カテゴリ:⑭Limousin( 8 )

Le Coq des Rameaux ; コック・デ・ラモー

今日はPâques ;パック(復活祭)ですが、ちょうど一週間前のLe dimanche des Rameaux ;
ディマンシュ・デ・ラモー(枝の主日)
のお菓子をご紹介します。
* 枝の主日についてはコチラをご参照ください。

以前、枝の主日の際に枝に下げるものとしてご紹介したメレンゲと同類のお菓子。
Coq des Rameaux ;コック・デ・ラモー(枝の主日の雄鶏)」と言う名前の通り、雄鶏の形をしています。
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↑ Guérétのお菓子屋さんVillechalane-Sionneauの「Coq 」


サブレ生地を雄鶏の形に抜き、ノワゼットの木で出来た棒を取り付けて焼成、表面にグラスロワイヤルと
ノンパレイユ(飾り用の極小ドラジェ、日本ではノンパレルの名前で販売されているようです)で飾り付けしたお菓子で
くちばしの部分に黄楊製(プラスチック製も有)の笛を付けるところもあります。

これはかつてリムーザン地方で見られたお菓子で、残念ながら今ではあまり見かけることが出来ません。
1900年頃Limoges ;リモージュのパティスリーでは枝の主日にこれを販売する為、
四旬節の間せっせとこれを作っていたのだとか。
50年代には殆ど姿を消し、80年代にはLimoges;リモージュとBellac ;ベラックでしか見られなくなったと言います。
枝の主日のミサに子供たちはこのコックを手に、或いは枝に下げて持って行き
ミサの間おとなしくしていたご褒美にこれを食べさせてもらえる」のでした。
この地方で育った年配の人々にとって、このお菓子は子供の頃の楽しい思い出の1つとなっているそうな…^^


でも、いったいどうして雄鶏の形をしているのでしょう???
かつて民間伝承では、日の出に鳴いて朝を知らせる雄鶏は太陽を表す動物とされ、
自然が眠っているかのような暗い冬に対する太陽、光の勝利を連想させ、さらには雄々しさ・男らしさを象徴する
意味合いを持っていました。
このいわば異教の雄鶏を、カトリック教会は枝の主日の際、キリストの受難に出てくる
le coq de saint Pierre ;コック・ドゥ・サン・ピエール(聖ペトロの雄鶏)
(イエスがペトロに「雄鶏が鳴く前に、あなたは三度私を否定するだろう」と言った)へと
巧みに置き換えたのでした。
そう、取り付けられた笛は雄鶏の鳴き声を意味していたのですね。。

元々このお菓子はCreuse ;クリューズ県特有のものであったということで、現在ではクリューズ県のGuéret ;ゲレ
Ahun ;アアン等で作られています。
写真を提供して下さったゲレのお菓子屋さん「Villechalane-Sionneau 」によると販売期間は2週間。

Le Diable sucré gâteau,cannibalisme,mort et fécondité ;Christine Armengaud著」という本に
このコックの写真が3種類掲載されていますが、そのうちの1つはこのお店のもの^^
こちらでも別のコックの写真が見られます。



※※※


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by Ethno-PATISSERIE | 2013-03-31 20:07 | ⑭Limousin | Trackback | Comments(6)

瓦で焼いたお菓子 「Le Creusois ;ル・クリュゾワ」

Creusois ;クリュゾワ」はCreuse ;クリューズ県のスペシャリテ。
ノワゼット、砂糖、バター、小麦粉、卵白で作られるお菓子です。
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↑ Le Creusois ;クリュゾワ、1人前サイズ

同県にあるタピスリー(タペストリー)製造で有名なAubusson ;オービュッソンでは20世紀初めには
Pâtisserie Passant-Robertの「la Noisettine aubussonnaise ;ノワゼティーヌ・オービュッソネーズ
(商標登録済)」と言う名前のノワゼットを使った焼き菓子が既に知られていました。

これらのお菓子の元となるお菓子の歴史は古く、
14世紀Crocq ;クロックの近くにある町La Mazière aux Bonshommes;ラ・マジエール・オ・ボンノム
あった修道院に始まると言います。

1969年この修道院の解体作業をしている際、古いフランス語で書かれた15世紀の古文書が発見され
その中に「窪みのある瓦で焼く菓子」のルセットが書かれていました。
当時クリューズ県菓子組合会長だったAubusson のパティシエAndré Lacombe氏と
彼の友人でCrocq のパティシエRobert Langlade氏がこれに手を加えて「Le Creusois ;ル・クリュゾワ」と
言う名前のノワゼットを使った焼き菓子のルセットを完成させ、販売を始めました。
* この古文書のコピーはクロックの観光局で見ることが出来ます。

彼らは県のスペシャリテ、旅行者がお土産に持ち帰ることが出来るような日持ちのするお菓子を作りたいと考えていたので、古文書発見は創作のいいきっかけになったと思います。

彼らは県内のパティシエ、ブーランジェ31人から成るL'Association Le Creusoisという協会を作り、
会員のみが同じルセットと容器を使って製造し、専用のラベルを付けて販売出来ると言う仕組みを作りました。
1972年には商標登録されています。
* L'Association Le Creusoisが「Le Creusois」のプロモーションビデオを作っている。


販売されている大きさは主に以下の3種類;
・1人前の小さなクリュゾワ(60g) 縁が波(菊)形になったアルミ容器を使用
・大きいクリュゾワ(360g)
・瓦で焼いたクリュゾワ(瓦込2,48kg)


私が初めてこの菓子に出会ったのは2000年、リモージュのLes Halles(屋内市場)でした(↓ コレ)。
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正確には「Creusois ;クリュゾワ」ではなく、「Gâteau creusois ;ガトー・クリュゾワ」と言う名前でしたが、
Creuse県出身のパン屋さんが作るこの菓子はノワゼットとバターの豊かな香りで、中は柔らかく外がカリッとしていて美味しい!

「次は瓦で焼いたものが食べてみたい!」と思うようになり、6年後クリュ―ズ県の県庁所在地Guéret ;ゲレへ。
(Creuse県は初めての訪問♪)

Guéret には協会に加入しているお店は3軒あり、そのうちの2軒で3個購入。
シンプルな焼き菓子で同じルセットで作られているとはいえ、やはり違いがあって瓦(と言うか瓦風に作った専用焼き型)は平らな容器で焼いたものより厚みがあるので内層が柔らかく、見た目のインパクトもあって楽しい♪
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お土産に買って帰って皆で食べるにはぴったり!(日本まで持ち帰るのはいささか大変でしたが・・・汗)


考案されてから40周年となる2009年には、92歳となった考案者の1人Robert Langlade氏の自宅に
大勢の関係者が集まってお祝いをしたそうです。
* Robert Langlade氏の息子Christianが1998年にCrocq の店を継いでいる。


最初にリモージュで食べたものが美味しかったように「Le Creusois ;ル・クリュゾワ」の名前ではなくても
同様に美味しいものがあります。
検索すればルセットも出てきますから、ナッツ風味の焼き菓子好きの方は是非お試しを。



                                      ※※※



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by Ethno-PATISSERIE | 2012-06-17 00:37 | ⑭Limousin | Trackback | Comments(2)

Massepains de Saint-Léonard de Noblat; マスパン・ドゥ・サンレオナール・ドゥ・ノブラ

地方の素朴なマカロンやマスパンに興味があるので、機会のある時に少しずつ取材しています。


フランスで「Massepains ; マスパン」というと、
お菓子の材料である「pâte d’amandes ; パート・ダマンド」を指すこともありますが、
ここでは完成されたお菓子である「マスパン」のこと。

◎マスパンという名前の付いたお菓子は、大きく3タイプに分けることが出来ます。
・アーモンド+フルーツの「カリソン」タイプ
・アーモンドベースの素朴な「マカロン」タイプ
・ビスキュイタイプ(アーモンドは入っていない)



リモージュからバスで30分程のところにあるSaint-Léonard de Noblat ; サンレオナール・ドゥ・ノブラでは、
マカロンタイプのマスパンが作られています。

以前リモージュへ訪れた際、ここへ行ってみようと試みたことがありましたが、
バスしかなく、本数も少なかったため諦めたのでした。
その後2006年5月「Confrérie des Lichonneux de Tarte Tatin」のChapitre;シャピトルに参加した際、
たまたま「Confrérie du Massepain de Saint-Léonard de Noblat ;コンフレリー・デュ・マスパン・ドゥ・
サン・レオナール・ドゥ・ノブラ」のメンバーが参加していて、お話をしたのをきっかけに、
再び行ってみようと思い立ったのでした。



町の中心にあるロマネスク様式のCollégiale;コレジアル(司祭ではなく参事会は管理する教会)は
ユネスコの世界遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼路」の中に登録されています。
古い建物も多く残されていて、中世の面影を感じさせてくれます。
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コレジアル内には囚人の擁護者で、病気の家畜、産婦の守護者とされるSaint Léonard de Noblac
聖レオナルド(レオナルドゥス)の墓があり、囚人の鎖で飾られています。
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「結婚や子供を望む女性たちが鎖についている差し錠を触りに訪れる」という慣習があるのだとか。。



この町のマスパンは1899年に「Camille Petitjean;カミーユ・プティジャン」が売り出したことから始まったと言います。
(看板にはdepuis 1830と書かれていて、店の創業の方がマスパンの生まれた年よりも古かったことが分かります。
またこの看板は後にルセットを受け付いたSerge Rampnoux氏の名前が書かれています)
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元となったルセットは、食料品店を営んでいた彼のおばMme. Betouleから受け継いだもので、
彼女自身は「町に立ち寄ったスイス人修道士に教わった」と言われています。
カミーユの後は娘のジャンヌが彼女の子供、ガベル夫妻の協力でこれを作り続けたそうです。

一方『マスパンは近くにあった「アルティージュ修道院」に由来する作り方によって作られていたものである』
という話もあります。
地元の修道院で作られていたマスパンが一般に広まり、
プティジャン氏が改良して大々的に売り出したということも考えられますね。
当時は薪オーブンで焼かれていたそうですので、薪の香りが付いてさらに美味しかったでしょう^^



*******************************************************************


さて訪問当日は、町のパティシエFernand Coignac 氏とアポイントを取っていたのですが、
店へ到着すると店が閉まっていて誰もいない…(涙)。
(どうも定休日と気付かずに訪問のOKをくれたようで…^^;)

b0189215_22405817.jpg仕方が無いので、ご挨拶の手紙を出していた
「Confrérie du Massepain」のMm.Bigas宅へダメモトで
行ってみると、幸い在宅しており少しだけお話をお聞きすることが出来、さらには「Pâtisserie Caron;パティスリーカノン」のJérôme Caron氏をご紹介くださって、
幸運にも作り方を見せていただくことが出来ました。
*残念ながら現在Pâtisserie Caronは無いようです。移転したのかどうか等も不明
観光局に問い合わせたところ、閉店したとの返事がきました。
現在マスパンの製造販売をしているのはPâtisserie Coignac、Pâtisserie Colignon 、Pâtisserie Gouissemの
3店だそうです。



<作り方>
・皮をむいたスペイン産のアーモンドを粉砂糖と一緒に↓の機械にかけてすりつぶす。
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・メレンゲを加えて混ぜ合わせ、室温で寝かせる。
・卵白等を加えて生地を調整。

・オーブンシートを敷いたプラックに、絞り出し袋で生地を絞る。
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・表面に刷毛で水を塗る。
・オーブンで焼く。
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主材料はマカロン『同様アーモンド、砂糖、卵白』と単純。
材料の割合、生地を寝かせる時間や焼き方等によって仕上がりは微妙に異なり面白い。

この時は「Caron, Gouissem,Colignon, Aux Folies Gourmandes」の4種類を食べ比べです♪
b0189215_2332567.jpg ← Caron以外の3種類。左がGouissem


教会の前にあったPetitjean氏の店はそのまま残されていましたが、店は閉じられたまま。
(今はどうなっているのでしょ?)。
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b0189215_23404357.jpgPâtisserie Gouissemの看板には
「Seul détenteur de la recette Petitjean ;
プティジャンのルセットの唯一の保有者」
と書かれていましたので、
Serge Rampnoux氏からルセットを受け継いだのはこのお店。

つまり、ここのマスパンがオリジナルに一番近いということですね。




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Chapitreシャピトルとは…?&おまけ情報
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by Ethno-PATISSERIE | 2011-07-11 00:41 | ⑭Limousin | Trackback | Comments(2)

Macarons du Dorat ;マカロン・デュ・ドラ

b0189215_17114811.jpgMacarons du Dorat;マカロン・デュ・ドラ はLimousin地方Haute-Vienne県にある「Le Dorat;ル・ドラ」という町のスペシャリテです。
日本でもあちこちでよく見かけられるようになったようなガルニのはさんである、表面のつるっとしたMacarons lissesではなく、素朴なもの。フランスをはじめ各地にそれぞれ特徴的なマカロンがあって、毎年これを食べ歩く旅も(ボチボチ)しています。
↑ Macarons du Dorat、12個箱入りで販売

じつはこれが始めての訪問ではなく、以前にも1度お店を訪ねたことがありました。
手紙で取材の申し込みをしましたが返事はなし。
元々返事が来ることは少なく実際に尋ねると「待っていましたよ」ということが常だったので、「ダメもと」で行ってみました。するとお店は開いていたのに、オーナーはヴァカンス中で残念ながら留守。
しかもマカロンはその日の朝で売り切れ、マカロンの姿も拝めずに終わったのでした。

b0189215_1717252.jpg2度目(昨年11月)は日本から電話でしっかりアポを取り付けてから出発。
リモージュから6時半発の電車(他に選択の余地無し)でLe Doratへ。
7時22分到着、駅で降りたのはほんの数人だけ。駅前はお店のある旧市街からは離れていてとても寂しい雰囲気。

私が向かったのはお菓子屋さんではなくて、なんと「シャルキュトリー」。
マカロンを製造販売しているシャルキュトリーなんて聞いたことがありませんよね~?                         → お店の外観 

お店ではオーナーのDominique Ardillonさんが歓迎してくださり、ラボでマカロンの実演をしてくださいました。
材料は他のマカロンと同じでアーモンドプードル、砂糖、卵白のみ。

作り方はこんな感じ
アーモンドプードルと砂糖に卵白を加え、まず泡立て器で混ぜてから、手で力強く混ぜていきます。b0189215_1640067.jpgb0189215_1642241.jpgb0189215_16442122.jpg
ちょうどいい固さに調節したら絞り出し袋に入れて紙の上に生地を絞り出します。
その後一晩乾燥させるのがコツなのだとか。
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180℃で焼き、冷めてから下の紙ごと12個ずつに切り分けて箱に入れ完成!b0189215_1743965.jpgb0189215_1764320.jpgb0189215_1783869.jpg

焼きあがったマカロンはまわりがカリッとして中は半生っぽい感じで柔らか~。
アーモンドの香りが香ばしく、とっても美味しいマカロンでした

b0189215_17234337.jpgb0189215_17271758.jpgでは、いったい何故シャルキュトリーでマカロンを作るようになったのでしょう?
元々はお菓子屋さんで作られていたのが10年前に退職して作る人が誰も居なくなってしまったのを、観光客からの要望から そのお菓子屋で働いていた隣人にルセットを教わり2001年から作り始めたのだそう。
↑左;友人が作ってくれたというマカロンの看板   右;この地方のスペシャリテPâté de pommes de terre。この店ではこんな感じ

この時、アルディヨンさんはもうすぐ退職する予定だと言っていました。
今回確認してみると、もうすでに彼は退職していてレストランをしている息子のEmmanuelさんがこのシャルキュトリーを引き継ぎ、マカロンの製造を続けているそうです。

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駅前は寂れた感じでしたが、15世紀の城砦内にある旧市街は古い町並みが保たれた 歴史ある町。
フランス革命時、広場におかれたギロチンから流れた血で赤く染まっていた為「Rue Rouge;赤い道」と恐ろしい名前のついた小道もあったり・・・。
また「Collégiale Saint-Pierre;コレジアル・サン・ピエール」を始めとする 特徴的な様式の建物があちこちに残されています。 コレジアルには町の守護聖人Saint-IsraëlとSaint-Théobald.の聖遺物が祀られており 1659年から7年に一度行われているOstensionsと呼ばれる、 聖遺物箱を掲げ歩く宗教儀式も行われています。
今年は記念すべき50回目が行われましたので、次回は2016年の開催になりますね。

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by Ethno-PATISSERIE | 2009-10-03 17:48 | ⑭Limousin | Trackback | Comments(6)

châtaignes blanchies ;シャテーニュ・ブランシ

Limousin ;リムーザン地方で、栗は生産量も多く非常に重要な存在です。
かつては冬の間毎日食べる、主食のような存在だったと言います。

春にSt Yrieix La Perche ;サン・ティリエ・ラ・ペルシュにあるPonthier ;ポンティエさんのパティスリーを訪れた際、châtaignes blanchies ;シャテーニュ・ブランシのアルバム見せてもらい、どうしてもこれが食べたくなって同年秋に再訪したのでした。

b0189215_1437582.jpg栗の季節が始まるのは10月中旬以降、訪れたのは11月初め('06)のこと。
栗はPonthier夫妻が自ら拾ってきて下さったものですが、あいにくの外れ年で栗が少ない上、腐っていたり虫食いのものが多く、これに適した品種(小さくて味の濃い la bourrue等)だけでは足りなかった為、大きくて味の薄い栗も混ざっていました。


作り方;
①作る前夜、暖炉の前で鬼皮を剥く。
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↑ 左;ひたすら鬼皮をむきます。中;殻はタイル敷きの床にそのまま落とし、後で掃いて薪置き場に入れられる仕組み(便利!)。右;沢山剥いたのに虫食いが多かった~(涙)。 

②当日リムーザン地方の俚言で「toupi* ;トゥーピ」と呼ばれる、首の部分が狭くなった鍋に入れる。
③水を入れて火にかけ、沸騰させる。
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④沸騰したら1個取り出し、薄皮が奇麗にむけるようになっていれば火から下ろす。
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⑤2本の棒をつないだ「Bouéradou* ;ブエラドゥー」と呼ばれる道具を鍋の中に差込み、両手で棒をもって大きく回転させるように動かす。これによって栗同士がこすれ合って薄皮がむける。
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⑥大方剥ければ鍋の中身を目の粗いふるいにあける。
⑦薄皮のむけた栗を水の入った入れ物に入れる。
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⑧toupi の底に皮付きのジャガイモを敷き詰め、その上に栗を入れる。
⑨蓋をして火(弱めの火)にかけ1時間程蒸し焼きにする。
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食べ方はテーブルに白いシーツを敷いて鍋の中身をあけ、お皿は使わず、栗をそのまま(味付けしない)食べます。
栗そのままの味がこんなに美味しいとは思っても見ませんでした(大きい栗は味が薄く、品種選びの重要性を実感)
底に入れたジャガイモも美味しい!
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これにあわせる飲み物はシードル。この時はアルコールを飲まない人が多かったのでリンゴジュースでした。
この後食べるのは野菜(だけ)のスープ。ミキサーにかけてありますが、ドロッとした濃度の濃いものではなく、さらっと
したもの。
これに細かくなった栗を入れて食べると、スープが更に美味しくなってビックリ!
デザートには地元で採れるリンゴを使ったPommes au four ;ポンム・オ・フール(リンゴのオーブン焼き)と全て
地元ならではのものを用意してくださいました。
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このように昔ながらの方法で作るchâtaignes blanchies、今では非常に珍しいもので地元の人でも実際に見たことのない人が多いそうです。
その為、地元紙の記者がレポートに訪れていました。

b0189215_15525537.jpg今回、実際に栗を蒸し焼きにする工程はPonthierさんの奥さまRachelさんの実家で・・・。
彼女の実家かつては豚等も育てていたはこの辺りの典型的な農家だったそうで、家も納屋も当時のまま残されていてとても興味深く、そのまま博物館が出来そうな感じ。
このように貴重な体験をさせてくださった皆様に感謝!


◎châtaignes blanchies ;シャテーニュ・ブランシというのは基本的に、栗の鬼皮と薄皮を取る方法(火は通っていない)のこと。
栗の加工法や保存法は産地によって異なりますが、今回のような方法はLimousin地方で主に行われていました。
主食として毎日大量に食べる為、出来るだけ手間のかからない方法として考えられたものなのでしょう。

(*) これらの名前は場所によって変ります。
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by Ethno-PATISSERIE | 2009-09-24 16:12 | ⑭Limousin | Trackback | Comments(6)

St Yrieix La Perche ;サン・ティリエ・ラ・ペルシュ のマドレーヌ

b0189215_18232277.jpgリモージュの南、電車で40分程の所にあるSt Yrieix La Percheサン・ティリエ・ラ・ペルシュは自然の産物と歴史に恵まれた町。
町の起源は5千年以上前、ブルターニュと地中海を繋ぐ「金属の道」があったガリア時代に遡り、この地の豊かな鉱物資源、錫・鉛・銀・金がこの道を通って各地に運ばれていた他、水資源・木材等にも恵まれていた為に自然と人が集まり、古くから栄えていた町です。
1768年、硬質磁器を作るために重要なカオリンが発見された町でも
あり、それによりSèvres;セーブルにあった王室陶器製造所において
フランス最初の硬質磁器製造に成功しました。
↑ 立派なHôtel de Ville;市役所

b0189215_18305895.jpgマドレーヌがこの町のスペシャリテであることを知ったのは
初めてリモージュを訪れた2000年のこと。
この地方の特産物を扱う店で見つけたのがきっかけでした。

中世の時代サン・ティリエはスペインのサンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼路上重要な休憩地であり、帆立貝が巡礼者の印であったことから「マドレーヌという名前の娘が帆立貝の殻で焼いたお菓子を巡礼者たちに配っていた」と言う逸話もありますが「19世紀中頃にコメルシーから来た、あるコンパニヨン・パティシエによって作られた」という話も聞きます。
                                             ↑ 道路に埋め込まれた帆立貝マーク

b0189215_21571483.jpg町外れに工場があり、マドレーヌを製造している「Bijouビジュー」は
1845年Antoine Dubois氏によってbd. de l'Hôtel de Villeに創業された
パティスリーで、ショコラ・ノワールをかけたMadeleinettes(ミニマドレーヌ)がスペシャリテでした。(彼の息子、Pierreが工場化を推し進めて1970年に移転、現在は孫のJean-PhilippePierre-Louisが跡を継ぎ、約140人の従業員を抱えるまでになっています。)
← 「Bijou」の宣伝用Pins。土地柄磁器製のものも♪

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↑ Bijouの看板             工場直売所入り口           店内

L’inventaire du patrimoine culinaire de la France Limousinという本の中では「1931年のGuide UNAで、1840年創業のMaison PaublancがMadeleine de Saint Yrieixの創作者」となっていますが、観光局のパンフレット等では現在町のパティスリー等で販売されているマドレーヌは「1894年に創業したパティスリーのPierre Aublancの跡を引きついだもの」とあり、Paublancについては触れられていません。
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↑ Le Croquembouche       Pomminetteの看板          リモージュ焼きのマドレーヌ

かつてAublancの店があったと言われる場所にあるパティスリー「Le Croquembouche」のAlain Ponthier氏によれば、この店は1892年創業、彼が買い取った後、改装中に壁の中から「recettes des Madeleines Aublanc」とMadeleine limousineの創作者で1900年Aublancのシェフ・パティシエだったM.Vidalのルセットが書かれた
書類を発見して、大変驚いたといいます。
実際に拝見させて頂きましたが、手書きで丁寧に作り方が書かれており、Aublancの文字がはっきりと分かります。(PaublancというのはP. Aublancの間違いだったのかな?とも思えます)

b0189215_21353869.jpgMadeleines de St Yrieixの特徴はビターアーモンドで香り付けされていること、最初「Bijou」で販売されていたのがMadeleinettes;
マドレネットであることからサイズは大小の2種類あって、チョコをかけているものもあることでしょうか。


→ [La Cerise sur le Gâteau]のmadeleinettes
Ponthier氏の店ではLimousin地方の特産であるリンゴの香りを付けたPomminette;ポミネット(リンゴ濃縮果汁使用の小さいマドレーヌ)も販売しており、リモージュ焼きで作った大きなマドレーヌ形の容器(長さ:21cm,幅:15 cm,
高さ:15 cm。これにマドレーヌを入れて販売)を考案するなど、非常に独創的!
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↑ Ponthier氏によるPomminettesの実演


b0189215_21464193.jpgb0189215_21472162.jpgBijou」の他にもマドレーヌを製造販売している工場「Boule d’or」があります。
(以前はこの町にあったがSaint-Maurice-les-Broussesへ移転した「Madeleines Bébé」もある)

← 「Boule d’or」&店内

結局のところ実際の歴史解明までは至りませんでしたが、「Le Croquembouche」を始めとする多くのお店で
マドレーヌが見られ、町ぐるみで愛されているお菓子であることは確か。
生産数では負けるかもしれませんが、これを作っている店の数を比べるとCommercy;コメルシーよりも多いかもしれませんね。

お店の住所はこちら
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by Ethno-PATISSERIE | 2009-08-12 22:54 | ⑭Limousin | Trackback | Comments(6)

Limoges;リモージュにある古い窯

b0189215_15262266.jpgかつてリモージュの町には数多くの窯があったそうですが、今日まで残されているのは5つのみなのだとか。
そのうちの1つがLaplagne;ラプラーニュの窯で、その近くにあるマンションの敷地内にはRaynaud;レイノー社の古い窯が保存されています。

← Raynaudの窯
b0189215_15392919.jpgそしてVienne川の近くにある「Royal Limoges」;ロワイヤル・リモージュの工場には1904年に作られた大きい窯「Four des Casseaux;フール・デ・カッソー」が残されており、見学可能(有料)

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← Royal Limoges 
窯はこの建物の左奥

直径7,75m、煙突まで含めると高さが21mにも達する大きな窯です。
型や道具などの展示の他、「Ducongé家のMme.Annick Lagardeからの寄贈」ということで、沢山のフェーヴが
展示されていました。
まさかここにフェーヴがあるとは知らなかったので、ビックリ!
(探せば他にもこのような展示をしているところがあるんじゃないかと思えてきます)
予約をすれば(10人以上の団体のみ)実際に稼動している製陶所を見学することも出来、駅や街中からも遠くないので、磁器に関心のある人にはお勧めです。
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→ リモージュのLes Halles(屋内市場)の上部はリモージュ焼きの装飾板で飾られている。
他にもHôtel de Villeの噴水等、他にもこのような装飾を施したところがある

有名な「Musée Adrien Dubouché」も素晴らしいですが、こういう見学も楽しいものですね♪

Four des Casseaux
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by Ethno-PATISSERIE | 2009-08-01 16:19 | ⑭Limousin | Trackback | Comments(4)

le temps des cerises - Le Clafoutis limousin

マドレーヌについてはもう少し書きたいこともあるのですが、
ちょっとひと休みして6月が旬のサクランボについて取り上げたいと思います(もう6月も終りではありますが…)。

b0189215_2372297.jpgサクランボの品種は全世界に1350種以上。
フランスには200種程あるそうですが、実際に流通しているのはその中のごく一部に過ぎません。
生産国第一位は意外(?)にもアメリカを押さえてトルコ!

野生種は紀元前から既に食べられており、
シャルルマーニュ(カール大帝)は国内に野生種ではない改良選抜品種を植えるように命じたといい、中世にはフランスで本格的な流通の為に改良品種の栽培が広まり、更に18世紀にはサクランボ好きだったルイ15世が栽培と品種改良を推奨したといいます。

フランスで栽培されているものは大きく2つ、
cerises douces(Prunus avium);スイートチェリー、
cerises acides (Prunus cerasus);サワーチェリー に分けられます。

更に前者は野生種であるmeriseの他、guigne(甘みと香りが強い。Fougerollesではこれをキルシュに加工)とbigarreau(生食用)タイプに分けられ、後者にはamarellegriottesがあり、これらは甘みが少なく主としてコンフィやコンフィチュール等の加工用にされます(cerise de Montmorencyはここに含まれる)。


b0189215_2314270.jpgこのサクランボを使ったお菓子で最も簡単でポピュラーなのは何といってもClafoutis;クラフティでしょう。
季節のフルーツを使って家庭でも気軽に作られる
デザートですが元々は地元で採れるcerises noires;黒サクランボを使ったリムーザン地方のお菓子。
この辺りでは今でもクラフティと言えばサクランボが入ったものを指し、他の果物を入れたものはflognardeと呼んで区別されます。

→Limogesのパン屋さんで買ったクラフティ

b0189215_23224257.jpgClafoutisの語源は、この地方で話されていたoccitan;オック語のpatois;俚言(方言)の「Clafir或いはClaufir(ラテン語 clavo figere ;釘で固定する、からの派生語)」という語に由来すると言われており、
これにはフランス語でremplir,garnir「一杯詰める、入れる」という意味もあって、これに由来した語です。
卵、砂糖、小麦粉、牛乳で作られたクレープ生地にサクランボを沢山入れるのがポイントで、味の深みが増し風味が良くなるということから種付きのまま焼き込むのが本来の姿です。
(サクランボ同士がくっついていたり、生地で完全に覆い隠すのは×)
                                              ↑上のクラフティの断面

b0189215_23445421.jpgサクランボは小粒で種が小さいもの、ジューシーで十分に酸味のある地元の黒サクランボの古い品種が適しているそうで、リムーザン地方の3県の中で最も生産量の多かったCorrèze県で採れる「la Franche Noire」はまさにクラフティ用の品種だといいます。
今では地元の古い品種も一般的な品種へと植え替えられ、市場では見られなくなりました。
それでもCorrèze県にある知り合いの実家にはまだその古い品種のサクランボの木が残っていると聞きます。
このサクランボで作ったクラフティ、いつか味わってみたいものです!
↑Saint Yrieix la Percheのお菓子屋さんのクラフティ


b0189215_2330131.jpgサクランボの季節にリモージュへ行った際、お菓子屋さんではなく
Les Halles;屋内市場やパン屋さんで販売していました。
またビストロ等でデザートとしても出されています。

→St Léonard de Noblatのビストロで出されたデザート
Clafoutis はLimousin地方と隣接するPoitou地方のあたりが起源であるとされていますが、
具体的にいつ、どの辺りで作られるようになったのかは調べてもよくわかりませんでした。

b0189215_005179.jpgクレープ生地状のものを果物入り、果物無しで焼いた、クラフティに類似したお菓子は各地に存在しています。
Auvergne地方のmilliardやgargouillau、Centre地方のmillat(Levrouxのスペシャリテ)やgoère、Bourgogne地方のtartouillatやcacou(Paray le Monialのスペシャリテ)、またPérigordやQuercy地方には何も入れないシンプルなcajasse等々。

←Bourgogne地方の「Cacou」

このように似たお菓子は他にもあるというのに、
なぜクラフティだけが全国区へと広まり、現在の地位を得ることが出来たのでしょう?
クラフティという可愛らしい名前のお陰なのでしょうか。
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by Ethno-PATISSERIE | 2009-06-27 14:09 | ⑭Limousin | Trackback | Comments(2)