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最初のfève en porcelaine;磁器製フェーヴ

19世紀後半になるまで、ガレットには主に乾燥したソラマメ(=fève)やインゲンマメが入れられていました。
ソラマメの代わりにドイツ製の磁器製フェーヴが使われるようになったという最初の記録が残されているのは1874年。

先日あるところで「最初の陶器製フェーヴはパリのお菓子屋さんがマイセンで作らせたもの」だという話を聞き、
マイセン焼のフェーヴというのは初耳だった為、疑問に感じていました。
そこで以前紹介したフェーヴに関する本の著者であるMonique Joannèsさんに思い切ってお聞きしてみました。

彼女の話ではガレットに磁器製フェーヴが入れられたことは1881年発行の新聞記事で取り上げられているそうです。
そこにはどこの誰が入れたのかまではハッキリと書かれておらず、ブーランジェだったのか?それともパティシエだったのか?どこの町に店があったのか?も書かれていません。

しかし新聞社の所在地がパリだったことから「パリのあるパティシエが入れた」と考えられる傾向にあるようです。
(つまりこれはあくまでも想像上の話)
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初期のフェーヴには(1914年以前に作られたもの)テューリンゲン州で作られたものが多くあります。
(ただしマットなもの;エクルヴィスやヒトデの形をしたもの等は産地が分かっていないそうです。)
この地方は窯の燃料になる薪の供給源である森があるおかげで、18世紀後半から20世紀の初めには磁器産地として栄え、主に庶民向きの焼き物が大量に生産されていました。
この地方以外でフェーヴが作られていたことは知られていません。
第一次世界大戦の間(1914ー1918年)に この地方の磁器工場は大打撃を受けて閉鎖され、フェーヴの製造も終了したと考えられています。

マイセンのあるザクセン州で作られたことが証明されたフェーヴは今のところないそうです。
Joannèsさんの話ではフランスでもマイセン製フェーヴの話は聞いたことがあるそうなのでそれが日本に伝わってしまったのかもしれませんね。
(しかも初期のフェーヴの大部分はPorcelaine tendre;軟質磁器ですが、マイセン磁器は硬質磁器で別物)

つまり「最初の陶磁器のフェーヴがマイセンで作られたものではない」ことは明らか。

日本のネット上でこのことが言及されているのはごく一部ですが、事実ではないことが書かれたり話されているのが
気になりましたので、ここで取り上げさせていただきました。
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by Ethno-PATISSERIE | 2009-09-29 23:50 | feve | Trackback | Comments(6)

châtaignes blanchies ;シャテーニュ・ブランシ

Limousin ;リムーザン地方で、栗は生産量も多く非常に重要な存在です。
かつては冬の間毎日食べる、主食のような存在だったと言います。

春にSt Yrieix La Perche ;サン・ティリエ・ラ・ペルシュにあるPonthier ;ポンティエさんのパティスリーを訪れた際、châtaignes blanchies ;シャテーニュ・ブランシのアルバム見せてもらい、どうしてもこれが食べたくなって同年秋に再訪したのでした。

b0189215_1437582.jpg栗の季節が始まるのは10月中旬以降、訪れたのは11月初め('06)のこと。
栗はPonthier夫妻が自ら拾ってきて下さったものですが、あいにくの外れ年で栗が少ない上、腐っていたり虫食いのものが多く、これに適した品種(小さくて味の濃い la bourrue等)だけでは足りなかった為、大きくて味の薄い栗も混ざっていました。


作り方;
①作る前夜、暖炉の前で鬼皮を剥く。
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↑ 左;ひたすら鬼皮をむきます。中;殻はタイル敷きの床にそのまま落とし、後で掃いて薪置き場に入れられる仕組み(便利!)。右;沢山剥いたのに虫食いが多かった~(涙)。 

②当日リムーザン地方の俚言で「toupi* ;トゥーピ」と呼ばれる、首の部分が狭くなった鍋に入れる。
③水を入れて火にかけ、沸騰させる。
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④沸騰したら1個取り出し、薄皮が奇麗にむけるようになっていれば火から下ろす。
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⑤2本の棒をつないだ「Bouéradou* ;ブエラドゥー」と呼ばれる道具を鍋の中に差込み、両手で棒をもって大きく回転させるように動かす。これによって栗同士がこすれ合って薄皮がむける。
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⑥大方剥ければ鍋の中身を目の粗いふるいにあける。
⑦薄皮のむけた栗を水の入った入れ物に入れる。
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⑧toupi の底に皮付きのジャガイモを敷き詰め、その上に栗を入れる。
⑨蓋をして火(弱めの火)にかけ1時間程蒸し焼きにする。
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食べ方はテーブルに白いシーツを敷いて鍋の中身をあけ、お皿は使わず、栗をそのまま(味付けしない)食べます。
栗そのままの味がこんなに美味しいとは思っても見ませんでした(大きい栗は味が薄く、品種選びの重要性を実感)
底に入れたジャガイモも美味しい!
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これにあわせる飲み物はシードル。この時はアルコールを飲まない人が多かったのでリンゴジュースでした。
この後食べるのは野菜(だけ)のスープ。ミキサーにかけてありますが、ドロッとした濃度の濃いものではなく、さらっと
したもの。
これに細かくなった栗を入れて食べると、スープが更に美味しくなってビックリ!
デザートには地元で採れるリンゴを使ったPommes au four ;ポンム・オ・フール(リンゴのオーブン焼き)と全て
地元ならではのものを用意してくださいました。
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このように昔ながらの方法で作るchâtaignes blanchies、今では非常に珍しいもので地元の人でも実際に見たことのない人が多いそうです。
その為、地元紙の記者がレポートに訪れていました。

b0189215_15525537.jpg今回、実際に栗を蒸し焼きにする工程はPonthierさんの奥さまRachelさんの実家で・・・。
彼女の実家かつては豚等も育てていたはこの辺りの典型的な農家だったそうで、家も納屋も当時のまま残されていてとても興味深く、そのまま博物館が出来そうな感じ。
このように貴重な体験をさせてくださった皆様に感謝!


◎châtaignes blanchies ;シャテーニュ・ブランシというのは基本的に、栗の鬼皮と薄皮を取る方法(火は通っていない)のこと。
栗の加工法や保存法は産地によって異なりますが、今回のような方法はLimousin地方で主に行われていました。
主食として毎日大量に食べる為、出来るだけ手間のかからない方法として考えられたものなのでしょう。

(*) これらの名前は場所によって変ります。
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by Ethno-PATISSERIE | 2009-09-24 16:12 | ⑭Limousin | Trackback | Comments(6)

La Croquande ;クロカンド

b0189215_12171556.jpgb0189215_12154525.jpg「Le Soleil de Marcillac」にとっても
良く似たお菓子が同じRodez県Villefranche de Rouergue;ヴィルフランシュ・ドゥ・ルエルグという町にあります。
名前は「Croquande ;クロカンド 」。
形も材料も同じです。


→ Aveyron川のほとりにある古い町並みが保存された素敵な街

b0189215_11353796.jpgこの町を訪れた時、最初に目にしたお店のクロカンドが非常に薄いもので、いかにも「Croquant ;クロカン=カリカリっとした」ものだったので、厚さの違うところがポイント?とも思いましたが別の店にはもっと厚みのある、ソレイユと同じものがあった為そうでもないようです。
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ソレイユが作り手によって様々なタイプがあったのと同様にクロカンドも色々なタイプがあるということなのでしょう。
こちらのクロカンドの上にはアーモンドではなくて胡桃が散らしてあり、ソレイユがかつて胡桃を散らしていたといことを想起させてくれます。

b0189215_11553196.jpgb0189215_11565824.jpgこの辺りはgâteaux à la brocheもスペシャリテとして売られているのですが、実際に製造している店はなく、販売のみでした。訪れる直前に行われた町のお祭りでは実演販売されたと聞きました。残念!


← 町で見つけたgâteaux à la broche

木曜日午前中に行われる青空市には新鮮な野菜やスペシャリテであるfouaceéchaudésといったお菓子にFarçous*の実演販売もあってとってもにぎやか。
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↑ 片付け始めたマルシェ/ échaudés等のスペシャリテが色々並んでいます/ Farçous焼きたての熱々が食べられるので大人気!


*Farçousは固くなったパン、Blettes等の葉っぱ、ニンニク、ベーコンを併せてガレット状に焼いたもの。
市場では軽食として販売されていましたが、これにサラダと1杯のワイン(勿論マルシヤック!)があれば立派な食事になります。



※※※



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お菓子屋さん
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by Ethno-PATISSERIE | 2009-09-12 12:36 | ⑯Midi-Pyrenees | Trackback | Comments(4)

Le Soleil de Marcillac ;ソレイユ・ドゥ・マルシヤック

Marcillac-Vallonはフランス南部、Midi-Pyrénées地方Aveyron県にある町で、県都であるRodez(ロデズ、patois;俚言ではRodès;ロデスと発音)の北西に位置しています。
Vallonが小さな谷を意味することから分かるように小さな渓谷となっており、斜面を利用してブドウ(95%がMansois;マンソワの地元名を持つ品種Fer Servadou)が植えられ、AOC Marcillac(1990年~赤・ロゼ)が造られています。

この町で作られているお菓子のスペシャリテがSoleil de Marcillac ;ソレイユ・ドゥ・マルシヤック
(同じ谷内にある別の町でもそれぞれにSoleilが作られています)
「Soleil」はフランス語で「太陽」を意味し、和訳すると「マルシヤックの太陽」という名前になります。
円形で、まわりにあるギザギザが太陽光線を表しているのだそう。
オレンジフラワーウオーターで香り付けし、上にはアーモンドとあられ糖が振ってある素朴な焼き菓子。
(ナッツはホールのノワゼットが使われることもありますが、元々は地元で採れる胡桃が使われていたそうで
注文すれば胡桃に代えてくれる店もあります)

b0189215_16235461.jpgいつからあるのか?どうしてこの形なのか?などは残念ながら全く分かっていません。1940年以前からパン屋がパンの焼成後、他のfouace;フアスやタルトと一緒にこれを焼いていて、それは現在のものとほとんど同じものであったことが分かっている程度。

この地を訪れたのは2002年7月のことでした。ヴァカンスシーズンも始まり、この辺りにも多くのヴァカンス客がいて、かつて塩が地中海から馬で運ばれていたのを再現するイヴェント等も行われていました。
夏でもこの辺りは交通の便が悪くタクシーでの移動を覚悟していましたが、車で移動するヴァカンス客のお陰で2回も目的地まで送ってもらうことが出来ました。
マルシヤックへもそのおかげで無事到着!
                            
↑ 近くにあるSalles-la-Sourceの滝


この町のパン屋さんMichel Estève氏に取材をお願いしたのですが、この方は既に引退していた為
Michel Varin氏がソレイユの成形法を実演してくださいました。

作り手によって違いますが基本的な作り方はこんな感じ。
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・小麦粉、砂糖、卵、バター、塩、オレンジフラワーウオーターで生地を作り、寝かせる。
・丸く平らに伸ばして周囲に切込みを入れて2本1組でクロスする。
・真ん中に十字の切込みを入れて折り返し、表面を卵でドレし、アーモンドスライスとあられ糖を散らす。
・200度のオーブンで焼く。

b0189215_16211067.jpgb0189215_16545837.jpg途中Estève氏と地元紙の記者が来て逆取材。
その後、場所を移し観光局や町の方々が集まってこの付近で作られている3種類のソレイユと冷えたマルシヤック・ロゼで歓迎してくださいました。



↓ 左からThierry Rossi(Marcillac), Azaïs(Marcillac), Boyer(St Christophe-Vallon)
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このように町ではお客さんが来るとこの2つで迎える習慣があるそうです。
また結婚式の祝杯に添えられたり、家族や仲間同士でカフェを飲む時1切れ買って一緒に食べるという習慣もありましたが、現在ではそれも廃れつつあるのだとか。
今でも変わらず続いている習慣は、毎年lundi de Pentecôteの日(聖霊降臨祭の月曜日)に行われるMarcillacのブドウ栽培者のお祭り「La Saint-Bourrou」のミサでは必ずソレイユとマンソワ(マルシヤックのワイン)で終ること。

Saint-Bourrouはマルシヤックのブドウ農家の聖人。Bourgeon(ラングドック語でBourrou) de la vigne;ブドウの新芽に由来する聖人です。冬の間枯れ枝のようだった枝が無事に新芽を出し、沢山実がなることを願うもので、それに太陽の形をしたお菓子を組み合わせるというのはとても自然な感じがします。
「このお祭りの為に作られたお菓子」というのは間違いないようですね。
(Aveyron県ではこの近くにvins d’Estaing,vins d’Entraygues、また東部にCôtes de Millauがありますが
いずれもVDQS。AOCはMarcillacのみ)


おまけのFour Communal
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by Ethno-PATISSERIE | 2009-09-06 17:10 | ⑯Midi-Pyrenees | Trackback | Comments(4)