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Biscuiteries ;ビスキュイトリー以外で作られるBiscuit rose ;ビスキュイ・ローズ

ちょっとしつこいくらい^^;Biscuit de Reims ;ビスキュイ・ドゥ・ランスについて書いてきましたが
最後はビスキュイトリー以外で作られているものについて少しだけ・・・。

ビスキュイ・ドゥ・ランスを製造するBiscuiteries ;ビスキュイトリーはFossier ;フォシエ1軒だけになってしまったわけ
ですが、実はビスキュイトリーの他にもReims ;ランスやChampagne-Ardenne ;シャンパーニュ・アルデンヌ地方のお菓子屋さんやパン屋さんには 自家製のビスキュイ・ローズを販売しているところが何軒かあります。

Lise Bésème-Pia著「Le Biscuit Rose de Reims(1999)」の中では5軒のお店が紹介されており、
そのうち数軒だけ尋ねたことがありました。
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          ↑ ReimsにあるBoulangerie Patisserie Au Duc Champenoisのビスキュイ

この手作りのものは2度焼きしたもの1度焼きのみのものもありますが、どちらかと言うと きっちり乾燥させず
中を柔らかめに仕上げている印象。

ちょっと変わっていたのがCharleville-Mézières;シャルルヴィル・メジエールと言う町のパン屋さん
Boulangerie Fontaine;ブーランジュリー・フォンテーヌで売られているビスキュイ・ローズ。
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            ↑ Charleville-MézièresにあるBoulangerie Fontaineのビスキュイ

カヌレのように型を蜜蝋でコーティングしてから生地を流し、焼いていました。
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                ↑ Boulangerie Fontaineで使われているビスキュイ用型
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                     ↑ 型用の蜜蝋。鍋で溶かし刷毛で型に塗る

ビスキュイ・ドゥ・ランスの古いルセットでは型の下準備として、熱した型に蜜蝋とケンネ脂を溶かして混ぜたもの、
或いはケンネ脂やラードを単独で溶かしたもの刷毛で塗るという方法がありました。蜜蝋だけの単独使用も行われていたのでしょう。
* 型に蜜蝋を塗るのはカヌレだけじゃなかったんですよね~^^
このお店のオーナーClaude Fontaineさんはかつてスイスにあったコバ製菓学校で学び、昔ながらの伝統菓子に精通している方で、古い型のコレクターでもあります。古いオーブンで焼いたクロードさんならではのビスキュイはとても味わい深いものでした。


いつか色々なビスキュイ・ローズを集めた食べ比べもしてみたいものです♪



                                 ※※※




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by Ethno-PATISSERIE | 2013-05-29 20:39 | ⑧Champagne-Ardenne | Trackback | Comments(2)

気になるBiscuit de Reims ;ビスキュイ・ドゥ・ランスの色

Biscuit de Reims ;ビスキュイ・ドゥ・ランスの謎はまだあります。
それはなんといってもそのピンクに着色された「」。

Biscuit rose de Reims ;ビスキュイ・ローズ・ドゥ・ランス」という名前の通り、バラ(ピンク)色に染められているわけですが、元々はBiscuit de Reims ;ビスキュイ・ドゥ・ランスと呼ばれ、色付けされておらず白い色をしていました。
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                          ↑ その昔買ったビスキュイの缶

ではいつから、そして何故ピンク色に着色するようになったのでしょう?
前述の「l’inventaire du patrimoine culinaire de la France ;Champagne-Ardenne(2000年)」
の中では『奇妙なことに、19世紀末までビスキュイの色について言及する者は誰も居なかった。
しかしベルエポック(1900年代初頭)にépicerie de luxe Olidaはそのカタログの中で、他のビスキュイ・セック(ブードワール・シャンパーニュ・ペルレ・グラッセ等)と、2色(白と赤、赤は明らかにより高い)で販売されているビスキュイ・ドゥ・ランスを非常にはっきりと区別している。

とあります。

19-20世紀初めのルセットが掲載されている本20冊を見ると、全て「Biscuit de Reims ;ビスキュイ・ドゥ・ランス」。
Biscuit rose de Reims ;ビスキュイ・ローズ・ドゥ・ランス」の名前は見当たらず、ピンクに着色するルセットは
1つも見つかりませんでした。

私が「Biscuit rose de Reims ;ビスキュイ・ローズ・ドゥ・ランス」の名前が見つけられたのは2冊だけ。
Album Illustré de L’Almanache Didot-Bottin troisième volume (1878)」P-58-59
ここにはランスのビスキュイ製造者3つが名前を連ねており、そのうちのBrisset-Fossierだけが
Biscuits blancs et Roses vanillés 」と明記しています。
* これと同様に「Massepains blancs et Roses vanillés」の記述も有り、
マスパンにもピンク色のものがあったことが分かる。
* 他2つのメーカーは「Biscuits」の表記があるのみで、ピンク色があるのか無いのかは不明。


もう1冊は「Rome (avril 1885): Les Vosges (août-septembre 1885)」P-192で
biscuits roses de la maison Fossier à Reims …」と書かれています。

これだけを見るとFossierだけがピンク色のビスキュイを作っているような印象もありますが、
実際のところは残念ながら分からず・・・。


さて、ビスキュイの着色に使われるコチニール色素はいつからヨーロッパで使われるようになったのでしょう?
大航海時代に新大陸を発見したスペイン人は、古くから中南米で利用されていたこの色素を持ち帰り、
ヨーロッパ各国へ販売しました。16世紀のことです。
ビスキュイ・ドゥ・ランスが作られ始めた時代には既にコチニールが存在していたことになりますね。

色に関する記述は全く見つからないので、どうしてピンク色にしようと思ったのかは、残念ながら想像してみる以外
なさそうです。
このビスキュイには液体に浸しても容易に崩れず、屑がグラス等の底に落ちないという特徴があり、
ワイン、シャンパーニュ、リキュール等のアルコール飲料や、コーヒーや紅茶と言った温かい飲みものに浸して
食べられていました。

泡立つシャンパーニュが発明され、一般に普及するまでは、甘口ワインの他、当時地元で一般的だった
赤ワインと一緒に。
*ドン・ペリニヨンが発泡性のワインを始めて作ったのは1680年頃と言われる。
ただし、これ以前からすでにロンドンでは発泡性ワインが飲まれていた。


色の付いていないビスキュイを赤ワインに浸すと赤くなるので、シャンパーニュに浸すようになってからも
赤ワインに浸した時のようなピンク色に染めたらオシャレ~と想像したのかも?という仮説を立て、
試しに赤ワインに浸してみる為、赤く色付けない白いビスキュイを制作してみました^^
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         ↑ Coteaux champenois;コトー・シャンプノワ,Bouzy rouge;ブジ―・ルージュと一緒に
 
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      ↑ 実際に赤ワインに浸してみましたが、綺麗なピンクにはならないみたい・・・

浸して微妙な色になるからこそ、最初からピンク色にしてみたらキレイ?と思ったのかも・・・?
(う~ん、ちょっと無理があるかしら~^^;)


いずれにしてもビスキュイ・ドゥ・ランスはおしゃれなシーンが似合います♪




                              ※※※




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by Ethno-PATISSERIE | 2013-05-25 17:39 | ⑧Champagne-Ardenne | Trackback | Comments(2)

Biscuit rose de Reims ;ビスキュイ・ローズ・ドゥ・ランスの起源は?

さて、Biscuit de Reims ;ビスキュイ・ドゥ・ランスは一体いつから作られるようになったのでしょうか?
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Fossier ;フォシエのサイトでは「1691年に考案された」と書かれています。
Lise Bésème-Pia著「LE BISCUITS ROSE DE REIMS(1999年)」には
1690年頃、シャンパーニュ地方のブーランジェたちはパン焼成後の窯の熱を利用して2度焼きすることを思いついた
とありますが、これを裏付けるものは見つけられず…。
ただ当初ビスキュイを作っていたのはパン屋だったことは確かなことです。


とは言え「Biscuit de Reims ;ビスキュイ・ドゥ・ランス」の歴史を考える前に、まずは「Biscuit ;ビスキュイ」について知る必要がありそうですね。

名前の起源。そもそもBiscuitとは どんなものだったのでしょうか?
「Biscuit ;ビスキュイ」とは 『bis-cuit(2度-焼いた)』と作り方がそのまま名前に付けられたもの。
Biscuitの語源は、後期ラテン語の「Biscotus」だといいます。
* 後期ラテン語(200~900年)では「Biscotus,Panis biscotus,Biscoctus」等いくつかある。
* 古フランス語(800~1300年)では「Besquis」10世紀に初めて現れた。


更に、このBiscotusの語源は
ラテン語の「Bis coquere(フランス語で「Bis=deux fois(二度) /coquere =cuire(焼く)」となっています。
これらはいずれもお菓子ではなく、「2度焼いたパン」のことでした。

多種類のパンを作っていた古代ギリシャ人は「dipyres」と呼ばれる2度焼きパンを作っており、これがビスキュイの誕生につながったのだそう。
* パン製造は、古代ギリシャ人があまりパンが発達していなかったローマへパン屋を出したことでその技術が伝わり、さらにガリア人へ伝わっていく。

この二度焼きパン、主に戦争で遠く離れた地へ赴く際に携帯する食料でした。
特に船で移動する海軍、商人、船乗りたちにとっては非常に重要な食料であり、中世には修道院で焼かれたパンをもう一度焼き、貧しい人々や巡礼者に配るものでもありました。


Nicolas-Abraham de La Framboisière著
Les Oeuvres de N. Abraham, Sieur de La Framboisière(1624年)」には
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節食(減食、ダイエット)用に、上質な小麦粉を使ったパン・ビスキュイがつくられる。四旬節のデザート用にはアニスを加えることもある
と書かれています。ここではまだパンの段階。


Antoine Furetière著「Dictionnaire universel (1690年)」では
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長期間保存させる為に2度焼成した、非常に乾燥させたパン。スペインワインに浸して食べるのによい
上等な小麦粉、卵、砂糖で作った美味しいお菓子のことでもある。アニス、レモン皮を加えることもある。また卵無しで、アーモンドペーストを用いたビスキュイ・ドゥ・カレーム(四旬節用ビスキュイ)もある
とあり、ようやくパンではないお菓子のビスキュイの記述がみられます。


また「Traité de Confiture ou Le nouveau et parfait Confiturier(1689年)」には
Biscuits(お菓子)のルセットが多く掲載されています。
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Biscuits communs(普通のビスキュイ)」の材料 「卵、砂糖、小麦粉、アニス」、「生地を型に入れて表面に粉砂糖を振って高温のオーブンで焼いた後、さらに熱い所において乾燥させる
という作り方は、まるでビスキュイ・ドゥ・ランスそのもの


つまり、『17世紀前半の時点でまだパンだったビスキュイは、その後お菓子のビスキュイがつくられるようになり、後半には2度焼きして乾燥させたお菓子のビスキュイも作られるようになった』ことが分かったことに…。
ただ、これがどこで作られるようになったか?は明記されておらず、残念ながら分かりません。


ではお菓子のビスキュイとランスの町が結びついたのはいつだったのでしょうか?
地方の特産物について詳しく紹介されている
l’inventaire du patrimoine culinaire de la France ;Champagne-Ardenne(2000年)」の中では
Legrand d’Aussyが『ランスは16世紀からbiscuits délicats(繊細なビスキュイ)で有名である』と主張しているのは18世紀でしかない
と書かれています。

どういうことなのか具体的に説明すると
Pierre Jean-Baptiste Legrand d’Aussy)著「Histoire de la vie privée des français(1782年)」には
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            ↑ 「bis-cuits delicats」と「Rheims(Reimsのこと)」の文字が見えますか?
「(*最初ビスキュイは2度焼きしたパンであったが)人は全てを洗練させいていくものなので、その後乾燥したカリカリの上品なビスキュイが作られても、最初の名前がそのまま使用された。今日、Reims ;ランス、Abbeville ;アブヴィル、その他フランスの多くの町がこの種のガトー・セックで有名である。ランスは既にリエボーの時代に有名であった。
という内容が書かれています。
それで「ここで書かれていることが16世紀のことであるか確証はないが、この本の書かれた18世紀では確かなはず」ということなのでしょうね^^
* リエボーの時代というのは恐らく「L'Agriculture et Maison Rustique(1564年)」等を著したJean Liebault (1535-1596年)の時代のこと。その為「16世紀から」という記述になっていると思われる。


1801年に出版された「Rapport du Jury Central sur les priduits de l’Agriculture et de l’industrie Tome II 」の中では
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                      ↑ 「biscuits dits de Reims」の文字。
  製造しているのがパリの為、ditsという語を加えてランス製ではなく「ランスタイプの」という意味合いにしてある。

ランスとその周辺で作られていたビスキュイ・ドゥ・ランスが数年前からパリでも作られるようになり、パリに工場を持つGuillout 氏は毎日5-6万個製造している
と書かれていることを考えると「17世紀中頃にはランスで既に知られた存在になっていた」としてもおかしくないような気がします。


一方、ランスに古くからあった主なビスキュイトリーの歴史から考えてみると
Petitjean 1722年創業。ただし当初はパン・デピスのみ製造。1838年Dagobert Petitjeanが店を引きついだ頃パン・デピスとビスキュイを製造。
Noël-Houzeau(Fossier1845年~) 1756年創業。ビスキュイとパン・デピスを製造。
Rogeron 1791年Marie Hongnatにより創業。当初はパン・デピスのみの製造だったが、すぐにビスキュイの製造も始められる。
Derungs 1800年創業。この年にパン屋を辞めビスキュイトリーとしてビスキュイ・ドゥ・ランスの工業化を行う。
Tarpin  1864年Charles Tarpinがrue de Marsでパン屋を始めたことに始まり、当初から既にビスキュイが作られていた。
Elie Sigaut 1877年 創業。当初からパン・デピスとビスキュイ・ドゥ・ランスが作られいた。

これを見ると1800年を前後してビスキュイを製造し始める所が殆ど。Noël-Houzeauが1756年と一番早いように見えます。
が、しかしMichel Thibault著「Les Biscuiteries de Reims (2003)」の中で
1793年annuaire du Familistère(ファミリステール年鑑)の広告にbiscuits Derungsの箱が紹介されており、
そこには
Maison Doyenne des Biscuits de Reims(ビスキュイ・ドゥ・ランスの最古の店)
Maison fondée en 1691(1691年創設の店)
Les vrais Biscuits de Reims(本物のビスキュイ・ドゥ・ランス)

と書かれている

とあります。

創業の1800年より以前というのがちょっと気になりますが、
『1793年あるビスキュイティエが保守反動勢力の容疑者としてギロチンにかけられ』、このあるビスキュイティエの後継者Jean-François LejeuneがDerungsを創設し、彼は1800年、ビスキュイとパン・デピスの生産に集中するために工場を造り、パン屋を辞めた
とのことで、1800年に工業化する前もパン屋としてお店は存続していたのでしょうね。
さらに『Derungs の建物があったrue Dieu Lumièreには、1691年の時点であるパン屋が既にビスキュイを製造しており、それが最初のビスキュイ・ドゥ・ランスだ』と言う話(伝説?)があるのでした。

実際にこの最初の広告を確認することは出来ませんでしたが、
Fossierやその他の人々によって
『ビスキュイ・ドゥ・ランスは1691年に作られた』或いは『1690年頃に作られた』とされている根拠
はどうもそこにあるようです。

前述の「Dictionnaire universel (1690年)」と「Traité de Confiture ou Le nouveau et parfait Confiturier(1689年)」にあるビスキュイ(お菓子)の存在も、それを裏付ける根拠にされているのでは?と思います。


戦争で多くの書類が失われてしまっている為、ビスキュイ・ドゥ・ランスの起源を明らかにするのもこの辺が限界かなぁ?



                                 ※※※





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by Ethno-PATISSERIE | 2013-05-03 15:19 | ⑧Champagne-Ardenne | Trackback | Comments(4)