今更ながら・・・ガレット・デ・ロワ2014 その2

その1 からの続き…>

Pâtisserie A.K Labo パティスリー・エーケーラボ
いつもと同じ、皮付きアーモンド使用のクレーム・ダマンド入り。パイ生地もしっかり焼けてサクサクで美味♪
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お楽しみは毎年デザインが変わる空豆形のフェーヴ(MOEさん作)。
形は同じでも色違いだったり、模様や数字が1つずつ違っていたりと遊び心があって楽しいのです。
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今年のフェーヴはシンプルだけとお色がとっても素敵!
購入した2台のガレットから出てきたフェーヴは同じように見えて大きさが微妙に違いました^^。
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1つはフランス人のフェーヴ友達のリクエストの元へ旅立ちます。


佐藤洋菓子店(札幌)
今年も冷凍便でのお取り寄せ。
バニラビーンズ入りのクレーム・ダマンドはどっしりしたタイプ。パイもサクサクで美味しいです。
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チュウゲンさん作の王冠付きで、po-to-boさん作のフェーヴはちゃんと中に焼き込んであるのが嬉しい♪
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昵懇jiccon (神奈川)
葉山にある大西麻子さんのお店 昵懇では真ん中がドーム状にこんもりした独特な形のガレット・デ・ロワを販売。
スドウピウさん作のオリジナルフェーブが中に焼き込まれています。
小冊子『ガレット・デ・ロワのおはなし』(ピウさん作)付き。
濃い目の焼き色をしたパイ生地はザクザク、中には皮付きアーモンドを使ったクレーム・ダマンドがたっぷり!
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2014年のフェーブはピウさん作の王さまとマリアさま。どちらかが入っています。
イラストレーターのスドウピウさんはフランス旅行でフェーヴに出会って「作りたい!」と思うようになり
一昨年から制作を始められたそう。
友人から毎年ガレットを制作していた大西さんを紹介され、大西さんが当時経堂で経営していたカフェCura2で
昨年1月ガレット(大西さん作)+フェーブ(ピウさん作)+オリジナル王冠(シマリスさん作)の展示販売をされています。


morico×Naho
morico(大石順子)さん作のガレットに、naho(西本奈穂)さん作の馬形フェーヴを焼き込んであります。
バニラビーンズ入りのクレーム・ダマンドはしっとり、濃い目の焼き色をしたパイ生地はザクザクした感じ。
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馬の模様は3種類あって、ガレット表面の模様がモチーフ^^ よく見ると少しずつ全部違うのがまた素敵!
吹き出しの形をしたフェーヴが別添えされていて、ちょっぴり得した気分になりますね~♪
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Confeitoコンフェイト(埼玉)
雑貨店コンフェイト プロデュースによるガレット・デ・ロワです。su-suさん作の紙の王冠とカード付き。
お菓子屋ハイジさんの作るガレットは今年もクッキー生地を使ったクレーム・ダマンド入りのガレット・ブルトンヌタイプ。
昨年は3個で1組になったものでしたが、今回は大きいサイズ1つ。
しっかり焼きこんだサブレ生地、端っこはカリッと、中央の方はしっとりしていて食感の違いも楽しめます。
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今回はatelier antennaさん作のガレット形ブローチ付きバージョンと
小菅幸子さん作のフェーヴを中に焼き込んだバージョンがあり、
私は(もちろん♪)焼き込んだバージョンを選択しました。とーっても繊細で素敵なフェーヴ♥
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Maison Weniko メゾン・ベニコ
小さいサイズを購入。今年のガレットはショコラのパイ生地にガナッシュ+渋皮栗のガルニでした。小さくても美味~♪
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こちらでは昨年からフェーヴはオリジナルになっていますが、今年は大阪在住の造形作家Ayanoさん作。
テーマカラーの赤を使ったカワイイ家のかたち。1つ1つ全て異なり、「並べると町のようになる」というのが素敵です♥
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その3へ続く>


                                  ※※※


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# by Ethno-PATISSERIE | 2014-03-16 16:39 | gateau des rois | Trackback | Comments(2)

今更ながら・・・ガレット・デ・ロワ2014   その1

昨年、一昨年と27種類のガレットを食べた私roiboit。
今年は欲しいフェーヴの付いたガレット、どうしても食べたいガレット、友人にフェーヴを頼まれたガレットを中心に
あまり無理せずに購入。
欲しいフェーヴの付いたものが少なかったのでかなり少なくなる予定でしたが、最終的に20種類食べていました^^;
1・2・3月と忙しくなかなかup出来ませんでしたが、今年も記録としていくつかご紹介したいと思います。

Dalloyau ダロワイヨ
Yann Brys氏によって考案された2014年バージョン。
フランスで「Galette Dame de pommes(ガレット・ダム・ドゥ・ポム)」という名前の付けられたもの。
ガルニはキャラメル味のクレーム・ダマンドの上にリンゴのコンポート、刻んだノワゼットのカラメリゼ(湿っていた><)。
今年はガルニ入りのドーム部分が大きめになっていましたね^^。
因みにフランスでは6人前の大きいサイズだそうでお値段も42ユーロとお高め。
パリでは従来のガレットとは違うタイプが増えてきましたが、そんなフランスと同じものを(しかも手頃な大きさで)
作ってくれるダロワイヨはとっても嬉しい存在です♪
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La Pâtisserie des Rêves ラ・パティスリー・デ・レーヴ
Philippe Conticini氏のデザイン性高く、イマドキなお菓子たちとはまた違う素朴な外観、ガルニも王道のクレーム・
フランジパーヌでした。
フェーヴはフランスと同じで昨年と変わらないお店のロゴをモチーフにしたものが付いてきましたが、
王冠はフランスのお店とは違って普通のが付いていました(う~ん、ちょっと残念)。
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Ladurée ラデュレ
ガレット・デ・ロワ ショコラ・パッション・ココ」を食べてみたくて購入(フェーヴ目的ではなく…)。
パッションフルーツとココナッツ味のクレーム・ダマンドにガナッシュが所々に入ったガルニ。
ガナッシュの量が適度で重たくなく、ココナッツの歯応えも楽しい感じ。ガナッシュ無しでも十分な美味しさでした。
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Sébastien Bouillet セバスチャン・ブイエ
ガレット・デ・ロワ ポム・ユズ
ガルニはクレーム・ダマンドにリンゴのコンポート。コンポートは柚子の風味が強めな感じ。
伝統的なフランジパーヌやクレーム・ダマンド入りのガレットが多い中、このようなアレンジガレットがあるのは
本当に嬉しい~!(しかもフェーヴはフランスのお店と同じもの♪)
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その2へ続く>



                                 ※※※


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# by Ethno-PATISSERIE | 2014-03-15 22:22 | gateau des rois | Trackback | Comments(2)

GATEAU LABULLY ;ガトー・ラビュリー

Gâteau Labully ;ガトー・ラビュリー」という呼び名は知らなくても
Brioche de St Genix ;ブリオッシュ・ドゥ・サン・ジュニ」と言えば分かる方もいらっしゃるのでは
ないでしょうか。

この菓子はRhône-Alpes(ローヌ・アルプ地方圏)、Savoie(サヴォア県)にある小さな村St Genix sur Guiers ;サン・ジュニ・シュル・ギエのスペシャリテ。
オレンジフラワーウオーターで香り付けした天然酵母の丸いブリオッシュで、生地の中と外にある真っ赤な
プラリヌが特徴的です。
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↑赤と白の硫酸紙で丁寧に包まれた、とってもカワイイ「ガトー・ラビュリー」♪

伝説」では、3世紀シシリアの殉教者、聖アガタに結びつくと言います。
キリスト教徒の若く美しいアガタはローマ地方総督に言い寄られるも拒絶。
拷問によって改宗させようとするも失敗に終わり、両方の胸を切り落とされるも翌日奇跡的に元に戻りに。
彼女が火刑の薪山に登ると、地震が起きて死刑執行人たちは死んでしまいました。

サヴォアが1713年シシリア公国に合併されると、この伝説はこの地に伝わり聖アガタの誕生日である2月5日に胸形の菓子を作るようになったということで、このブリオッシュもそれにゆかりがあるというのです。


実際のお話は1848年、ここから10km程離れたIsère ;イゼール県les Abrets ;レ・ザブレ出身の
Françoise Guillaud ;フランソワーズ・ギヨーPierre Labully ;ピエール・ラビュリーと結婚したことから始まります。
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↑ ホテルだった頃の画像

ピエールは、1630年開業で部屋が36室もある大きなホテルを経営していました。
結婚後、フランソワーズは実家に伝わるルセットで上に赤いプラリーヌを飾ったブリオッシュを作り、
お客たちにおやつとして勧めました。

それが評判となり1855年に出版された「Guide de l’étranger en Savoie」Gabriel de Mortillet著には
「Hôtel Labully sur la place de l’Eglise(cuisine excellente)」
プラス・ド・レグリーズに面したホテル・ラビュリー(料理は素晴らしい)
そして
「La cuisine de MM.Labully est renommée ;ils font surtout une espèce de gâteau qui s’expédie au loin, sous le nom de Gâteau de St-Genix.」
ラビュリーの料理は有名で、なによりも彼らは遠くまで配送されているガトー・ドゥ・サン・ジュニと言う名前のお菓子を作っている
と書かれており、この段階で既にその名声が広く知られていたことが分かります。

1880年、彼らの息子François Labully;フランソワ・ラビュリーは上に飾っていただけの赤いプラリヌを
中にも詰めることを思いつきました。
すると更に人気が出て他の店でもまねをするようになった為、他の「ガトー・ドゥ・サン・ジュニ」との違いをはっきりとさせるために「Gâteau Labully ;ガトー・ラビュリー」の名前で商標登録をしています。
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↑これは店内に飾ってある油絵。上だけにプラリネをのせた初期のもの(左)と現在と同じもの(右)の2種類。



さて、この町を訪れたのは2005年10月のこと。
Biscuit de Savoie ;ビスキュイ・ドゥ・サヴォア」で有名なYenne ;イエンヌ
行った翌日、タクシーで向かいました。
* 「ビスキュイ・ドゥ・サヴォア」についてはコチラでご紹介しています。

予めアポイントを取っていたおかげで、ラボの見学や試食のほか、お話もお聞きすることが出来ました。
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↑ かつてホテルだった建物の左側1階部分がお店になっている。

パティスリーの開店はそれほど古くなく1949年とのこと(それ以前はホテルでの販売で、パティスリーでは
無かった)。
現在の所有者Alain Bavuz ;アラン・バヴュ氏は1964年、14歳の時にこのお店でアプランティッサージュ(見習い)を始めます。
当時のパトロンPaul Labully ;ポール・ラヴュリー氏の子供は娘2人で後を継ぐものが居なかった為
彼の退職する1979年に店を引き継いだそうです。
* ポール・ラヴュリー氏は2000年に亡くなったが彼の妻はまだこの町に住んでいるとの話でした。
* 生地の中にプラリヌを入れるようになった時期についてですが、アラン・バヴュ氏のお話では「生地の中にプラリヌを入れるようになったのは1937年のこと。中にも入れて欲しいとお客に頼まれて作って以降、中にも入れたバージョンへの注文が増えて行った」とのことでした。どちらが正しいのかは分かりません。


バヴュ氏の仕事は早朝3時に始まり、昼に終了。
ガトー・ラビュリーに使われるPralines rouges(赤いプラリーヌ)はすべて自家製で、週に2回製造されるそうです。
取材当日は一人息子のJean-Philippe ;ジャン・フィリップがちょうどプラリヌを作っている最中でした。
* 赤いプラリーヌは1回にワインの木箱で12箱分製造。
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↑ 赤く色を付けたシロップを煮詰め(写真左)、アーモンドをタービンにかけながらシロップを何度もかける(写真右)。

前日にルヴァン(パン酵母)を作り、翌日ブリオッシュに仕上げられます。
バターを除いた材料(小麦粉、ルヴァン、卵、砂糖、塩、オレンジ花水)を全てこねてから、澄ましバターを
何回かに分けて加えて混ぜ込みます。これを一晩寝かせ、翌朝4時に再び10分程こね、プラリヌ3/4量を
加えます。
これを分割して丸め、菩提樹製のcopets ;コペと言われる丸い木型に入れて1-1h30発酵。
紙の上に生地をひっくり返して、残りのプラリヌを上に差し込んでドレし、砂糖を振って
オーブンで焼成します。
焼き上がって冷ましてから、赤と白の硫酸紙で包んで完成です。

ラボにはビックリするほど大量のガトー・ラビュリー!

試食させていただくと、甘い中にも癖になる味でとっても美味しい。
丸ごとゴロッと入ったプラリヌが窯の熱と生地の水分で、その表面が溶けたところがなんとも言えません。
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↑ ガトー・ラビュリー。ホールのプラリヌを使うのが特徴。

店を見学させていただくと焼き菓子のみで生菓子はありませんでした。
以前職人4人だった時には製造していたそうですが、現在は2人だけなので作る時間がないそう。
たまたま訪れたお客さんも「無いのね。生菓子も美味しかったのに」と残念がっていました。

その後2007年にはConfrérie du Saint Genix ;コンフレリー・デュ・サン・ジュニが作られ、
スペシャリテである「Brioche de St Genix ;ブリオッシュ・ドゥ・サン・ジュニ」の保護と宣伝に
一躍買っています。


◎ブリオッシュ・ドゥ・サン・ジュニ(ガトー・ドゥ・サン・ジュニ)を紹介するニュース番組のビデオは
コチラから。
木製型コペやコンフレリーのコスチュームも見られます。



※※※



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◎おまけ… 
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# by Ethno-PATISSERIE | 2013-10-10 20:37 | 22Rhone-Alpes | Trackback | Comments(3)

Gâteau du Président de chez Bernachon ; ベルナションの「ガトー・デュ・プレジダン」

Gâteau du Président ;ガトー・デュ・プレジダン」はLyon ;リヨンにある有名なショコラトリー、
Bernachon ;ベルナションのスペシャリテ。

メゾン・ベルナションでは、初代Maurice;モーリスが1953年に開業して以来、
モーリスの息子Jean-Jacques ;ジャン・ジャック、そして2010年からは3代目Philippe ;フィリップにより
家族やスタッフと共に、職人の技によって作られるショコラやお菓子の数々が受け継がれています。

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                    ↑ Gâteau du Président ;ガトー・デュ・プレジダン


このお菓子はPaul Bocuse;ポール・ボキューズ氏が当時の大統領Valérie Giscard d’Estang ;ヴァレリー・ジスカール・デスタンより、レジオン・ドヌール勲章(*)を授与されたことを記念し、1975年2月25日、パリのエリゼ宮で開かれた午餐会(=déjeuner ・昼食会)のデザートとして出されたことで有名になりました。
(*)Chevalier de la Légion d’honneur ;シュヴァリエ・ドゥ・ラ・レジオン・ドヌール(ナポレオン1世により創設された国家功労者へ送られる勲章。1から5等まであり、シュヴァリエは5等)。料理人としてはこの時が初めての受賞。
1987年、ボキューズ氏はOfficier(4等のオフィシエ)を受賞している。
* この午餐会には大統領夫妻の他、フランス一流の料理人たちが出席。
ボキューズ氏は記念としてSoupe aux truffes V.G.E ; スープ・オ・トリュフ・V.G.E.(ヴェー・ジェー・ウー)
(パイを被せたトリュフスープ)を考案。


ボキューズ氏の娘Françoise ;フランソワーズとベルナション氏の息子ジャン・ジャックが1969年に結婚したことで両家は姻戚関係となっており、ベルナションはデザートとプティ・フールの担当を任されました。
当時ベルナションで研修をしていた川北先生の話によると、店で仕上げられたお菓子類はジャン・ジャックとスタッフが車でパリまで運んだのだとか。

このお菓子はこの時、大統領の為に考案されたと思われているかもしれませんが、
実はそれ以前から Montmorency ;モンモランシーの名前で既に作られていました。勿論デコレーションも同じ。

モンモランシー」というのはパリ近郊、北部にあるサクランボの産地のことで、
同時にサワーチェリーの品種名でもあります。
その為、料理やお菓子に「モンモランシー」と付けばサクランボが使われていることが分かります。
この名前がつけられたお菓子は様々ありますが、ラルース・ガストロノミックによると最もクラシックなものは
シロップ煮のサクランボをはさんだジェノワーズの表面をメレンゲで覆い、サクランボのコンフィで飾り付けたものだとか。

ベルナションの「モンモランシー」はおそらくモーリス・ベルナション氏がショコラトリーを始めて以降、
それまであった「モンモランシー」というお菓子のチョコレートバージョンとして考案されたものでしょう。
とはいえ、いつから作られるようになり、最初からこのスタイルだったのかは不明。


◎プレジダンの作り方はこんな感じ
ジェノワーズを横3枚に切って、チェリーマルニエ風味のシロップを染み込ませ、
ガナッシュ・プレジダン(生クリーム、ジャンドゥーヤ、クーヴェルチュール)とチェリー・マルニエに漬けこんだ
粗刻みのグリオット・コンフィを2段はさみ、全体をガナッシュで覆ってから、
金属製のローラーにかけたチョコレートの薄いヒラヒラを張り付け、上部には花びら状にした薄いチョコレートを
ドーム状に飾り付ける。

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↑ ローラーでチョコレートのヒラヒラをとって仕上げている様子。この機械で作るヒラヒラはとっても繊細。これ無しで全く同じものを再現しようとしても絶対に不可能!

川北先生がベルナションで研修していた1974年時点ではクーベルチュールはまだカカオ豆からの製造ではなく、
スイスからマスを仕入れて加工していたと言います。
当時プレジダン(モンモランシー)には専用のチョコがあって、ローラーを使ったチョコレートの仕上げを出来る職人は
1人だけしか居なかったのだとか。
と言うことは、エリゼ宮で出されたものは現在のものとはチョコ部分の味が違うのですね^^

ベルナションがカカオ豆から独自のクーベルチュールを製造するようになったのは1977年からです。
クーベルチュール製造開始前、その開発期間として1年以上の歳月をかけられました。
それまでにも1966年から3年間、ジャン・ジャックがアムステルダムのチョコレートメーカーBensdorpやBlooker等々
外での研修を重ね、チョコレート製造のノウハウや必要な機械を手に入れたり、着々と準備を進めていたと思われます。

ひょっとしたらプレジダンのチョコ飾りを作る機械はチョコレート製造に使う道具を集めている時に
手に入れたものなのかも?
そう考えれば1966年~1974年までの間にプレジダンの前身、モンモランシーが考案されたと想像でるのですが。
* ジャン・ジャックさんの存命中、何度もお会いする機会があったのに、お聞きしなかったことが悔やまれます。
フランソワーズさんにお聞きしたら分かるでしょうか。


さて、「ガトー・デュ・プレジダン」と言う名前についてですが、フィリップに尋ねると
パリのエリゼ宮で開かれた午餐会でサーヴィスする際、ボキューズ氏がこのお菓子を「プレジダン」と
いう名前で紹介した
」と教えてくれました。

それまでお店で「モンモランシー」の名前で販売していたものが、その翌日からすぐに「プレジダン」の名前に変えて
販売されるようになったのかどうかは疑問が残るところ。

L’Hôtellerie Restaurationのココの記事では
エリゼ宮での午餐会の後、この菓子を『モンモランシー』ではなく、『エリゼ』、『ヴァレリー』、『アネモネ』
『プレジダン』などと別の名前で呼ばれるようになり、その中から「プレジダン」と言う名前を選んだ
」と
書かれていました。

どちらが本当なのか、それとも両方本当なのかは確認してみなくては分かりませんが…。



                                ※※※



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# by Ethno-PATISSERIE | 2013-08-17 20:40 | 22Rhone-Alpes | Trackback | Comments(8)

Gâteau Marjolaine ;ガトー・マルジョレーヌ

Gâteau Marjolaine ;ガトー・マルジョレーヌ」は、フランスのIsère県(Rhône-Alpes地方圏)Vienne ;
ヴィエンヌの町にある「Restaurant de la Pyamide ;レストラン・ドゥ・ラ・ピラミッド」で
作られていたデザート菓子です。

* このレストランのオーナー・シェフであったFernand Point ;フェルナン・ポワン(1897-1955)は、
父の店を継いだ3年後の1928年にはミシュランガイドで2つ星獲得。
1933年には3つ星を獲得。第二次大戦中に閉店していた時期を除き、亡くなる1955年まで、
更には、その後を引き継いだマダム・ポワンが亡くなるまで3つ星を保ち続けました。
フェルナン・ポワンは厨房の機能性にこだわり、なによりも素材の新鮮さと風味を尊重する現代フランス料理の基を確立。後に活躍するポール・ボキューズ、トロワグロ兄弟、アラン・シャペル、ルイ・ウーティエ等々才能ある多くの料理人を育ててました。
*1986年マダム・ポワンの死後、店は売却されて所有者が代わりマルジョレーヌも作られなくなり、
幻のデザートに…。
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↑ ピラミッドのメニュー。写真右はマダム・ポワン直筆。下方には「marjolaine」の別名「gâteau succès」の文字が見えます。

現在日本でも幾つかのお菓子屋さんでマルジョレーヌが販売されています。
勿論本物に近いものもあるとは思いますが、デセールとして作られたものをパティスリー用でお持ち帰り
できるようアレンジされているでしょうし、(作り手の個性やそれぞれの事情から)
ピラミッドのマルジョレーヌと同じと言えるようなものにはなかなか巡り合えないというのが
実情ではないでしょうか。
それは自然なこととは思いますが、多くの場合それがピラミッドのマルジョレーヌと結びつけて紹介されるので、本物を食べたことが無い人は同じものだと感じるのでは?と、本物をリスペクトする身としては
多少の疑問を感じていました。

幸い1970年代、辻調理の先生方がピラミッドで研修してマルジョレーヌの作り方も学んで来られたおかげで、今でも本物を再現することが可能です^^
その中でも、やはり川北先生のマルジョレーヌは限りなく本物に近くて美味しいと誰もが納得のお味!
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↑ 完成品の写真が無いのは残念すぎるのでココから拝借しました

嬉しいことに先日、その川北先生が行うデモがありました。
今回再現するにあたり現在手に入る最高の材料を使って試作してみたそうですが、当時の味を再現することは
出来なかったと言います。
ナッツはコクに欠け、生クリームも薄い。
契約農家が直接納入されていた当時のクリームとは美味しさが違うのも仕方がないのかもしれません。
それだけ素材の味が出来上がりに大きく影響する繊細なデセールだったのですね。


一番の特徴はfond(生地)と2種類のcrème(クリーム)。
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↑とっても薄い「fond de Marjolaine」焼成後すぐにパリパリになる。これを柔らかく戻して使用。

生地はメレンゲを十二分に泡立て過ぎと思う位まで泡立て、油が出ないよう注意深く
ブロワイユーズにかけられたナッツを加えて泡がつぶれてトロリとするまで混ぜた生地を、出来る限り薄く
伸ばしてしっかりと焼き色が付くまで焼成。
店ではそれをワインカーヴに3日間保存して柔らかく戻していたそうです(日本ではどうしても戻らない為、
止むを得ず霧吹きで湿らせていましたが、当然ながら自然に戻ったものと同じにはなりません)。

一般的なシュクセと異なり、挟むクリームはバタークリームではなく、クレーム・シャンティ。
泡立てたシャンティーに溶かした熱いバターを混ぜ込むことで保形性を持たせると同時に香りとコクをプラスしています。
保形性と言う点でもゼラチン等ではなく、口に入れた瞬間に溶けるバターを使っている所がポイント。
もう1層のシャンティ・オ・プラリネも、ただシャンティに混ぜればよいわけではなく、泡をつぶさないよう、分離させないように合わせないと出来上がりのクリームは重く、厚みの無いものになってしまいます。

上下のフォンにはさんだガナッシュも硬すぎず厚すぎず、口の中で全部が一緒に溶けていくような食べ心地♪
フォンが薄く柔らかいので、よくあるビスキュイのように口から水分を奪うようなこともありません。

この時は運よくセミナー後に川北先生からさらに貴重なお話をたっぷりお聞きすることが出来ました♪
(あまりおしゃべりが過ぎて、なんと完成品の写真が撮れず・・・ガックリ)
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残念ながらいつ考案されたのかは不明です。
(古くから働いていた現在のグラン・シェフの方々にお聞きすれば分かるかもしれません)
ポワン氏自身が考案したとのことですから、20世紀初めであることは間違いありません。

1970年代のフランスでもシャンティーを使ったお菓子はシュー・シャンティイ位しか見つからなかったそうですが、それよりもっと以前に、しかもそれまでにない作り方でこれほど繊細なものを作りだすとは驚き!

マルジョレーヌという名前のお菓子はピラミッド以外でも作られてはいましたが、全く別物だったそう。
自分の持っている本で調べてみると、確かに「La Pâtisserie d’Aujourd’hui」(Urbain Dubois著1894年)に「Gâteau Marjolaine」が、「Traité de Pâtisserie Moderne」(Darenne et Duval共著 )には「Marjolaine」という名前のお菓子が掲載されていました。
いずれも薄く焼いたアーモンド入りのメレンゲ生地(シュクセ生地)に、クレーム・フエッテ或いは
クレーム・オ・ブールを挟んで層にし表面にグラサージュをかけて飾り付けしたもので、ポワンさんのはこれらの進化系とも言える感じ。

また、上の写真のようにマルジョレーヌには「Gâteau succès ;ガトー・シュクセ」と言う別名がありましたが、これらのマルジョレーヌは「19世紀末から20世紀前半にかけてフランス各地で見られ、
現在でも多くの地域でスペシャリテとして残っている、メレンゲにナッツを細かく引いた粉を混ぜて焼いた生地にバタークリームを挟んだお菓子」の1種(*)だと言ってもよいのではないでしょうか。
ただしパティスリーで販売されるこれらの菓子とは違い、一流レストランのデセールとして作られている為、
見た目も食べた感じもかなり異なりますが…。
* 個人的にこれらの菓子を「Dacquoise系菓子」と分類しています。
Saint-Epvre,Russe,St-Antheme,Ideal Chaumontais等々各地にスペシャリテとして残っています。
一部ですが、ココと、写真のみですがココでも紹介しています。



折を見てはダコワーズ系菓子を取材していましたが、今頃マルジョレーヌもその1つだったことに
気付いたのでした^^;
本物の「レストラン・ピラミッドのマルジョレーヌ」がいつまでも食べることが出来ますように。



※※※




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マルジョレーヌの写真や作り方・・・
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# by Ethno-PATISSERIE | 2013-07-31 20:24 | 22Rhone-Alpes | Trackback | Comments(7)