Les Madeleines de Commercy その1

フランスで「マドレーヌの有名な町」と言えば、何と言っても真っ先にコメルシーが挙げられることでしょう。

b0189215_1658727.jpg1992年5月にフランス北東部からリュクセンブルク、ベルギー、オランダを(大雑把に)まわる旅の際、途中下車したのが最初でした。
ここへはこれまでに3度訪れており、昨年はConfrérie gastronomique des Compagnons de la Madeleine de Commercyへの取材を試みましたが、タイミングが悪くて実現せず(1週間後ならバッチリだったのですが…)。

←Commercy駅

さて、マドレーヌの由来は諸説あります。
1847年の段階で歴史学者Charles Dumontが「マドレーヌの考案者が分からないことは非常に残念だ」と言っているように、真実は闇の中。本当のことは誰にも分かりません。
ただ長い間作られていることを考えれば、帆立貝形のマドレーヌがこの町(或いはこの町に関係のある人)で考案されたと考えるのは、決して突飛なことではないように感じます。

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これを踏まえたうえで2つ紹介しましょう。

* Madeleine Simoninが考案したとする説。
マドレーヌは恐らく当時コメルシーに住んでいたcardinal de Retz(Retz枢機卿) Paul de Gondiの料理人、Madeleine Simoninによって1661年pâte à beignetsを改良した新しいお菓子として考案されたものである。
枢機卿の友人であり、彼の家でよく食事をしていた Longueville公爵夫人により、料理人の名前にちなんでマドレーヌと名付けられた。

* Madeleine Paulmierと言う名前の給仕係が作ったとする説。
コメルシーの城でStanislas Leszczyński(1677-1766;元ポーランド王、
ロレーヌ公)主催の食事中、ある見習い料理人がシェフに対する怒りからデザート用のお菓子を台無しにしてしまい、給仕係がすぐに用意できる祖母の作っていたお菓子を作り、この窮地を救った。スタニスラスがこの給仕係の名前Madeleine Paulmierからマドレーヌと名付けた。
(その後スタニスラスの娘でルイ15世の妃Marie Leszczyńska(1703-1768)がヴェルサイユでマドレーヌを作らせたという話も)

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← château Stanislas (観光局有)


かわいらしい名前にぴったり後者の説は広く受け入れられているように思います。
しかし、仮にも元国王であったスタニスラスの食事会で、雇われの身である見習い料理人が、癇癪を起こしてデザートをダメにしてしまうなんて、もし本当だったら許される話ではないような気がしますが…。

この他にも

* Talleyrandの料理人、Jean Aviceがカトルカールの生地をアスピック型で焼き、これをマドレーヌと名付けたとする説。
* Alexandre Dumasは「Le Grand Dictionnaire de cuisine(1873年)」の中でMme Perrotin de Barmondの下宿人で元料理人のMadeleine Paumier(Lは無い)に由来するというマドレーヌのルセットを紹介している。

などと、マドレーヌに関係する話は様々あります。

b0189215_1740691.jpgいろいろな人の解釈で組み合わさったり、尾ひれが付いたと思われるものもありますが、いずれもマドレーヌ誕生の確かな由来を証明できるものではありません。

コメルシーのマドレーヌ以前にもマドレーヌという名前のお菓子は存在したのでしょうか?
そしてそれは帆立貝形だったのでしょうか?



タイムマシンでも出来ない限り、このなぞが解明されることは無いのかもしれませんね^^




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# by Ethno-PATISSERIE | 2009-06-11 19:35 | ⑮Lorraine | Trackback | Comments(6)

Les Madeleines de Proust (Illiers-Combray)

マドレーヌは様々な研究テーマの中でも特に愛着を感じるお菓子。
ぷっくりしたおへそのある貝殻の形がなんとも愛おしく、いつどこで誰がこの形で焼き始めたのか?
なぞに満ちた、研究心をくすぐるお菓子です。

日本ではお菓子屋さんに必ずあるアイテムで1つずつ包装されて販売されていますが
フランスではお菓子屋さんというより、大きな袋入りのものをスーパー等で買うイメージ。
また、マドレーヌをスペシャリテにしている町もいくつかあります。

Marcel Proust(1871-1922);マルセル・プルーストの本に出てくるマドレーヌのお話は、
実際に本を読んだことが無い人でも耳にしたことがあるのではないでしょうか。
(お気付きの通り、ブログのタイトルはプルーストの「A la recherche du temps perdu;
失われた時を求めて」をもじったものです笑)

b0189215_18504142.jpg私が最初にIlliers-Combrayを訪れたのは1991年9月のこと。
2度目の留学の時、RouenにあるINBPという国立製菓・製パン学校へ入る前、
フランス各地を転々と移動しながら語学学校に通っている時でした。

元はIlliersという名前でしたが、プルーストがCombrayという架空の名前で小説を書いたことで有名になり、1971年、プルースト生誕100年を記念してIlliers-Combrayに改名されています。
実際この町は父の生まれ故郷。
マルセルが小さい頃、この町にある叔母Elisabeth Amiotの家でヴァカンスを過ごしたのだとか。

b0189215_21245784.jpg本に出てくるMaison de Tante Léonie;レオニ叔母さんの家はプルースト博物館になっていて見学可能。(写真→)2階にある叔母さんの寝室にはマドレーヌが置いてあり、まるで物語の世界に入り込んだよう。
「ここで紅茶(或いは菩提樹のハーブティ)にマドレーヌをひとかけら浸し、スプーンですくって…」とまるで今小説の中にいるかよう…。


b0189215_185486.jpgこの近くに「レオニ叔母さんがマドレーヌを買っていた」という看板を掲げるというお菓子屋さんがあって、袋入りのマドレーヌを買うことが出来ます。

こちらは最初に訪れた時のお菓子屋さんとマドレーヌb0189215_17233662.jpgb0189215_1715269.jpg

b0189215_1826113.jpg2度目に訪れたのは2006年10月
車でノルマンディーへ行く途中、またマドレーヌを買いたくて。
お店が全く変っていなかったことはビックリと同時に嬉しいものでした。
(でも前には無かった箱入りが登場…。とはいえ所有者のChristian Védieさんは代わらずそのまま !)
こちらは2回目に訪れた時。↑上と全く同じでしょ?(笑)
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b0189215_18221182.jpgここのマドレーヌの特徴は丸っこい形。
一般的なものは細長いものですが、より帆立貝に近いこの形が私のお気に入り。

マドレーヌがスペシャリテになっている町はスペインのサンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼道沿いにあると言われ、巡礼の印で器としても使われていたという帆立貝とマドレーヌを結びつけて考えられています。
この町にある教会の名前はEglise Saint Jacques;サン・ジャック教会。
やはりこの町も巡礼道上にあったのでした。

さて、小説の主人公が紅茶に浸したマドレーヌを口にして、幼少期の出来事を思い出したように、
味覚や嗅覚からふと過去の記憶が蘇ることを「プルースト現象」等と呼ばれますが、
私にとって薪で燻された香りがそれにあたり、両親の実家で過ごした夏休みのことが鮮明に蘇ってきます。

あなたにとって「プルーストのマドレーヌ」は何ですか?



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# by Ethno-PATISSERIE | 2009-06-03 21:52 | ⑦Centre | Trackback | Comments(2)

初めの一歩

今までmixiでブログを書いていましたが
もう少しきちんと書きたいと思うようになり、エキサイトでも始めることにしました。

今までヨーロッパ(主にフランス)で
お菓子(素材)等について個人的に取材してきたことを中心に
改めて最初から綴っていこうと思います。

美味しいお菓子・人との素敵な出会いがありますように・・・。

ひみつ?のプロフィール
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# by Ethno-PATISSERIE | 2009-05-30 18:16 | その他