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復活祭の卵とウサギ

<復活祭と卵>
復活祭前のCarême (四旬節)は復活祭に洗礼を受ける人々の準備期間であり、回心と償いの期間。
4世紀、教会によって四旬節の間、肉やチーズ等と共に卵も食べることが禁止されました。
この時期にも卵は産まれますから、この間卵は保存しておくか雛に孵されたりしていました。
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* 2世紀頃、復活祭を準備する為に直前の2日間が断食の日と定られ、
3世紀になるとこの断食の期間はSemaine Sainte(聖週間;復活祭前の週)全体となり、
4世紀にはイエスの荒野での40日間の断食と試みに倣って復活祭に洗礼を受ける人々が同じ期間
準備をする期間となり、さらには教会全体も回心と節制をして復活祭を準備するようになっていきました。


b0189215_21335983.jpg一方で、卵は太古の昔から洋の東西を問わず、
生命と復活のシンボル。
新しい生命誕生のイメージから、春の訪れや復活祭を
表すのに最適なものでした。

色付けしたり、装飾を施した卵を贈る習慣は
キリスト教よりも古くから存在し、春の祭りに着色した卵を
食べたり贈る習慣があって、5000年程前のペルシャでは
春を祝う幸運の贈り物として卵が贈られていたと言います。

ヨーロッパでは13世紀頃から四旬節の終わりに
キリストのよみがえりの色とされる赤に彩色したり、
飾り付けした卵を贈り合う習慣が現れ、
このことは冬の節制の終わりを象徴していました。

アルザスでは1553年に「赤く彩色された卵の贈り物」に
ついて言及された資料が登場しています。
彩色した卵の贈り物はライン川流域の地域だけではなく、
フランス東部や中央の地域に広がっていきました。


<復活祭の鐘とウサギ>
復活祭前の聖木曜日と聖金曜日の2日間、つまりキリストの死から復活の日までの間、
喪に服するしるしとして鐘を鳴らさず、沈黙を守ります。

* 7世紀に教会は聖木曜日から復活祭の日曜日までの間、鐘を鳴らすことを禁止しました。

フランスをはじめとするカトリックのある地域では
「聖木曜日の夜に鐘はローマへ赴き、法王に祝別される」という言い伝えがあります。
復活祭の朝、鐘はキリストの復活の喜びを知らせるためにカリヨンを鳴らしながら戻ってくると言います。
鐘はローマで復活祭の卵を受け取って戻り、各家庭の庭へ置いて、それを子供たちが探しに行くのです。

* 復活祭の鐘は こんな風に移動したとされています。

b0189215_1749672.jpgドイツやアルザスでは鐘ではなく、
野ウサギやウサギが卵を庭に隠していくとされ、
復活祭とウサギが結び付けられるようになったのは
15世紀頃のことでした。

元々、古代各地の豊穣の女神は多くウサギと共に描かれ、
ゲルマン神話の春(豊穣多産)の女神Ostara ;オスタラ
(アングロ・サクソンのEostre ;エオストレ)も
多産・繁栄のシンボルであるウサギを伴って描かれています。

このウサギが復活祭と結びついたのです。



* 春の女神とウサギの画像はこちら


生命と春の訪れのシンボルである卵が多産・繁栄のシンボルであるウサギと結び付けられること自体には
それほど違和感は感じませんが、でも何故卵を産まないウサギが卵を持ってくるのでしょうか?
「春の女神Eostre ;エオストレが寒い冬のある日、翼の凍ってしまった可愛そうな鳥を見つけウサギの姿に変えてあげました。鳥の化身であるこのウサギだけは卵を産めるとされ、これが復活祭のウサギとなり、庭に置かれた巣に卵を産む」というお話があるようです。
(元々キリスト教がそれ以前の信仰を取り込んで生まれた話ですから、矛盾があるのは仕方のないことかもしれません)

日本でもウサギは1羽2羽と数える習慣があり、かつて獣肉の食用が禁止されていた時代にウサギを鳥とみなして食べていたそうですが、不思議な共通点を感じてしまいます^^

復活祭の卵を隠していくのは他にもスイスではカッコウ、チロル地方では雌鶏等々地方によって別の動物だったりして、何故その動物になったのかを調べるのも面白そうです。
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by Ethno-PATISSERIE | 2011-04-24 22:02 | キリスト教 行事 | Trackback(1) | Comments(2)

Paques ; パック(復活祭)について

パック(復活祭)はキリスト教の行事で最も古いものの1つであり、最も重要な行事。
十字架にかけられて死んだキリストが3日目に復活したことを記念しています。
キリストは木曜日の弟子たちと最後の晩餐後、金曜日にゴルゴダの丘で磔の刑にされ埋葬。
日曜日にマリアたちが墓を訪ねるとその遺体はなく、天使がキリストの復活を告げる
』のです。
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<Paques ; パックの日にち>
教会法(第1ニカイア公会議の決議)では
復活祭は3月21日(暦上の春分の日)以降の最初の満月を過ぎた後の最初の日曜日
とされる移動祝祭日です。

*教会暦による春分の日は3月21日に固定されています。
春分とは「太陽が春分点を通過した瞬間(太陽黄経が0度になった時)」で3月21日頃。
2011年は3月20日23 :20がその春分の瞬間でした。
これが起こる日を「春分日」と呼び、日本で国民の祝日となっている「春分の日」は
国立天文台が定気法によって算出された春分日を基にして前年2月1日に閣議決定されています。
*グレゴリオ暦を用いる西方教会では3月22日~4月25日に間、
ユリウス暦を用いる東方教会ではグレゴリオ暦の4月4日~5月8日の間にあたります。
その為、年によって西方教会と東方教会の復活祭の日が異なる場合もあります。
今年は双方とも4月24日と同日でした。


<Paques ; パックの名前の由来>

フランス語で復活祭を意味するPaques ; パックは
ユダヤ教の「過越(すぎこし)の祭り」を表す「Pesach;ペサハ」というヘブライ語に由来しています。
これはキリスト教の復活祭が元々ユダヤ教の「過越の祭り」から生まれたものであることを示しています。

*ユダヤ教の過越の祭り Pesach;ペサハとは、古代エジプトでアビブ(ニサン)の月に起こったとされる出来事と
それを起源とするユダヤ教行事のこと。
『エジプトで虐げられていたヘブライ人(ユダヤ人)たちが預言者モーセに率いられ、この地から逃れようとした際(旧約聖書「出エジプト記」)、ファラオががこれを妨害しようとする。そこで神は、エジプトに対し「十の災い」を臨ませる。
その十番目の災いは、人間から家畜に至るまでエジプトの「長子を皆殺しにする」というものだった。
神はモーセに「子羊の血で家の扉の上に印を付けた家以外にその災いを臨ませる」ことを伝える。
過越の祭り(Pesach;ペサハ)は神の約束通り、死を運ぶ天使はユダヤ人の家を過越してエジプトの民だけに訪れた』
という伝説に由来しています。


キリスト教では十字架で処刑されたキリストの死を過越に屠られる子羊に重ね合わせて理解され、
過越の子羊がユダヤ人を奴隷から解放したとすれば、キリストの死は人類を罪から解放した出来事であると解釈されているのです。

<Easter ;イースターの名前の由来>
Paques ; パックがユダヤ教のPesach;ペサハに由来するのだとすると、
同じ復活祭を表す英語のEaster ;イースターやドイツ語のOstern ; オースタンはどこから来たのでしょう?

8世紀の教会史家ベーダ・ヴェネラビリスが「ゲルマン人がEostremonat ;エオストレモナト(春の月名)に春の到来を祝う祭りを行っていた」ことを記録しており、これに由来していると言われています。
ゲルマン人がOstara ;オスタラ、アングロ・サクソン人がEostre ;エオストレと書いた春の女神は、寒い冬の間眠っていた生命が春の訪れと共に目を覚まし、新しい生命と更なる繁栄を願い、春分に祝われてしました。
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               ↑ 暗く寒い冬。すべての生き物が眠っているかのごとく…

* 春分の日、太陽はまさしく東(英語East、ドイツ語Osten)から昇ります(勿論いつでも太陽は東からですけどね^^)
つまり春の女神は「東」の女神で、ローマ神話の「曙の女神Aurora ;アウロラ」、ギリシャ神話の「暁の女神Éos ;エオス」等の女神に結びつき、そしてこれらは全て「夜明けの女神Hausos;ハウソス」に由来しており、寒く厳しい冬の後の生命と大地の復活を象徴しているというのです。

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              ↑ 春は明るく、生命の躍動を感じる…

古くは(キリスト教から見た)異教の春の祭りだったものが、キリスト教布教の際に
キリスト復活と春を祝う女神信仰を「生命への希望」という共通点によって結び付け、これを取り込んでいったのです。


さて、次回は「復活祭の卵やウサギについて」…
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by Ethno-PATISSERIE | 2011-04-23 22:40 | キリスト教 行事 | Trackback | Comments(6)

Agneau pascal ;アニョー・パスカル(復活祭の仔羊)

Agneau pascal ;アニョー・パスカルはアルザス地方で復活祭の時に食べられるお菓子。
地元Soufflenheim ;スフレンナイムで作られる陶器型を使って焼かれます。
復活祭は移動祝祭日で、今年(2011年)は4月24日がその日。
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フランス語でAgneau pascal 或いはAgneau de Paquesと書かれるこの菓子は、
アルザス語ではOschterlammele,Lammala, lämele , Haemele, hamele等々、地域によって微妙に違います。

*Soufflenheimカタカナではスフレンハイム、スフレンアイムと書かれていることが多いようですが、
スフレンナイム(より正確にはスフロンナイム)の方が実際の発音に近いように思います。


季節になるとパン屋さんやお菓子屋さんのショーウインドーに沢山並びます。
伝統的なアニョー・パスカルには粉砂糖を振った後、赤いリボンを首に結び、背中には赤と白(アルザスの旗の色)か
黄と白(バチカン国旗の色)の旗がたてられるそうですが、実際には様々な色のリボンや旗が使われています。

<参考>
* バチカンの国旗はこちら
* アルザス地方の旗はこちら


多くの場合ビスキュイ生地で作られていますが、
アルザスに住むフェーヴコレクター友達はクグロフ生地(発酵生地)で作っていたそうです。
復活祭の日の朝食やおやつの時間にコーヒーや紅茶に浸して、或いはアルザスの白ワイン(Gewurztraminer vendanges tardives等々)と一緒に供されます。
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かつては復活祭のミサの後、名付け親から名付け子へこの菓子を贈る習慣がありました。

この習慣は16世紀に遡ると言われています。
1519年、アルザスのキリスト教神学者Thomas Murner(1475年―1537年)が書簡の中で
「男性がフィアンセの女性にアニョー・パスカルを贈っていた」ことや、「復活祭のミサの帰り、子供たちに贈られていた」ことに言及しているのだそうです。

一方「Les Moules à gâteaux/Bernard Demay著」によれば
陶器のクグロフ型は17世紀から、仔羊や魚形等の型は18世紀から広く作られるようになったとあります。

祝い菓子は元々普段作られるパン生地に卵や砂糖、牛乳などを加えて作られたものでした。
同じ陶器型で焼かれるクグロフが現在でも発酵生地で作られていることや、
上記のように現在でも発酵生地で作る人もいることから、
アニョー・パスカルもかつては発酵生地で作られていたことは想像に難くありません。

発酵生地であれば家庭でも材料が揃いやすく、
オーブンが無くてもパン屋さんに持っていって焼いてもらうことが可能でした。

ビスキュイ生地の材料は小麦粉、卵、砂糖だけでバターも使わない為、比較的誰にでも作りやすいものです。
とは言え、かつて高価であった砂糖が多く使われ、泡立てる道具や技術も必要であり
生地が出来たらすぐオーブンで焼く必要もあることから、
一般的な家庭でも広く作られるようになるにはそれらの条件が整っていなければなりません。
18世紀末になって、それまでの暖炉での直火調理から竈へと変化していったことにより
家庭でもビスキュイ生地のアニョー・パスカルが作られるようになったのではないかと思われます。


現在これらの型はストラスブールの北40km程の所にあるSoufflenheim ;スフレンナイムで作られています。
すぐ近くにあるHaguenau ;アグノーの森からは陶土が採れ、窯に使われる薪も調達できることから
古代から陶器製造で有名な所でした。
19世紀まではアルザス地方の各町や村には、それぞれ陶器製の生活用品を作る為に陶器職人が居ました。
作り手の職人によって独自のスタイル、釉薬の色のものが作られた為、古い陶器型には様々なものが存在しています。
かつて子供に贈る習慣があったことから複数の型を所有していた家庭も多かったためか
蚤の市等でもこの型を目にすることができます。

b0189215_2125660.jpg私が持っているアニョーの型は大小4個。
一番小さなものはニーデルモルシュヴィルにある
メゾン・フェルベールで買ったもの。
この店で販売されている陶器の型はスフレンナイムで最も古い1802年創業の工房「Poterie Friedmann」製で、
特にクグロフ型はクリスチーヌさんが気にいった形に作って貰ったという特注品です。
(煙突部分が細くデザインされていて、ふっくら美しいクグロフに仕上がります^^)
1888年創業の「Poterie Philippe Lehmann」製の型も
なかなかハンサムに焼き上がります。

この子羊型の他にも魚、ユリの花、星、ザリガニ等々、色々な形の陶器型があり、それぞれに作られる時期やこめられる願いがあり、アルザス地方菓子の特徴的なものと言えます。
(これらの型は現在でもPoterie Friedmannで製造されています)


← 下の小さいのがフェルベールさんのお店で買った子羊型

<参考>
*こちらはスフレンナイムの工房でアニョー・パスカル型を製造している映像です。興味のある方は是非ご覧ください。


そしてこちらは福岡にあるオーストリア菓子サイラーで買った「Osterlamm;オースタラム」。
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小旗も付いた本格的なもので、ローマジパンを使った生地で出来ています。
まわりの白いのは粉砂糖ではなくてココナッツ。
アプリコットジャムを塗った後にココナッツをまぶしてあるので、適度に酸味もあって美味しい~♪

2000年4月にはじめてお店を訪れた時購入した「オースタラム」はクルミ入りでした。
知らずに買ってしまったのですが、クルミアレルギーの私は結局食べられず…(涙)。
(今年のはクルミを使っていないということでリベンジです^^)


こちらはHarukoさんとのコラボレッスン「coeur à cour」で作ったアニョー・パスカル。
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シンプルなビスキュイ生地のアニョーに
フルーツサラダとフランボワーズソース、そしてクレーム・シャンティを添えました。
レモンのジュレとコンフィチュールを添えても。
生地にナッツを加えたヴァージョンにはプラリネ入りのクリームを…。
Harukoさんの素敵なコーディネイトのお陰で美味しさ激増~♥

*コラボレッスン「coeur à cour」は現在行っておりません。


復活祭、詳細についてはまた次回に。

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by Ethno-PATISSERIE | 2011-04-20 22:36 | ①Alsace | Trackback | Comments(4)