquilles Séguela-Combes」の文字が入っている。
この頃はロスキーユと呼ばれ、ドーナッツ形だったもよう


現在の形(表面を白いグラサージュで覆う)にしたのはアメリー・レ・バンのパティシエ Mr. Séguelaで、
1810年この素朴な菓子の表面をグラサージュで覆い、アニスをレモンに置き換えるアイディアを思いついたのだと言われ、周辺のパティシエたちもこれをまねて作るようになったのだそうな…。
*Maison Séguela-Combesのルセットは現在Maison Perez-Aubertによって引き継がれている。
ルスキーユのかたちはドーナッツ形ではなく丸形。
*「L’inventqire du patrimoine culinaire de la France Languedoc-Rousillon,1998」の中では考案者の名前はRobert Séguelaと記述されている。
しかし、こちらのブログ内でPâtisserie Perez Aubertで撮影された写真の中には「La Véritable rousquille a 200ans. C’est en 1810 que Monsieur Marius Séguela inventa ce biscuit moelleux parfumé au citron. Plusieurs fois médaillée,elle a fait tour du monde.En 2010,nous fêtons le bicentenaire de sa création.(…マリウス・セゲラ氏がこの柔らかいレモン風味のビスキュイを発明したのは1810年である。…)」
と書かれた掲示物がある為、Marius Séguelaという名前の方が正しいのかも?
(Patisserie Pérez Aubertに問い合わせてみたが回答なし)


またアルル・スュール・テックでは1850年以来、曾祖父Guy Touronの代から引き継がれているMaison Touronも知られています。
このようにルスキーユは時代と共に工夫が加えられ、パティシエそれぞれのこだわりと特徴のあるお菓子に
なっていったのです。
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↑ こちらはSaint-Paul de Fenouilletにあった今はなきBiscuiterie Brosseauのルスキーユ。



さて、私がこの地方を訪れたのは2004年6月のこと。

元々ルスキーユが目的の旅ではなく、どこかのお店で買えたらいいな…と思う程度でした。
パリのサロン・デュ・ショコラで知り合ったMaury;モーリーにあるDomaine Mas Amiel ;ドメーヌ・マザミエルのワイナリーを見学に行った帰り道。
タクシーで運転手さんに「どこか美味しいルスキーユを買える所は知りませんか?」と尋ねてみたところ、
わざわざお店まで連れて行って下さった上にプレゼントして頂き、しかもタクシー代までおまけして貰った
という、なんとも思い出深いお菓子となったのでした^^

その2へ続く…


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by Ethno-PATISSERIE | 2014-06-17 22:12 | ⑬Languedoc-Roussillo | Trackback | Comments(2)

ニームのお菓子「 Le Croquant Villaret ; クロカン・ヴィラレ」

Croquant ; クロカン」は、「Croquet ;クロケ」, 「croquettes ;クロケット」等と共に、
ナッツ入りの固いビスキュイのことで、古くからフランス各地で様々なタイプのものが作られていました。
* 名前は動詞croquer;クロケ(カリカリかじる)に由来し、croquantの名はcroquerの形容詞と同じ。
biscuit croquant;ビスキュイ・クロカンというと、「カリカリしたビスキュイ」の意味になる。

b0189215_0452693.jpg最近では「Croquant ; クロカン」の名称が良く見かけられますが、
古い本で探すと、かつては「Croquet ;クロケ」という名前の方が多く見られたことが分かります。。
分かっているもので一番古いと思われるのは1642年の文献で
Croquet ;クロケ」でした。
粉、卵、アーモンドを使い、バニラかオレンジ花水で香りを付けたものだった
ということで現在のものと大差ないものだったことが分かります。

フランス各地のスペシャリテについて書かれた「Trésor gastronomique de France(1933年)
Curnonsky /Austin de Croze共著の中で、croquettes,croquets,croquantsの名前のついたスペシャリテは全部で20個。
そのうちcroquantsは「Croquants de Nîmes ;クロカン・ド・ニーム」の1つのみ。
これは「Croquant Villaret ; クロカン・ヴィラレ」のことです。
 
↓ コチラがクロカン・ヴィラレ
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Nîmes ;ニームのrue de la Madeleine(マドレーヌ通)に、同じGard県Lédignanから来たブーランジェClaude Villaret ;クロード・ヴィラレがパン屋を出したのが、今でも続くこの店の始まり。
* かつてrue de la Madeleineの1部はrue des Barquettesと呼ばれパン屋が多く集まっていた。
それは近くに粉を引く水車が多くあり、小麦粉が効率よく供給されていた為。


Croquant Villaret ; クロカン・ヴィラレ」はクロードの息子、Jules Villaret ;ジュール・ヴィラレ
よって1775年に考案されました。
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                            ↑ 現役で使われている古い窯
* フォトグラファーのMichel Pradelにより1973年に撮影された写真では古い窯の様子が良く分かります。
ここのページの上から5枚目がその写真です。



その経緯はこんなものだったと言います。
この頃、政府による通貨変更により1個6liards(=1sou et demi ;1スー半)だったPain au lait ;パン・オ・レをお客が2スーで支払った場合1/2スー硬貨が存在しなかった為、お釣りに困っていた。
そこでクロカンを作って、お釣り代わりこれをお客に渡した

* Liardはフランスの古い硬貨で、1lirad=4sous。最後に鋳造されたのは1792年。1856年まで流通していた。
フランス革命以前の貨幣制度では 1 Livre ; リーブル=20 Sous ;スー(Sol ;ソル)=80Liards ; リアル=240Denier ; ドゥニエ。

お釣りがお菓子だなんて、お客は皆納得していたのかちょっと気になりますが
よほど美味しかったのか、もしかしたら(良くある)単なる「お話」なのかもしれませんね。
それにしてもこのような問題は他のお店でもあったはずですが、どうしていたのでしょう?

三代目はクロードの孫で「Croquanet ;クロカネ」と呼ばれたPaul Villaret ;ポール・ヴィラレ
後を継ぎ、Coque;コックと呼ばれるブリオッシュやFougasette;フガセット、1つ前のブログで取り上げた
Minerve;ミネルヴ等も製造するようになり、商品が充実されました。

しかしその後1969年、店を地元企業のSociété Raymond-Geoffroyに売却されます。
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↑ お店に飾ってあるポールさんの絵

* このポールさんが店を売却したとする記述もありますが、この企業のサイトには「1969年にクロカンヴィラレの秘密を手にする」というような内容の文章があり、ポールさんが亡くなったのは彼の肖像画に書かれているように1936年なので、辻褄が合いません。ヴィラレ家による店の経営は何代続いたのかは分からず。

さらに1987年にはRecolin Breydeが店を引き継ぎ、
2007年からは彼の孫Rémy Braydeが家族と共に店を切り盛りしています。


材料は「小麦粉、砂糖、アーモンド、レモン、オレンジ花水」で分量や作り方は秘密。非常に硬いのが特徴。
彼が店を継いだ当初は「クロカンが柔らかすぎる」と言いに来る常連客もいたのだとか…^^



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by Ethno-PATISSERIE | 2012-05-07 11:21 | ⑬Languedoc-Roussillo | Trackback | Comments(2)

フランスのラスク(?)「Le Minerve ; ミネルヴ」

日本で見られるラスク(Rusk) ですが、フランスでは一般的ではなく強いて言えば
Biscottes ;ビスコットがそれに近いのでしょうが、それ自体は決して甘いお菓子ではありません。
* 知り合いのフランス人は朝食用に常備、これにバターとジャムを塗りカフェオレに浸して食べていた。
スーパーへ行くとプレーンやレーズン入り、ふすま入り、グルテンフリー等様々なものが販売されている。


そんな中、唯一( ?)ラスクっぽいと思われる地方菓子が、この「Minerve ; ミネルヴ」。
Languedoc ;ラングドック地方Grad;ガール県のスペシャリテで、Hérault;エロー県等周辺地域でも
見られるようです。
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↑ これがミネルヴ

大きくナマコ形に焼いたオレンジ花水風味のブリオッシュ或いは売れ残りの大きなブリオッシュを使いますが
元々はエピファニーの時期に売れ残ったGâteau des Rois ;ガトー・デ・ロワを利用して誕生したものだと
考えられています。
* 以前ポルトガルからパン・デ・ローで作ったラスクを取り寄せたことがあった。
非常に美味しかったので充分考えられる話かも・・・?
果たして現在でもガトー・デ・ロワで作ったミネルヴは作られているのかな?



作り方はごく簡単。
ブリオッシュを薄切りにして軽く焼き、表面を乾燥させてから、卵白と粉砂糖で固めに作ったグラサージュを塗り、更にオーブンで乾燥焼きして出来あがり。
グラサージュはごく薄い焼き色しか付けない為 「tranche dorée ;トランシュ・ドレ」(黄金色の(=doré(e))薄切りしたもの(=tranche) の意味)という別名もあり、小さいブリオッシュで作った「minervette ;ミネルヴェット(小さいミネルヴの意味)」というものもあります。


その歴史についてですが、残念ながらはっきりしていません。
Larousse Ménager Illustré(1926年)にはラングドック地方特産品の中では、Uzèsのスペシャリテとして
記載されており、Guide Una(1931年)ではVilleraugueのスペシャリテとされていますが、20世紀初めにはあっただろうという程度で、更にはっきりとした情報は見つけられませんでした。
(source ; L’Inventaire du patrimoine culinaire de la France,Languedoc-Roussillon)


私がこの菓子に出会ったのは2004年6月、Nîmes;ニームを訪れた時のことでした。
予め売っているお店をメモして行きましたが、既に無くなってしまったお店もあって実際に見つけられたのは1775年創業の老舗ブーランジュリー「Croquants Villaret ;クロカン・ヴィラレ」だけ。
一見固そうですが実際はそれほどでもなく、素朴で美味しいお菓子でした。



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by Ethno-PATISSERIE | 2012-04-28 19:55 | ⑬Languedoc-Roussillo | Trackback | Comments(2)