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仔豚形のガトーバスク

b0189215_14315461.jpg前々回のブログで 『ガトー バスク博物館の
マリシュラール氏によれば「ガトーバスクの起源は17世紀に遡り、元々はガルニチュールの入っていないもので、生地はトウモロコシ粉とラードが使われ、しばしば小さな豚の形に成形されていた』 ことを書きました。







b0189215_14271367.jpg「仔豚形のガトー バスク」というと、中身の入った現代のものを想像して「?」と思ってしまいますが、そうではなくて、中身が入る前のガトーバスクのことです。 

その当時のルセットは残っていないので実際にどんなものだったのかは
不明ですが、その面影を残している「小さな豚ちゃん形のガトーバスク」が
Saint Pée sur Nivelleにあるお店で売っていると言うので、いつか行きたいなぁと思っていました。 

それが数年後、トウモロコシを挽くMoulinの取材でこの街を訪れる
機会があり、ようやく願いが叶ったのです♪

b0189215_14422345.jpg店の名前は「Maison Pereuil」。
1876年創業、5代に渡って母親から娘へと引き継がれてきたお店だそうです。

5代続くというと、Marianne Hirigoyen同様に歴史もあることですし、ここのスペシャリテであるガトー バスクやサブレも現代のものとは違う、家庭で作られていた当時の味を感じさせてくれるに違いないと
期待も高まります♪

b0189215_14442813.jpgお店へ入るとオーナーと思しき女性(5代目のTittia)が迎えてくださいました。

さて、仔豚ちゃん形のサブレの名前はバスク語でXERIA
この文字は同じスペルで2種類の発音があり、シェリア=petit cochon(小さい豚),セリア=grand cochon(大きい豚)
意味も変わると教わってビックリ!
因みにこれ、サブレにしてはちょっと大きめですが(鼻からお尻までで18cm)仔豚ちゃんを象っているそうなので「シェリア」ということなりますね^^


サブレと同形の真っ赤な仔豚を貼りつけた缶に入っているところがカワイイのです~。

小さなサクランボ入りのガトーバスクとサブレを1枚買ったら、残り生地を利用して作ったサブレ(大きく焼いて適当な
大きさに割った感じのもの)をおまけにくれました。(こういうところも家庭的な感じでまた素敵!)
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ここのガトーバスクは、訪れるちょうど2週間前にカンボ レ バンで行われたガトーバスクのコンクールに
入賞したとか。

またいつかお話を聞きに訪ねてみたいナ~。

2014年10月からは5代目Tittiaの従弟であるEmmanuel Yanci氏が6代目として店を引き継いでいます。



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by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-23 15:06 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(8)

「Marianne Hirigoyenのガトー バスク」

ガトー バスク博物館のマリシュラール氏に教わった店「Pâtisserie Ingres-Echeverria」。
初めてガトー バスクを商品として販売し始めたMarianne Hirigoyenのルセットを継承している
唯一のお店です。

この店があるのはCambo-les-Bains ;カンボ レ バン。
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↑ 駅から中心地まで歩く

b0189215_1451117.jpg古くは温泉を意味を意味していたles-Bainsという地名が
示すように温泉地で、現在でも温泉施設が残されている他、
マルセイユ出身の劇作家で「シラノ・ド・ベルジュラック」を書いたEdmond Rostand ; エドモン・ロスタンの別荘villa Arnagaがあることでも有名な街。
ここへはバイヨンヌからバスと電車が通っていますが、季節によっては無人駅となっていることもあるのでご注意を。
タクシーも無く、中心地は駅から少し遠い丘の上にあるので、荷物が重いと歩くのはちょっと大変!





 ← 駅から畑の横を通り、橋を渡って上の町までテクテク♪

b0189215_1543669.jpg
1999年にもこの町へ来ましたが、
その当時はこの店のことは知らず、
サクランボ農家を取材した際お土産に
頂いたガトー バスクは同じ町にある別のお店のものでした。

2000年にガトー バスク博物館を訪ねた際は、時間が無くて帰りがけに店の前を通ってもらうことしかできず、念願かなって訪問できたのは2003年のこと。


→ 当日、店前にある広場の気持ちよさそうな木陰では古書市が…


現在のオーナーはJean-Michel Echeverria氏。
彼の父がAnneとElisabethの姉妹からルセットを引き継いだAlbert Ingres氏の店に1948年から働き始め、
1950年にIngres氏から店とルセットを買い取ったそうです。

「Soeurs Biskotx」とあだ名されたDibar姉妹の姉Anne Dibarが
「地元のIngresというパティシエにルセットを伝えた」
ということなので、現在のPâtisserie Ingres-EcheverriaはIngresの店があった場所と同じではありますが、
Marianne Hirigoyenの店があった場所とは違うことが分かります。

Jean-Michelはまだまだ若い青年で、菓子の歴史については詳しく知らず(あまり興味がない様子)、
クレーム パティシエール入りのガトー バスクの方がサクランボ入りよりも古いと思っていたようで…
(クリーム入りが作られるようになったのは19世紀末から)
彼の父親は既に退職している為、色々な話を聞けなかったことが非常に残念でなりません。

b0189215_15105416.jpg店はクラッシックな作りで、店内には広めの喫茶スペースがあり、母親がお店を担当していました。

外から見えるスペースにはスペシャリテの
ガトー バスク。ショーケースには彼が修業したバスクにある有名店にあるような今どきのお菓子も並んでいます。



← Jean-Michelさんと
お菓子を持つ彼のお母さん



ひと通り話し終わると地下にあるラボへ行き、作り方を見せていただきました。
「ガトー バスクのスペシャリスト」と紹介されたJean-Claude Lazcanoさん。
この当時59歳で「もうすぐ引退する」と言っていたので、きっともういらっしゃいませんね。

使う生地はPâte sabléeに似た(でも違う)もので、大量に仕込んでありました。
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これを適当な大きさ切り取って手早く円形に伸ばし、タルト型に敷きこみます。
ブリブリッと固めに煮たcrème pâtissièreをコルネですくって詰め、同様に丸く伸ばした生地で蓋をする。
b0189215_15425069.jpgb0189215_1544760.jpgb0189215_1545868.jpg
卵でドレし、小さめの抜き型で三日月形に抜いた生地を4枚並べてローブリュー形に並べてとアッと言う間に完成。
後は200~220℃のオーブンで焼くだけです。1日に30個程作るとか。

crème pâtissièreを入れたものも意外に日持ちが良くて(合計2度火を通している為)常温で3日間保存可能です。


b0189215_1553242.jpgさて「Marianne Hirigoyenの店はどこにあったのでしょうか?」
この菓子のスペシャリストで歴史家のMarcel Douyrou氏の記事によれば、Marianneの時代Xerri Karrika地区に彼女は小さな店を持っていたことが分かっているといいます。
この地区が現在同じ名前の通りがあるあたりだとするとPâtisserie Ingres-Echeverriaのある場所とは違うことが
分かります。
またDibar姉妹は30年間「ガトー バスクを入れた籠を持ってrue des Terrassesのmaison Gasteluberriaという店へ通う姿が見られた」ということなので、彼女たちもこの付近に店は持っていなかったことが伺えます。


→ 焼きあがったガトー バスクが沢山♪

Marianneの店が映っているポストカードがあるので、実際に行ってみれば正確な場所は分かるかもしれません。
いつかMarcel Douyrou氏にお会いできるといいんだけどなぁ!



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by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-17 16:12 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(4)

Gâteau Basque; ガトー バスク 博物館とその歴史

b0189215_22155189.jpg初めてバスクの地を訪れ、この菓子に出会ったのは
1991年、ボルドー第3大学でフランス語の夏期講習を受けていた頃、週末を利用してバイヨンヌとビアリッツへ行った時のことでした。
クレーム・パティシエール入りとサクランボ入りの小さいサイズ、そしてお土産用に両方が入った大きいサイズ購入。
生地がホロホロと柔らかくて口溶けが良く、素朴な味でとても美味しいものでした。

← 初めて買った記念すべき(?)ガトー バスク

それ以来、バスクはお気に入りの地となり何度となく訪れています。
バスク地方独自の文化はとても興味深く、チョコレートやトウモロコシ、トウガラシ、シードル等、スペイン経由でフランスへ最初に導入された地でもあります。

「ガトー バスク博物館」へ行く

b0189215_221932100.jpgガトーバスクのことを調べている時に行きたかった所、
それは多くの人にこの菓子を広めたいとBixente Marichular 氏が1998年に始めたMusée du Gâteau Basqueでした。
マリシュラー氏は地元で菓子作りを始めた後、パティシエとしてニューヨーク等世界を回ったという経歴の持ち主で、1992年にカリフォルニアから帰国したのだそう。

バスクを訪れる度に何度もトライしたのですが、
団体客の予約が入っていないと見学は出来ないとのことで、なかなか訪問まで至らず…。

やっと行けたのは2000年6月のこと。
伝統的なガトーバスクにはItxassouで収穫されるCerises noiresが使われることから、サクランボの栽培農家を訪ねた際、親切にもわざわざ車で連れて行ってくださったのでした。
(Cerises noires d'Itxassouについて知りたい方はこちらへ)

博物館があるのはSareという町。
St Jean de Luzからバスが出ていますが、Sareの町中から遠いので歩いて行くのは無理。
(Itxassouからは22km離れています)

博物館は昔の建物の使える部分を集めて、バスク調に再構築した建物。
デモスペースの横には売店と昔の農作業に使われた道具等が展示されています。

ここではgâteau basque aux cerises noiresとà la crème pâtissière2種類の作り方を
ざっとデモンストレーションしながら、歴史などについて話をしてくださいます。
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↑ 生地をうすくのばし型に合わせて丸く抜く。生地を型に一枚入れ、中身を入れて生地を重ね、周りを押さえる。

b0189215_22361523.jpgb0189215_22371299.jpgb0189215_22424946.jpg
↑ 表面を溶き卵でドレする。サクランボのコンフィチュールを入れた方には生地を棒状に伸ばしてたものでローブリューを象り、ドレする。クリームの方はフォークで格子状の筋を入れる。180度のオーブンで焼く。

デモの途中には焼いていない生地の試食も回ってきます。(粒の大きめな砂糖;sucre cristaliséを使っていますが、その歯ごたえを感じます。そして意外にも生の生地は美味しい♪)
もちろん最後には焼きあがった2種類のガトーバスクも試食しますよ~。


「ガトー バスク」の歴史

b0189215_22523944.jpgこの時は時間がなくてデモを見ただけでしたが、2度目にここを訪れた2005年にはようやくじっくり話をお聞きすることが出来ました。

マリシュラール氏によれと、後にガトーバスクと呼ばれるようになるこの菓子の起源は17世紀に遡るのだそう。
元々はサクランボ等のガルニチュールは入っておらず、生地はトウモロコシ粉とラードが使われ、しばしば小さな豚の形に成形されていました(残念ながらこの当時のルセットは残っていません)。

17世紀中頃には中にコンフィチュールなどに加工していないその季節に採れる生のフルーツを入れるようになり、17世紀末になると蜂蜜でコンフィしたものも使われるようになりました。
このお菓子はバスク語で“Biskotxak”と呼ばれ、バスク地方を訪れる旅行者に知られるようになります。


さて、現在みられるようなGâteau Basqueの起源は、
湯治場として知られ、多くの湯治客が訪れる町Cambo-les-Bains; カンボ レ バンにあります。

Marianne HirigoyenがBernard Dassanceと結婚した1832年、彼女はカンボに小さな菓子店を出します。
それまでそれぞれの家庭で代々伝えられていたお菓子を(おそらく旅行者向けに)売りだしたのです。
働き者のMarianneは毎週木曜日、自ら作った菓子の大きなかごをバイヨンヌへ売りに行っていました。
この当時「Gâteau de Cambo; ガトー ドゥ カンボ」と呼ばれていたものが、後に「Gâteau basque;ガトー バスク」へと変わっていったのです。

彼女は晩年(1871年にPierre Dibarと結婚した) 娘のMarieに助けられながら半世紀にわたって店を続けました。

b0189215_2314514.jpg20世紀初頭にはMarie Dibarの娘(つまりMarianneの孫)
AnneとElisabeth、二人の姉妹がルセットを受け継ぎます。
彼女たちは 住人たちから“Soeurs Biskotx”と呼ばれていました。

彼女たちには後継者がいなかった為Albert Ingresというパティシエにルセットを譲り、その後はこの店で働いていたEcheverriaが1950年、店とルセットを買い取り、Ingres-Echeverriaという店名でMarianneのガトーバスクが作り続けられています。

↑ Pâtisserie Ingres-Echeverria


Le Musée du Gâteau Basque
Maison Haranea  Quartier Lehenbiscay  64310 SARE




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by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-12 23:29 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(4)

「Gâteau de Savoie ; ガトー ドゥ サヴォア」

b0189215_16165140.jpgこの菓子の起源については幾つかの話が伝えられています。
しかし、いずれの説もはっきりとした記述が残されているわけではない為、真実の程は分かりません。
例えば言い伝えの1つには「1348年サヴォア伯爵、アメデ6世の料理人Pierre de Yenne ;ピエール・ドゥ・イェンヌが考案した」というものがあります。
Yenneと言うのはシャンベリーからバスで30分程の所にある小さな町の名前。「この菓子のルセットはこの町で代々受け継がれていた」と言われています。

b0189215_15411514.jpgこの町の市役所に保管されていたというルセットは、1782年創業のお菓子屋さんで受け継がれています。
そのお菓子屋さんの名前は「Au Veritable Gateau de Savoie」。


← お店の外観


Borget氏によって創業され、1919年まで代々同じ家系によって引き継がれてきました。
その後、前所有者のLucien Debauge氏の父が店を引き継ぎ、
元帽子屋だった場所に移転。

b0189215_15512526.jpg詳しいい経緯は分かりませんが、彼がYenneの市役所に
保管されていたgâteau de Savoieのルセットを譲り受けて
作り始めたのだとか。
その後、一人っ子だったLucienが跡を継いだものの、3人の
子供たちは先生になってしまい跡を継ぐ者がいなかった為、1998年現在の所有者であるChristophe Truffet氏の手に
渡りました。

→ 帽子屋だった頃のお店の写真

お店を訪問するとレユニオン島の出身の奥さまが笑顔で迎えてくださいました。

b0189215_15471950.jpgこの店で使われているのはfour à bois ; 薪オーブン(1層式で薪を燃やした後の余熱で焼くタイプ)。
このようなオーブンは温度調節が難しいため、お菓子屋さんでは珍しいのですが、焼き上がったお菓子は遠赤外線のおかげで、ふっくらと美味しく仕上がります。


← 窯出しするTruffetさん


hêtre(ブナ)やcharmille(クマシデ)の薪を2時間燃やし、Braise(おき)を取り出し30分置いてから焼き始めます。
まず最初は高温で焼くタルト等から焼き始め、次にブリオッシュ、ビスキュイ、メレンゲ…と次第に焼成温度の低いものへと、いずれもリュスティックなお菓子が焼かれていきます。

b0189215_1615466.jpg取材の最後に先代のDebauge夫妻が店を訪れ、お会いすることができました。
甘いものが大好きで今でもたまにお店へ寄るのだそうです。



→ 前所有者のDebauge夫妻 

b0189215_1652798.jpgb0189215_1612895.jpg ← 以前使われていたラベル&型


b0189215_16282855.jpg数ある言い伝えにも共通している点があります。「この菓子がシャンベリーにあるサヴォア公爵のお城 (現在はその1部を県議会・県庁として使用されている)で作られた」ということ。
そのルセットが保管されていたとされる城の食品庫の頑丈な窓枠もお城の見学ツアーで見ることが出来ますので、Chambéryを訪れた際にはぜひ!

→ ガイドの話ではこの窓のある部屋にルセットが保管されていたとか。
(そのルセットは今何処??)

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by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-09 16:38 | 22Rhone-Alpes | Trackback | Comments(2)

le Cacou; ル・カクー

サクランボは果物の中でも特に好きなものの1つ。
フランスへ行くのはこの季節ばかり選んでいた時期もあったほどです。

今では流通に適した、限られた品種が多く販売されていますが、各産地へ行けば地元だけで消費されている品種にも出会うことができます。
サクランボに限らず、お菓子に使われる果物はそのような地元で栽培される品種が使われていました。
ですから、お菓子の故郷を訪ねて地元でしか出会えない品種を探して食べることも私にはとても大切なことで楽しみの1つでもあります。

さてこのCacou、見た目はリムーザン地方のスペシャリテであるクラフティとあまり変わりませんが、
ブルゴーニュ地方Paray le Monial; パレ・ル・モニアルという町のお菓子です。
クラフティ同様 種付きのブラックチェリー入り。

b0189215_15243651.jpgParay le Monialには立派なbasilique du Sacré-Cœur; サクレクール大聖堂がある他、17世紀にmonastère de la Visitationの修道女Marguerite-Marie Alacoque (1647-1690;で後に聖列に加えられ、sainte Marguerite-Marie;聖マルグリット・マリーとなる)のもとにキリストが現れたこともあり、先のローマ法王ヨハネ・パウロ2世も訪れたという巡礼の地でもあります。


Cacouにはguigne*と呼ばれる系統の地元の品種が使われていたそうで、今ではもうほとんど見られなくなったと言います。

b0189215_15305911.jpg*フランスでは
cerises douces(Prunus avium) ;甘果桜桃と
cerises acides (Prunus cerasus) ;酸果桜桃の
2つに分けられ、
前者は主にmerise,guigne,bigarreauの3つに分けられます。
 


1972年、この菓子を守り受け継ぐという目的でConfrérie des Francs-Cacous;コンフレリー・デ・フランカクーが作られ、年に1度、Pentecôte ;聖霊降臨の主日(復活祭後7度目の日曜日)から2週間後の土曜日にchapitre publique (お祭りのようなもの)が行われています。


b0189215_15341623.jpg私がこのお菓子を求めてこの町を訪ねたのは2003年。
このchapitreが行われる1週間ほど前の
ことでしたが、ここの会員となっているCharles Pubill氏の店に、会長さんはじめコンフレリーの方々が集まって、
Cacouを食べながらお話をお聞きする集まりを開いてくださいました。
合わせるのは白ワインのMâcon Viré。

「その昔Jean-MarieCACOUが考案した…」という伝説も残っていますが、本当の起源は残念ながらよく分からないようです。



※※※


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by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-05 15:59 | ⑤Bourgogne | Trackback | Comments(7)