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Macarons de Boulay ;マカロン ドゥ ブーレ

このマカロンは先日(2010/4/21-26)伊勢丹新宿で行われた「フランス展」でも販売されていましたので、購入された方も
多いのではないでしょうか。

b0189215_2014748.jpgBoulay(正式名称はBoulay-Moselle)はロレーヌ地方のドイツとルクセンブルク国境に
面するモーゼル県の小さな町。
メッスからストラスブール方向へ約30kmの所に位置しています。

ここを訪れたのは2006年11月。
取材のアポイントを取ると、所有者のJacques Alexandreさんが丁寧に応対してくださいました。


                                   Jacques Alexandreさん →

鉄道が通っていない為、メッスから数本しかないバスか車で行くしかなく、なかなか気軽に行けないのが残念なところ。
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お店へ着いてみるとパリから来たグループが既に工房を見学していました。
店のすぐ横にある部屋では生地の成型、焼成、袋詰め・箱詰め作業が行われていて、生地を作るのは(恐らく機械の
音がうるさい為)廊下の一番奥にある部屋で行われています。

b0189215_1716752.jpg材料は他のシンプルなマカロン同様、ナッツ(アーモンド)、
砂糖、卵白のみ。
アーモンドはスペイン産ヴァレンシア種をホールで仕入れ、
皮をむくところから始まります。




お店の一番奥にある部屋で、皮をむいたアーモンドと砂糖を古い石のローラーにかけます。卵白を加え、さらに3回
ローラーにかけてすりつぶします。
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この状態でみんなに味見をさせてくれましたが、なかなか美味しい!


b0189215_17265772.jpg続いて成型作業に移ります。

Boulayのマカロンの特徴は銀のスプーンを使うこと。
フランスでスプーンを使っているのはここだけだそう。

b0189215_17252661.jpgスプーンは何本もストックを用意しているとか。
「銀が少しずつ削れて生地に入るからそれもマカロンの値段に入っている」と
笑っていましたが、実際は成型作業をしているうちに「スプーンの首のところが
折れて使えなくなってしまう」というのが本当のところのようです。

この作業にはコツがあるため、出来るのはアレクサンドルさんと従業員の女性
1人だけ。
普段は火・木・土の午前中のみの製造で、彼女1人で成型しているとか。
どのように成型しているのか分からないほど動きが速い!
でもリズムよく素早い成型をしないとなかなか形を均一になりません。
それでも一生懸命に見ているとコツが分かってきます。
(分かっても数をこなさないと同じようには出来ませんね)

まず右手で持ったスプーンで生地をすくい、容器のふちで生地の表面を平らにならします。
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これを左の親指ですくい取り、人差し指でこそげとって硫酸紙を敷いた天板に一定の間隔で置いていきます。
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生地を指から綺麗に取り、且つ形を整える為、その人差し指で小さな円を描くように動かしています。
これを上火230℃、下火200℃に温めたオーブンに入れ、20分ほど焼いて出来上がり。
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ここで焼き立てを味見。
周りがカリッとしていて中は半生状態で柔らかく、今まで食べたどのマカロンよりも美味しく感じました。
スプーン成型の特徴は平らなマカロンと比べて厚みがあって内部の半生部分が多くなるおかげで、よりその柔らかさが保たれることにあるのです。
冷蔵庫の野菜室のように温度が低すぎない所で保存すれば何週間もこの風味が保たれるそうですが、やはり焼き立ての美味しさにはかないません。

< Macarons de Boulayの歴史>
Macarons de Boulayを考案したのはワイン小売商で「Café National」を経営していたBinès LAZARDとその妻Françoiseでした。彼らは1854年4月にルセットが出来上がると「maison LAZARD」を創業し、店は主としてフランソワーズが息子Léopoldの助けを借りて切り盛りしていました。

ワイン商の彼がどうしてマカロンを作り始めたのでしょう?
真相はわかりませんが、客の1人に「マカロンを作って!」とお願いされたのがきっかけと言われ、当初は隣のパン屋の薪釜で焼いていたのだとか。

レオポルドは46歳の若さで死亡しますが、彼の息子Léonが父の跡を継ぎます。
レオンが1934年に亡くなると、未亡人となった彼の妻Elvireと娘のLucienne、彼女の結婚後は娘婿のRené MAIと
3人で店を守ります。戦争の為この地を離れていた1940年から45年までの5年間を除き、1963年までの間4代に渡ってマカロンの変わらぬ製法は受け継がれたのです。

製造法は門外不出でしたがある日SCHLINCKE嬢がその秘密を知ることとなりSimone KOCHにそれを教えます(!)。
彼女は「maison KOCH」を創業、Boulayにマカロンを製造販売する店が2つ現れることとなり、その状態は100年以上続きましたが、1966年に店を閉じています。

b0189215_19454012.jpgリュシエンヌとレオン夫妻には残念ながら彼らには子供がいなかったため、1963年3月14日、家畜商をしていたFrancineとJean Alexandreにマカロンの製造法を売ります。
ジャンの実家13,rue de Saint-Avoldに店を移し、マカロンの製造は
フランシーヌが行い、販売はジャンのおば、Denise LEVYが手伝っていました。

1994年フランシーヌが仕事を辞める決意をすると、別の仕事をしていた息子のJacquesが店を継ぎ、8月には「Macarons de Boulay」を商標登録して現在に至ります。


 
←店内に飾ってあった古い写真。Benjamin Alexandreと書いてあり、
マカロン屋さんになる前のもの。建物の造りは変わっていません。


作り方は創業当時と全く変わっていません。変わったのは薪釜が電気オーブンになったこと、そして以前は成型後に砂糖を振ってから焼いていたのを振らずに焼くようになったこと位だといいます。

創業時はマカロンだけでなく、Pâque juive(Pessa’h ;ユダヤ過越祭)に食べられる発酵していないパン、matzenも製造していました。
現在はマカロンのみですが、今でも過越祭の時期にはユダヤ教の戒律に沿った材料に変え、モーゼル県のユダヤ教
聖職者ラビによって認定を受け、ユダヤ教徒向けにも販売している為、この時期とクリスマスの頃が製造量も多くなるのだとか。

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私が取材に行った時、一緒に見学したグループの他にテレビ局の取材も入っていました。
(私が一眼レフを構えているところを撮らせてほしいと頼まれ…。日本人=カメラの図式は外せないらしい)
その夜ホテルで何気なくテレビをつけたら、さっそく映像が流れていてビックリ!

お店の住所はこちらで
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by Ethno-PATISSERIE | 2010-05-23 20:22 | ⑮Lorraine | Trackback | Comments(2)