「Eric et Gilles」の新作フェーヴ(2016年用)♪

フランス Nord県Lille;リル(の近郊)でフェーヴを制作している「Eric et Gilles;エリック・エ・ジル」の

二人組から、来年用新作フェーヴのお知らせが届きましたのでさっそくご紹介♪【写真掲載許可済】

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デザインから、全ての工程を自身たちの手で作っています。
彩色も勿論手作業なので、表情や模様も1つ1つ違っていて、何よりもフェーヴ愛の感じられる作り手さん。

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お菓子好きにはたまらないのが、この伝統菓子シリーズ。

右は「Agneau Pascal;アニョー・パスカル」、真中は「Coquille;コキーユ」、左はクグロフ?とも思いましたが「Brioche aux pralines;ブリオッシュ・オ・プラリヌ」なのでした^^
*「Agneau Pascal;アニョー・パスカル」についてはこちらでどうぞ。
*「Coquille;コキーユ」は写真のみですがこちらに。
フェーヴの真中に見えるピンク色の小さなものは砂糖細工の幼子。
こちらではチョコレートで出来たサボ(木靴)の中に、同じ砂糖細工の幼子が入っている写真があります。

下のワンちゃんは2人の愛犬「Gribouille;グリブイユ」。
*「Gribouille;グリブイユ]の写真はこちらに♪


手元に届くのが楽しみ~^^



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# by Ethno-PATISSERIE | 2015-10-22 14:37 | feve | Trackback | Comments(2)

fouace ;フアス似の「Gâteau de la Mariée ;ガトー・ドゥ・ラ・マリエ」

Gâteau de la Mariée ;ガトー・ドゥ・ラ・マリエ』は、Aveyron ;アヴェロン県Laissac ;レサックのスペシャリテです。
おそらくフランスでもこの辺りでしか知られていないであろうお菓子…。
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レサックは電車も通っておらず、バスも1日数本しか通っていないようなとても小さな町ながら、
毎週火曜の午前中に行われる家畜市はフランスで第2位の規模を誇り、その起源は15世紀初めに遡るという
アヴェロン県で一番最初に家畜市が行われた町でもあります。


以前フランスの食雑誌「Saveurs」にこの菓子が紹介されて以来、いつか行ってみたいと
思っていたお店でした。
2002年にこの地方を周る旅の計画を立てた時、お店にコンタクトを取ったところ快い返事を頂き、
どんなに嬉しかったことか♪
相手の都合に合わせての訪問だった為、滞在していたRodez ;ロデズからはバスではなく
タクシーでお店へ…(タクシーの運転手さんとの会話も楽しみ。いつも沢山の情報をいただけます^^)
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↑ 石造りの素敵な外観。

相手をしてくださったのはLaurence Roques;ロランス・ロックさん。妹のMartine;マルティーヌ と共に2つの店を切り盛りしています。
彼女たちの祖父母(Elie Roqueと妻でMeunier(製粉業者)を父に持つLouise Bru夫妻)が
1930年、このお店を始めたました。

店内には様々な形のpains au levainや大きく焼いた切り売りのタルト、シュー菓子等が並び、ひっきりなしにお客が買いに来る人気店で、ゆっくり話をする時間が取れないほど。
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↑ アプリコットぎっしりのタルト。切り売り。


ガトー・ドゥ・ラ・マリエ」は「fouace ;フアス」に似た生地を長方形のオーブンプレート一杯に
ドーナッツ形に成形して焼いてあり、量り売りされていました。

この菓子が誕生したのは、夫が戦争の為この地を離れ二代目のLouise Roques ;ルイーズ・ロック
1人で店を守っていた時のこと。
物の無い時期で材料も限られていた中、ある日結婚式のお菓子の注文が入り工夫して作ったのが始まりで、
最初は『fouace de la Mariée ;フアス・ドゥ・ラ・マリエ』と名付けられたと言います。

飾り気のない菓子ですが、ルイーズの夫が元々Dragées ;ドラジェを作る職人だったことから、結婚式用にとお菓子をドラジェで飾り付けたとのお話。で、実際に飾り付けて見せてくれました♪
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↑ ドラジェで飾った『ガトー・ドゥ・ラ・マリエ』

フアス同様こちらもオレンジフラワーウオーターで香り付けしてあってほとんど変わらないように感じますが、パン酵母は使われていないところが大きな違い。
甘味は強くなく、一緒に売っているフアスよりも柔らかい感じでした。


ロランスさんはあまり話す時間が取れなかったので、近所にある小さなMusée du Laissaguais(民俗博物館)のMaurice Gauffre氏をお店に呼んで下さり、この地方のお菓子についての話をお聞きしました。


この町には古いfour banal(共同の窯)も残っているのだとか。かつて3つの水車があってそこでは粉や油(胡桃)が作られいたそう。
かつてはこの辺りにもアーモンドの木が育てられていたという話なども…。

午後からは博物館を見学。
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↑ Musée du Laissaguais内、暖炉を再現したコーナー。
左端にはGâteau à la broche用の型やゴーフリエも。

私の大好きな昔の生活道具が沢山展示してあり、直々に解説して頂くことも出来てとても有意義な時間だったのでした♪



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# by Ethno-PATISSERIE | 2015-08-02 15:38 | ⑯Midi-Pyrenees | Trackback | Comments(3)

Aveyron ;アヴェロン県の発酵菓子「fouace ;フアス」

fouace ;フアス』はAveyron ;アヴェロン県のスペシャリテで主に王冠形に作られ、
オレンジフラワーウォーターがしっかり香る発酵菓子。
パン生地に卵やバター等の材料を加えて作られた他の発酵生地同様、家族のお祝い事や祝祭時に
作られていたもので、現在では主に朝食やおやつとして食べられています。
パン屋さんやマルシェには大小様々な「fouace ;フアス」が並び、大きなものは好きな量だけ
量り売りしてくれ、地方や店によって特徴的な形をしていてワクワクします^^
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↑ fouace au levain de la Boulangerie Roques(Laissac)

fouaceの語は、7世紀に灰の中で焼いたパンを意味するラテン語「Focacius panis」に由来する俗ラテン語『focacia』から来た言葉。
フランスのみならず、イタリア語focaccia,スペイン語hogaza,ポルトガル語fogaça,ハンガリー語pogácsa等々、ヨーロッパ各地にこの語を語源に持つ語が存在しています。

また、このアヴェロン県のfouaceの他にフランス国内でもfougassefouée等々の似た名前を持つ菓子が
あり、地域ごとに特徴的な形・味のものがあり、それを探し歩くのはとても興味深い♪
* 日本でなじみ深いのは、プロヴァンス地方で作られる塩味のfougasse ;フガスでしょう。


元々パンから派生し、各地で独自に変化していった甘味&塩味のフアス&フガスたち。
中世からフランスの各地方で作られていたことが知られています。
Fernanc Molinierは著書「Promenade Culinaire en Occitanie(1973)」の中で、
1390年2月24日付けのCommandrie de Saint-André de Gaillacの規約と習慣についてロマンス語で書かれた手書き文書で、コマンドリー・メンバーにLe dimanche des Rameaux ;ディマンシュ・デ・ラモー(枝の主日)用として昼食と夕食に出される食材と共に「テーブルにfougasse ;フガス一切れとワインを置く」と書かれていることを引用しています。
* Commandrie ;コマンドリーとは中世、キリスト教騎士修道会が所有した地所、及び修道士、騎士とその関係者たちが暮らし、訓練する場のこと。
* Le dimanche des Rameaux ;ディマンシュ・デ・ラモー(枝の主日)についてはこちらをご参照ください。 
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↑ Fouace campagnarde d'Entraygue(Entraygueのマルシェで出会った田舎風フアス)


彼は同様に1593年の文書でラングドック州議会がアルビで開いた会議の際、アルビの町は議会のメンバーに「ローズ・ウォーターで香り付けしたfougassets(小さなフガス)を9ダース半とその他のお菓子をガイヤック・ワインと共に贈った」ことも引用しています。

いずれも現在のアヴェロン県の南隣に位置するタルヌ県辺りのことですが、
この辺りではこのころ既にデザートとしての甘いフガス(フアス)が作られていたことが分かります。


私が初めて出会ったのは(確か)1992年のこと。
Laguiole ;ライオルの町で1858年の創業以来ルセットを五代にわたって受け継ぐBoulangerie Rouxの、上に可愛いシニオンがのった『fouace de Laguiole;フアス・ドゥ・ライオル』でした。
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2002年、アヴェロン県を周った際にも様々に特徴的なフアスに出会うことができましたよ♪

現地では『fouace ;フアス』の名前が使われていますが「L’inventaire du patrimoine culinaire de la France ; Midi-Pyrénée版(1996)」では「fougasse aveyronnaise ;フガス・アヴェロネーズ(アヴェロン県のフガス)」として紹介されていて、少し不思議に感じました。
ポストカードにも稀に「fougasse」と書かれているものがあって、お店の人にも尋ねてみたのですが残念ながら「fougasseと呼ぶことは無いけど、そう書いてるものもあるわね」という返事しか聞くことができませんでした。

アヴェロン県の俚言では『fougásso又はfouásso』という名前でした。
なるほど「G」入り、無しの両方が使われていたのですね。

ではなぜ今は「G」無しの「fouace」となっているのでしょう?

あくまでも個人的な想像ですが「fougasse aveyronnaise」という書き方は、より一般的で認知度のある「fougasse」という名前に「aveyronnaise(アヴェロン県の) 」という形容詞を付けて、プロヴァンス地方のフガスとは違うものであることを強調し、また、実際に呼ぶ際は長すぎますし、区別する為にあえて「fouace」という名前を使うようになったのではないかな?と思いました。

フランス各地のスペシャリテについて書かれたCurnonskyとAustin de CROZE共著「Trésor gastronomique de France(1933)」の中にはfouaceやfougasseも掲載されていますが、
この地方のスペシャリテとしては『fougasse d’Espalion』の名前が挙げられていました。
このころは「fougasse」の名前も一般的に使われていたのでしょうか?
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↑ Fouace d'Espalion

いつごろから「fouace」の名前が使われるようになったのかは残念ながらよく分かりませんでしたが、
もう少し時間をかけて調べてみたいと思います♪



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# by Ethno-PATISSERIE | 2015-07-29 11:00 | ⑯Midi-Pyrenees | Trackback | Comments(2)

バスチーユ広場辺りを古地図散歩してみる…

フランスの行事菓子・地方菓子(古典菓子も)が好きなのでパリよりも田舎の方が断然好き。
だけど都合でパリにしか滞在できなかった前回の旅行では、パリだからこそ楽しめる
古地図散歩を満喫しました♪
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革命記念日が終わったタイミングなので、今回はPlace de la Bastille(バスチーユ広場)を
縦軸で古地図散歩…。
(お菓子に直接関係はないけれど、フランス革命自体は当然(間接的に)関係あるので番外編^^)


まずは牢獄ではなく、まだ要塞だった頃の絵入り地図から。
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↑ Plan de Paris au seizième siècle Pour suivre les entrées de Henri II et de Charles IX
16世紀の地図(上が東)バスチーユから下へ伸びる大きな道がrue St Antoine(サンタントワーヌ通)

バスチーユ要塞は、国王シャルル5世( 1338 ~ 1380 / 在位 ; 1364~1380)の治世下、パリの街や王を守る目的でパリ東部の城壁に設置されたPorte St Antoine(サンタントワーヌ門)の脇に1370年から13年の歳月をかけて作られた。
当初丸い塔は角に4つあるだけだったが、後に加えられて8つに。建物の周りには堀がめぐらされ、セーヌ川から水が引かれていた(現在のBassin de l'Arsenal)。

ルイ11世の治世下、バスチーユは牢獄として使われ始める。


次の地図は革命前年のものを…。
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↑ Plan de la ville de Paris(Mondhare, Louis-Joseph (1734-1799)/1788

丸い塔が8つに増やされて以降、ほとんど変わっていないと思われるバスチーユ牢獄。
(城壁のあったところは並木のある大通りになっている)


そしてフランス革命後…
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↑ Nouveau plan routier de la ville et fauxbourgs de Paris divisé en 48 sections/1793

バスチーユ牢獄の建物は革命後解体(解体期間;1789~1791)され、この1793年の地図では建物があった所には「La Bastille détruite(解体されたバスチーユ)」の文字が入っている。


その後この場所には…
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↑ Plan de la ville de Paris, divisé en 12 arrondissements et 48 quartiers/ L. Vivien(1830)
バスチーユ広場の真ん中に「Fontaine de l'Eléphant(象の噴水)」の文字。

こんなものが…?
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↑ Projet d'Éléphant pour la Bastille/Jean-Antoine Alavoine(public domain)

<L'Éléphant de la Bastille;バスチーユの象>
ナポレオン1世の発案で、フランス革命後の記念碑として高さ24mの巨大な青銅製の象を作る計画が立てられ、まず原寸大の石膏製の象の模型が作られた(1814年)。
が、翌年ナポレオンがワーテルローの戦いで敗れ、その後の計画は中止に。
模型の象は場所を移され、1846年には丸い台座のみを残して撤去された。


そして…
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↑ Plan itinéaire et administratif de la ville de Paris/Aristide-Michel Perrot(1840)
びっくりする程大きく描かれたColonne de Juillet!

<Colonne de Juillet(7月革命の記念柱)>
Trois Glorieuses(栄光の3日間)=フランス7月革命(1830年7月27~29日の3日間に起こった市民革命)を
記念し、象の台座の上に作られた高さ50,52mの円柱(建設期間;1835~1840)。

この地図ではかなり大きく強調された図入りで紹介されていました^^


記念柱の完成以降、バスチーユ広場はあまり変わっていないみたいようす。
バスチーユの建物は消えてしまいましたが、地図上でだけでなく、実際にその場へ行くと思わぬところで土台の一部を見つけたりして、昔にタイムスリップした気分に…。
Square Henri Galliやメトロのバスチーユ駅内にもvestiges(遺構)が見られますね。



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おまけ
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# by Ethno-PATISSERIE | 2015-07-16 10:51 | ⑫Paris/Ile-de-France | Trackback | Comments(3)

「Navette de Saint-Victor ;ナヴェット・ドゥ・サン・ヴィクトール」

Navette ;ナヴェット」とはプロヴァンス地方でおおく見られる、オレンジフラワーウオーターで香りを付けた小舟形の焼き菓子のこと。 店によって大小様々なものが販売されています。

もっとも有名なのはやはりMarseille ;マルセイユの「Four des Navettes ;フール・デ・ナヴェット」というお店で作られている「Navette de Saint-Victor ;ナヴェット・ドゥ・サン・ヴィクトール」でしょう。
この店は1791年創業のマルセイユで最も古くからあるパン屋さんなのです♪
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創業者であるMonsieur Aveyrousが、小舟でプロヴァンスへたどり着いた聖母マリアたちや マルセイユのVieux Port(旧港)に漂着したヴィーナス像と言った伝説を想起させる「小舟形の焼き菓子=ナヴェット」を考案しました。
* 販売は翌年の1792年から

今も当時と変わらぬ秘密のルセットを用い、同じ窯で焼かれています。
* 現在はJean-Claude IMBERT氏と息子のNICOLASが計量や生地作りを行い、従業員が行うのは分割と焼成のみ。
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ここのナヴェットは他のものとは異なり、細長い棒状の生地を20㎝ほどの長さに切り分け、縦に切込みが入れてあります。
甘味も少なくかなり固め、当時と同じというのが頷ける味。
すぐそばにあるAbbaye Saint Victor(サン・ヴィクトール修道院)で行われる 「Chandeleur ;シャンドリュール」のお祝いに欠かせないお菓子でもあります。
* Chandeleur(2月2日)はキリスト教の祝祭の1つで、聖母お潔めの祝日。キリストの神殿奉献にあたる。
* 2月2日はキリスト生誕(=12/25クリスマス)の40日後にあたる。
旧約聖書レビ記第12章に「女が男の子を産めば7日間汚れる。…その女は血の清めに33日を経なければならない。その清めの日の満ちるまでは、聖なる物に触れてはならない。また聖なる所にはいってはならない。…」とあることに由来。

シャンドリュール当日の2月2日早朝、大司教が地下のクリプト内にあるNotre-Dame de la Confession(告解の聖母;黒マリア)の像をお迎えに行き、行列を作って修道院のすぐ横にある広場で町と海、そして緑の蝋燭を祝福してからミサが行われます。その後フール・デ・ナヴェットの店を訪れ「four ;窯」とその「ナヴェット」が祝福されるのだとか。
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↑ シャンドリュールの日のサン・ヴィクトール修道院の入口風景(ポストカード。public domaine)
Marchandes de navettes et de cierges, lors de la Chandeleur,devant l'abbaye Saint-Victor

この日はマルセイユのあちこちから信者がここへミサに訪れますが、 ミサが終わると緑色のロウソクとナヴェットを買うのが 古くからの習慣になっているそうで、お店の方から「列の終わりが見えないほど 長い列が出来る」とお聞きしました。
*この期間には8000~10000個ものナヴェットが販売されるとか !

この時に買った祝別を受けた緑の蝋燭とナヴェットは、家や自分たちをまもるお守りとして1年間保存。
1年後、蝋燭に火を灯してナヴェットを食べるのだそう。

マルセイユのナヴェットや、シャンドリュールのこの習慣についての古い記述を探してみましたが、一番古いものは1877年に出版された「Dictionnaire des villes, villages & hameaux du département des Bouches-du-Rhône/ Alfred Saurel 著」でした。(以下、一部引用)
「…A la porte même de l’antique édifice, ceux-ci achètent des cierges faites de cire vertes qu’ils vont faire brûler devant la Vierge Noire et des navettes ou gâteaux pétris avec de l'anis dont la saveur est, ce jour-là seulement, considérée comme délicieuse. …」
* 現在続く慣習と変わっていないのが分かります。ナヴェットはオレンジフラワーウオーターの香りでは無くて、アニス風味と書いてありますが…


マルセイユは何度か訪れましたが、このお店まで行ったのは2006年12月が初めて…。
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ちょうどある企業からの注文で、2本入りの小さな箱詰めを大量に作っているところでした。
他にも箱入りやナヴェットの並べられた天板等々、沢山のナヴェットにびっくりする半面、普通のパンも売っていたのはなんだか意外に感じてしまいました^^
(パン屋さんにパンがあるのは当然なのですが…^^;)


2月2日にマルセイユへ行くことはかなり難しいですが、1度は体験してみたい!
(* 2007-07-22 mixiでupした内容に加筆したものです。)



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# by Ethno-PATISSERIE | 2015-07-14 19:39 | 21 Provence-A.C | Trackback | Comments(2)