「Crémet d’Anjou ;クレメ・ダンジュー」 その② 色々な名前とルセット

Crémet ;クレメ」の名前はcrème ;クレーム(生クリーム)、或いはcrémer ;クレメ(生クリームを加えるという動詞)に由来します。
* 名前を調べると他にCrémet の他にCrêmet 、Crémé と言うスペルもみられる。

かつてアンジュー地方では特にAngers;アンジェやSaumur;ソミュール周辺で多く作られていたそうで、名称は「Crémet d’Anjou ;クレメ・ダンジュー」の他、町の名前を冠した「Crémet d’Angers ;クレメ・ダンジェ」や「Crémet de Saumur ;クレメ・ドゥ・ソミュール」という名前も見られました。
* 例えば20世紀前半に出版された古い有名なガイドブックを見ると、このように書かれている。
◎「Guide UNA(1931年)」では「Angers ; アンジェとSaumur ; ソミュールのスペシャリテ」としてクレメを紹介。
◎フランス各地のスペシャリテを紹介する「Trésor gastronomique de France(1933年)Curnonsky,Austin de CROZE共著」の中では「Crémets d’Angers;クレメ・ダンジェ」の名前で掲載。
Larousse gastronomique de Prosper Montagné( 1938年) の中では「Crémets d’Angers ou de Saumur」と記載。


この他にMaine-et-Loire県の隣県Loire-Atelantique ;ロワール・アトランティック県の中心地Nantes ;ナント近郊でも作られており、その名も「Crémet nantais ;クレメ・ナンテ(或いはCrémet de Nantes ;クレメ・ドゥ・ナント)」。ここでも20世紀初めには既に有名でした。
* 1984年に出版されたフロマージュの本「Le Livre d’Or du Fromage,Pierre Androuet著」の中にはCrémet d’AnjouとCrémet nantaisの2つが掲載されており、「Crémet nantais ;クレメ・ナンテ」は温めた牛乳にレンネットを加えて固めたものを穴のあいた型に入れて水気を切って作る方法が紹介されている。
* 現在「Crémet nantais ;クレメ・ナンテ」と言う名前で販売されているものは、材料に生クリームと卵白の他に
フロマージュ・ブランが入っている。

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↑ こちらが実際に買ったクレメ・ナンテ

現在、一般的に「クレメ・ダンジュー」と「クレメ・ダンジェ」の違いはフロマージュ・ブランが入るかどうかで、
前者には入らないとされています。
しかし、これらに違いは無いと言うもの、「クレメ・ダンジュー以外はフロマージュ・ブランを使うという違いがある」と
書かれているものも存在してちょっとややこしい。
実際にルセットを集めてみると材料も作り方も様々で決まっていないようにさえ感じるほど…。


では、アンジェの古文書に初めて記載された当時の「フロマージュ・ドゥ・クレーム」や「クレメ」はどんなものだったのでしょう?
探してみると「Nouvelle Instruction pour les confitures,les liqueurs et les fruits,François Massialot 著」の1740年度版の中に「Fromage de Crême(P-285)」のルセットを見つけることが出来ました!
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作り方はこんな感じ…。
生クリームに牛乳を加えて熱し、指を入れられる温度まで冷ましてから牛乳を少し加えたレンネットを加え、
布か目の細かい裏漉しで漉す。蓋をして固まるまで置く。柳で出来た小さなカゴ、或いはブリキの型に
スプーンで入れ、水気を切る。器に盛り付け、上から砂糖を加えた生クリームをかける。


これは現在でいうとクレメというよりむしろフレッシュチーズ(フェッセル)の感覚ですね。
* François Massialot;フランソワ・マシアロ(1660-1733) 数多くの宮廷でシェフ・キュイジニエを務め、数冊の料理書を残している。クレーム・パティシエール(スペルはCrême pâticiere)やクレーム・ブリュレ(Crême brûlée)の
ルセットの初出は彼の著書「Le Cuisinier roial et bourgeois(1691)」。


この本のもっと古い版を探すと1712年度版が見つかりました。
この中に「Fromage de Crême」は無かったのですが「Crême en neige ;クレーム・アン・ネージュ」というものを発見!
1 pinte(1パント;昔の液量単位)の新しい生クリームと新鮮な卵白2つをオレンジ花水で香り付けして
泡立てる。表面に泡が上ってきたらすくって別の容器に移す。全てが泡立つまで繰り返す。砂糖を加えて溶けるまで泡立て、ガーゼか目の細かい布を敷いた小さなカゴに入れ、水気を切る。

こちらの方が現在のクレメにより近いような気がしました^^

両方の本には生クリームや牛乳と卵、砂糖を使って(いわゆるチーズは使わずに)作られた「Fromage」と分類されるものがいくつか紹介されており、この当時は同様のものが広く作られていたことを想像させます。


では次に形はどんなものだったのでしょうか?
ナントで使われる言葉(言い回し)について解説する「Les Locutions nantaises(1884年)Paul Eudel著」では、
クレメを「柳製の小さなカゴに入れて作られた半円形の乳製品」と説明しています。
また、円筒形のブリキ製型もあったようです。

また「Souvenirs d’un vieux Nantais,1808-1888(1888年)Léon Brunschwicg著」には
柳製の小さなピラミッド形(のカゴ)を使う」とあり、様々な形があったことが分かります。

20世紀初期には「その①」で紹介したような陶器製で水切り穴の付いたハート形の型が出てきます。
そしてこのハート形が作られる前は円錐台形だったのだとか。
こちらにはその型の写真が紹介されていて、偶然にも私が持っているのと同じ!
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それにしてもいったい誰がこれらの形にすることを思いついたのでしょう?
家庭では家にあったものを転用したのかもしれませんがお店ではどうだったのか?
Marie Renéaume ;マリー・ルネオムの店ではどんな形で販売されていたのでしょうね。とても気になります。
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本やネットでルセットを集めていくと、本来の生クリームと卵白と言うシンプルな物の他にも様々なものがあるのが分かります。
 ①泡立てた生クリーム(クレーム・エペッス+クレーム・フルーレットのことも有)と泡立てた卵白を混ぜる。
 ②フロマージュ・ブランに泡立てた生クリームと泡立てた卵白を混ぜる。
 ③生クリーム(クレーム・エペッス+クレーム・フルーレットのことも有)にレンネットを加えながら泡立てる。
 ④カイエ(牛乳にレンネットを加え、固めたもの)を水切りし、クレーム・エペッスとクレーム・フルーレット、
   バニラシュガー、泡立てた卵白を加える。
 ⑤牛乳を30℃に温めレンネットを加える。(Crémet nantais ;クレメ・ナンテ)


これらすべて試してみましたが、③は思ったように泡立たず、1度は泡立て過ぎてバターになりかけてしまいました。
* ちなみにアンジュー地方で使われる俚言や言い回しについて語彙集 「Glossaire étymologique et historique des patois et des parlers de l'Anjou(1908年)Verrier et Onillon共著」の中で、クレメは「バラットの中でバターに変わる寸前の生クリームで作った乳製品」と説明されている。

経済的な理由(高価な生クリームの量を減らす為 ?)からか、Caillé ;カイエやfromage blanc ;フロマージュ・ブラン等を加えるようになっていったとも言います。
ルセットは各自で秘密にされいたため作り方も様々になり、また恐らく家庭では手に入るものを使い工夫して作っていた為、材料にもバリエーションが出来たのかもしれませんね。
(いずれの作り方でもそれぞれに美味しいクレメが出来ました♪)



※※※



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# by Ethno-PATISSERIE | 2014-08-07 19:29 | ⑱Pays de la Loire | Trackback | Comments(2)

「Crémet d’Anjou ;クレメ・ダンジュー」 その① 歴史について

Crémet d’Anjou ;クレメ・ダンジュー」はPays de la Loire地方圏Maine-et-Loire県のスペシャリテ。
Fontainebleau ;フォンテーヌブロー等と同様フロマージュの1種。主にFromagerie ;フロマジュリー(チーズ屋)やCrémerie ;クレムリー(乳製品を扱う店)で扱われるものです。
* Anjou ;アンジューはフランス革命以前に使われたAncienne province(旧州名/旧地方名)のこと。現在の県にほぼ一致している。中心都市はAngers ;アンジェ。

クレメ・ダンジューは泡立てた生クリームに泡立てた卵白を混ぜ、1人分ずつ水切りして作られるデザート。
(フロマージュ・ブランは使わないのが基本の作り方)
上から生クリームと砂糖をかけて、或いは赤いベリーのクーリをかけて食べられます。
1年中ありますが、赤いベリー類が採れる春から夏にかけてのシーズンに多く作られます。
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アンジェのサイトAngers.frにはその歴史が詳しく紹介されていました。
18世紀にはあったことが分かっており、市の古文書では1702年、続いて1704年に納入された食事の中に初めて
このデザートが記録されているそうです。
その当時は「fromege de crème ;フロマージュ・ドゥ・クレーム」と呼ばれていたとか。

Crémet ;クレメ」という名称が古文書の中で見られるようになったのは1741-1743年。1767-1779年には市当局から提供された宴会で定期的にクレメが出されていたそうですが、その後廃れてしまいました。


さて、18世紀後半に廃れてしまったクレメですが次に現れたのは1世紀後、偶然の出来事から・・・。
大きなお屋敷の女料理人Marie Renéaume ;マリー・ルネオムは1890年のある夜、デザートが足りない
ことに気付いた。機転を利かせて残っていた生クリームに泡立てた卵白を混ぜ、型代わりにポルト用のグラスに詰め、これを器に取り出してから表面に生クリームをかけバニラシュガーを振りかけた。


1898年1月10日、André Girault ;アンドレ・ジローと結婚したマリーは、1901年アンジェの2 rue Saint-Julienにあったバターや卵等、乳製品を販売するCrémerie David ;クレムリー・ダヴィッドを買い取り、
本格的にクレメを販売し始めます。
店で個人向けに販売するほか、レストランにも卸される他、女性たちによる移動販売も行われて大流行したとか。
* こちらのサイトではマリーのポートレートとお店の写真を掲載。
*こちらのサイトでは1918年に撮影された移動販売の写真を掲載。

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         ↑ こちらは古いハート形のクレメ型。いつから?、そして誰が?使い始めたのかは不明

アンジェ生まれの美食家、Curnonsky ;キュルノンスキー(本名;Maurice-Edmond SAILLAND ;モーリス・エドモン・サイアン)は著書「La France gastronomique, guide des merveilles culinaires et des bonnes auberges françaises. L'Anjou(1921)」の中で
アンジュー地方のクレメは神々のご馳走である。この地方の伝統のルセットで、残念なことに数人の農民たちの間で秘密にされている。どんなクレーム・シャンティーも、香り高くなめらかで軽いこの泡々とは比べものにならない」と絶賛しています。

人気が出ると真似をして販売する人が増えてくるのは世の常のようで、アンジェのブーランジェ・パティシエ
Louis Fouquet ;ルイ・フーケ(95,route de Paris)は1910年「Crémets des ducs d’Anjou ;クレメ・デ・デュック・ダンジュー」の商標登録までしたのだとか(Girault  夫妻は商標登録をしていなかった)。

1923年になるとジロー 夫妻は徐々に商売を縮小し、クレメの製造も途絶えました。
真似して製造していたところも多かったクレメですが、デリケートで遠くへの輸送も困難だった為に、製造する人も徐々に少なくなっていった模様。

数は減ったものの今でもスペシャリテとして作り続けられていて、私が初めて食べたのは1991年Angers ;アンジェへ行った時。市場のフロマジュリーで見つけることが出来ました。
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             ↑ この白っぽくてわけのわからない写真(恥)が市場で買った初めてのクレメ

現在レストランのデザートとして食べられるお店も数件ありますが、生クリームと卵白だけで作られているのかな。


その②へ続く・・・


                                   ※※※



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# by Ethno-PATISSERIE | 2014-08-04 10:42 | ⑱Pays de la Loire | Trackback | Comments(2)

Rousquille ;ルスキーユというお菓子  その2

その1に引き続き、今回はピレネー山脈の西側(ベアルン地方) で作られるルスキーユについて…。
こちらでも「Rousquille」「Rosquille」の名前が見られ、ベアルン語の「Rosquilhe」というスペルも見られます。
* ベアルン語;オック語の1方言であるガスコーニュ語の中に含まれる方言。

フランス各地の食に関するスペシャリテを網羅する「L’inventaire du patrimine culinare de la France;1997」のAquitaine地方版では次のように書かれています。
『「Dictionnaire du béarnais et du gascon modernes 」(Simin Palay著 ;初版1932-1934)では「Rosquille」はベアルン語の「Rosque」に由来し、これはバイヨンヌでユダヤの祭礼パン、pain à l’anis;
パン・ア・ラニ(ス)を意味する。』

検索して出てくる一番古い本は1675年に出版された「Tesoro de las dos lenguas espanola y francesa
と言う辞書で、スペイン語の「Rosquilla」を「大きな指輪状のねじった丸いcraquelin ;クラックラン、小菓子」と
訳しています。
クラックランは生地を一度茹でてから焼くéchaudé ;エショデと呼ばれる固いお菓子ですので、
現在のルスキーユに近いものだと想像出来ます。

ただ、いずれにしてもフランスにおけるルスキーユの起源ははっきりとしていません。
「ユダヤの祭礼パン」だったと仮定してみましょう。
レコンキスタ(国土回復運動)が終結した1492年以降、スペイン(後にポルトガル)から追放されたユダヤ人たちが
バイヨンヌへ集まってきました。スペインで作られていた「Rosquilla」はユダヤ人と共にこの頃この地域に多く見られるようなり、広まっていったのかもしれません。

この地方で現在作られているのは、ベアルン地方の中心都市で非常に古い歴史を持つOloron-Sainte-Marie;
オロロン・サント・マリー


これが作られているのは、以前「le Russe;リュス」というお菓子について紹介した際(ココ)にご紹介したお店
Pâtisserie Artigarrède ;パティスリー・アルティガレッド」のみです。
大きなブレッツェル形と棒状の小さいものがあります。
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↑ 棒状のルスキーユ


2009年1月にこの店を取材させて頂いた際、
3代目のJean-Paul Bassignana;ジャン・ポール・バシニャナ氏のお話では
「かつては家庭で作られていたがだんだん作る人が居なくなり、今はここだけで作られている」とのことでした。
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↑ ブレッツェル形の大きなルスキーユ



<作り方はこんな感じ…>
小麦粉、卵、バター、塩、アニスの香りを煮出したもの、オレンジ花水で生地を作る。
これを寝かせてから棒状に伸ばしてブレッツェル形に成形しオーブンで焼成する。
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↑ 焼成の際は途中で裏返してさらにしっかりと焼く

レモンの皮で香り付けしたシロップに浸し、取り出してから刷毛をこすりつけるようにして白濁させ、乾燥させる。
(乾燥すると白さがはっきりしてくる)
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↑ 右側の鍋に入ったシロップに浸し、取り出してから刷毛でこする。


お店では3日間乾かしてから販売しているそうです。
(その場で出来たてと乾燥させたものと食べ比べさせて頂きましたが、私には出来たてが美味しく感じました)

味は最初の数日間の方がより美味しいとのこと。
ただ1カ月は日持ちするので、羊飼いが移牧に出掛ける際に持って行き、ポケットに入れておいて食べたい時に食べる携帯食でもあったとか。

この菓子がGäteau d’Oloron(オロロンのお菓子)として紹介された文献で、私が見つけられた最も古いものは
Grammaire béarnaise suivie d’un vocabulaire béarnais-français (Jean-Désiré Lespy著;1880)」。
Rousquilhe」の名前で出てきます。

また、その10年後に出版された「Bulletin de la Société des Sociétés,lettres et arts de Pau 1889-1890 IIme Série-Tome 19ème」では
Rosquillesは今日でもオロロンの伝統菓子として知られている。ロスキーユ入りの小さなバスケットの発送は1727年に遡り、100年近い歴史を裏付けている。』
とあり、18世紀初めにはおそらくオロロンのスペシャリテとなっていたことが伺えます。

さらに「Collection linguistique No46 ;1938」の中には
『ベアルン語 rousquilhe, オロロンに小さな製造所が1つある』
との記述があり、製造販売する所は1938年の時点で既に1軒だけになっていることが分かります。


ルシヨン地方のルスキーユとは異なり、昔からの姿をそのまま伝えている(と思われる)オロロンのルスキーユ。
本来はドーナッツ形だったであろうその形が、いつ現在の形になったのかは分からないままですが
これからもずっと受け継がれていって欲しいと思います。



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# by Ethno-PATISSERIE | 2014-06-22 22:27 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(2)

Rousquille ;ルスキーユというお菓子 その1

フランスの「Rousquille ;ルスキーユ」というお菓子は、
スペインとの国境となっているピレネー山脈の東(ルシヨン地方)と西(ベアルン地方)の2か所で
作られていますが、現在見られるものは別物と思えるほどの違いがあります。
*いずれもスペインから伝わったもの。彼の地では「Rosquilla ;ロスキーリャ」の名前で現在でも多くの
種類が作られ、またポルトガルでも「Rosquilha」「Rosquinha ;ロスキーニャ」と呼ばれるお菓子がある。


まずはルシヨン地方のルスキーユを…。

小麦粉、砂糖、、蜂蜜、卵、バター等で作られた生地にアニスやレモンの風味を付け、ドーナッツ形に
型抜きしたものをオーブンで焼き、メレンゲに熱したシロップを加えて作るグラサージュをかけて仕上げた
お菓子です。
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↑ Amélie-les BainsにあるPâtisserie Pi Rouéのルスキーユ

 
その柔らかさから「Rousquille fondante ;ルスキーユ・フォンダント」と呼ばれ、
また「Rosquille ;ロスキーユ」というスペルも見られ、丁寧な解説付きで地方菓子が紹介されている
「オーボンヴュータン」河田勝彦のフランス郷土菓子』の中ではこちらの名前で掲載されています。

パティシエによって作られるルスキーユはグラサージュで穴がふさがっていたりと不均一な形ながら
口溶けは良く、穴の無い円形に型抜きしたものもみられます。
工場製のものも広く出回っていますが、こちらは完璧なドーナッツ形でグラサージュもなめらか。
味わいも手作りものとは違います。

このルスキーユ、いつ頃から見られるようになったのかは不明ですが、
19世紀には大変人気があったそうでPyrénées-Orientalesピレネー・オリアンタル県、
特に「Le Valespir ;ヴァレスピール」と呼ばれるスペイン国境に接する地域のパティシエたちによって
作られてきました。
*Pyrénées-Orientalesピレネー・オリアンタル (正しくはピレネー・ゾリアンタル)県は、
北カタルーニャ(Catalogne Nord)或いはフレンチ・カタルーニャ(Catalogne francais)とも称され、
カタルーニャ語も使われる地域。他とは異なる文化圏となっている。


伝統的に作られているのは主にヴァレスピール地方の町であるAmélie-les-Bains ;アメリー・レ・バン
Arles-sur-Tech. ;アルル・スュール・テック、そしてPerpignan ;ペルピニャンの3か所。
かつては行商人たちがマルシェ等で移動販売していたような、ごく素朴な菓子でした。
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↑ 昔のポストカード。「Rosquilles Séguela-Combes」の文字が入っている。
この頃はロスキーユと呼ばれ、ドーナッツ形だったもよう


現在の形(表面を白いグラサージュで覆う)にしたのはアメリー・レ・バンのパティシエ Mr. Séguelaで、
1810年この素朴な菓子の表面をグラサージュで覆い、アニスをレモンに置き換えるアイディアを思いついたのだと言われ、周辺のパティシエたちもこれをまねて作るようになったのだそうな…。
*Maison Séguela-Combesのルセットは現在Maison Perez-Aubertによって引き継がれている。
ルスキーユのかたちはドーナッツ形ではなく丸形。
*「L’inventqire du patrimoine culinaire de la France Languedoc-Rousillon,1998」の中では考案者の名前はRobert Séguelaと記述されている。
しかし、こちらのブログ内でPâtisserie Perez Aubertで撮影された写真の中には「La Véritable rousquille a 200ans. C’est en 1810 que Monsieur Marius Séguela inventa ce biscuit moelleux parfumé au citron. Plusieurs fois médaillée,elle a fait tour du monde.En 2010,nous fêtons le bicentenaire de sa création.(…マリウス・セゲラ氏がこの柔らかいレモン風味のビスキュイを発明したのは1810年である。…)」
と書かれた掲示物がある為、Marius Séguelaという名前の方が正しいのかも?
(Patisserie Pérez Aubertに問い合わせてみたが回答なし)


またアルル・スュール・テックでは1850年以来、曾祖父Guy Touronの代から引き継がれているMaison Touronも知られています。
このようにルスキーユは時代と共に工夫が加えられ、パティシエそれぞれのこだわりと特徴のあるお菓子に
なっていったのです。
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↑ こちらはSaint-Paul de Fenouilletにあった今はなきBiscuiterie Brosseauのルスキーユ。



さて、私がこの地方を訪れたのは2004年6月のこと。

元々ルスキーユが目的の旅ではなく、どこかのお店で買えたらいいな…と思う程度でした。
パリのサロン・デュ・ショコラで知り合ったMaury;モーリーにあるDomaine Mas Amiel ;ドメーヌ・マザミエルのワイナリーを見学に行った帰り道。
タクシーで運転手さんに「どこか美味しいルスキーユを買える所は知りませんか?」と尋ねてみたところ、
わざわざお店まで連れて行って下さった上にプレゼントして頂き、しかもタクシー代までおまけして貰った
という、なんとも思い出深いお菓子となったのでした^^

その2へ続く…


※※※



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# by Ethno-PATISSERIE | 2014-06-17 22:12 | ⑬Languedoc-Roussillo | Trackback | Comments(2)

今更ながら・・・ガレット・デ・ロワ2014 その3

その2 からの続き…>


お菓子工房ドゥルセミーナ(茨城)
スペインで食べられる「ロスコン・デ・レイエス」。
スペイン菓子研究家 藤本恭子さんのものを毎年お取り寄せしています。
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現地で食べられる(レベルの高い)美味しいロスコンを日本に居ながら食べられるのが嬉しい~♪
フェーヴ(スペインから取り寄せた本物)と乾燥空豆入りです。


Les Petites Papillottes レ・プティット・パピヨット(大阪)
フランス人シェフTeddy Clochard(テディー・クロシャール)さんのショコラトリーのもの。
シェフの故郷ポワトー・シャラントの伝統的なブリオッシュタイプのガトー・デ・ロワ。
現地ではプレーンとチョコチップ入りがあるとか。こちらはショコラトリーなのでチョコチップ入りのみ販売されています。
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チョコレートチップ、レーズン、オレンジピール(自家製で限りなく生に近いフレッシュなピール)入り、
モチモチであまりリッチ過ぎないブリオッシュ生地をかっちり焼いてあって、甘すぎず食べやすい感じ。
表面に散らしたアーモンドのカリカリも歯応えが楽しい~♪(1月末まで販売。3日前までに要予約)


Ca marche サ・マーシュ(三宮)
見た目は昨年までと同じフロマージュ・ブラン入り生地を使った平らな王冠形ブリオッシュですが、今回はシロップ煮のサツマイモとボイセンベリー果汁を加えた「サツマイモとボイセンベリーのガトー・デ・ロワ」となっていました。
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サツマイモは苦手なのだけれど、甘酸っぱいボイセンベリーの酸味のおかげで食べやすかったです。
(フェーヴが別添えなのは分かりますが、アーモンドも別添えになっていてビックリ!)


butterflyeffect バタフライエフェクト(垂水)
特別にオーダーを受けてくださるということで、「ピスタチオを使ったもの」というお題で注文♪
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ピスタチオがたっぷり入ったクレーム・ダマンドにグリオット、ガナッシュの味が複雑に絡み合います。
表面も独創的なレイヤーで、丁寧に仕上げられているのが良く分かる素晴らしいガレットでした!
(こちらではフランスからわざわざ取り寄せた専用の紙袋に入れてくれます^^)
せっかくなのでフェーヴはEric&Gillesさんのものを(↓コレ)中に焼き込んで貰えるようお願いしました♪
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※そろそろガレットを販売するお店も減ってきた1月中旬、代官山の老舗フランス菓子店シェ・リュイへ行く機会がありました。通りに面したショーケースには沢山のガレットが並んでいて、まるでフランス!
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ワンダフルハウスさんがビゴ東京へオーダーしたベルナションのチョコを使用したガレット、
同じくパティシエ・シマへオーダーしたボナのカカオ・レアル・デル・ソコヌスコを使用したガレットを
試食させて頂きました。
(それぞれサロン・デュ・ショコラ開催時、ベルナション氏、ボナ氏に献上されました)
特に島シェフの作ったガレットは絶品 !!! チョコなのにちっとも重たくなくて、ソコヌスコの味がしっかり出ている
素晴らしいものでした。


※今年はオリジナルのフェーヴを使われたシェフも増え、益々のその方向へ進むといいなぁと思います。
ジョアンやドンクが出した「プレミアム ガレット・デ・ロワ」(スペシャルBOX入、 王冠・オリジナルフェーブ付)は
通常のアーモンドクリームとは別のガルニに替えたアレンジガレット。
フランスでは形も素材も様々にアレンジされた自由な発想のガレットが出てきていますので
日本もそろそろパイ生地+クレーム・ダマンド以外のアレンジも色々作って頂けると嬉しいなぁと思います^^



                                 ※※※


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# by Ethno-PATISSERIE | 2014-03-22 15:02 | gâteau des rois | Trackback | Comments(2)