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Gâteau Basque; ガトー バスク 博物館とその歴史

b0189215_22155189.jpg初めてバスクの地を訪れ、この菓子に出会ったのは
1991年、ボルドー第3大学でフランス語の夏期講習を受けていた頃、週末を利用してバイヨンヌとビアリッツへ行った時のことでした。
クレーム・パティシエール入りとサクランボ入りの小さいサイズ、そしてお土産用に両方が入った大きいサイズ購入。
生地がホロホロと柔らかくて口溶けが良く、素朴な味でとても美味しいものでした。

← 初めて買った記念すべき(?)ガトー バスク

それ以来、バスクはお気に入りの地となり何度となく訪れています。
バスク地方独自の文化はとても興味深く、チョコレートやトウモロコシ、トウガラシ、シードル等、スペイン経由でフランスへ最初に導入された地でもあります。

「ガトー バスク博物館」へ行く

b0189215_221932100.jpgガトーバスクのことを調べている時に行きたかった所、
それは多くの人にこの菓子を広めたいとBixente Marichular 氏が1998年に始めたMusée du Gâteau Basqueでした。
マリシュラー氏は地元で菓子作りを始めた後、パティシエとしてニューヨーク等世界を回ったという経歴の持ち主で、1992年にカリフォルニアから帰国したのだそう。

バスクを訪れる度に何度もトライしたのですが、
団体客の予約が入っていないと見学は出来ないとのことで、なかなか訪問まで至らず…。

やっと行けたのは2000年6月のこと。
伝統的なガトーバスクにはItxassouで収穫されるCerises noiresが使われることから、サクランボの栽培農家を訪ねた際、親切にもわざわざ車で連れて行ってくださったのでした。
(Cerises noires d'Itxassouについて知りたい方はこちらへ)

博物館があるのはSareという町。
St Jean de Luzからバスが出ていますが、Sareの町中から遠いので歩いて行くのは無理。
(Itxassouからは22km離れています)

博物館は昔の建物の使える部分を集めて、バスク調に再構築した建物。
デモスペースの横には売店と昔の農作業に使われた道具等が展示されています。

ここではgâteau basque aux cerises noiresとà la crème pâtissière2種類の作り方を
ざっとデモンストレーションしながら、歴史などについて話をしてくださいます。
b0189215_2231785.jpgb0189215_2232959.jpgb0189215_2232526.jpg
↑ 生地をうすくのばし型に合わせて丸く抜く。生地を型に一枚入れ、中身を入れて生地を重ね、周りを押さえる。

b0189215_22361523.jpgb0189215_22371299.jpgb0189215_22424946.jpg
↑ 表面を溶き卵でドレする。サクランボのコンフィチュールを入れた方には生地を棒状に伸ばしてたものでローブリューを象り、ドレする。クリームの方はフォークで格子状の筋を入れる。180度のオーブンで焼く。

デモの途中には焼いていない生地の試食も回ってきます。(粒の大きめな砂糖;sucre cristaliséを使っていますが、その歯ごたえを感じます。そして意外にも生の生地は美味しい♪)
もちろん最後には焼きあがった2種類のガトーバスクも試食しますよ~。


「ガトー バスク」の歴史

b0189215_22523944.jpgこの時は時間がなくてデモを見ただけでしたが、2度目にここを訪れた2005年にはようやくじっくり話をお聞きすることが出来ました。

マリシュラール氏によれと、後にガトーバスクと呼ばれるようになるこの菓子の起源は17世紀に遡るのだそう。
元々はサクランボ等のガルニチュールは入っておらず、生地はトウモロコシ粉とラードが使われ、しばしば小さな豚の形に成形されていました(残念ながらこの当時のルセットは残っていません)。

17世紀中頃には中にコンフィチュールなどに加工していないその季節に採れる生のフルーツを入れるようになり、17世紀末になると蜂蜜でコンフィしたものも使われるようになりました。
このお菓子はバスク語で“Biskotxak”と呼ばれ、バスク地方を訪れる旅行者に知られるようになります。


さて、現在みられるようなGâteau Basqueの起源は、
湯治場として知られ、多くの湯治客が訪れる町Cambo-les-Bains; カンボ レ バンにあります。

Marianne HirigoyenがBernard Dassanceと結婚した1832年、彼女はカンボに小さな菓子店を出します。
それまでそれぞれの家庭で代々伝えられていたお菓子を(おそらく旅行者向けに)売りだしたのです。
働き者のMarianneは毎週木曜日、自ら作った菓子の大きなかごをバイヨンヌへ売りに行っていました。
この当時「Gâteau de Cambo; ガトー ドゥ カンボ」と呼ばれていたものが、後に「Gâteau basque;ガトー バスク」へと変わっていったのです。

彼女は晩年(1871年にPierre Dibarと結婚した) 娘のMarieに助けられながら半世紀にわたって店を続けました。

b0189215_2314514.jpg20世紀初頭にはMarie Dibarの娘(つまりMarianneの孫)
AnneとElisabeth、二人の姉妹がルセットを受け継ぎます。
彼女たちは 住人たちから“Soeurs Biskotx”と呼ばれていました。

彼女たちには後継者がいなかった為Albert Ingresというパティシエにルセットを譲り、その後はこの店で働いていたEcheverriaが1950年、店とルセットを買い取り、Ingres-Echeverriaという店名でMarianneのガトーバスクが作り続けられています。

↑ Pâtisserie Ingres-Echeverria


Le Musée du Gâteau Basque
Maison Haranea  Quartier Lehenbiscay  64310 SARE




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by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-12 23:29 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(4)

le Cacou; ル・カクー

サクランボは果物の中でも特に好きなものの1つ。
フランスへ行くのはこの季節ばかり選んでいた時期もあったほどです。

今では流通に適した、限られた品種が多く販売されていますが、各産地へ行けば地元だけで消費されている品種にも出会うことができます。
サクランボに限らず、お菓子に使われる果物はそのような地元で栽培される品種が使われていました。
ですから、お菓子の故郷を訪ねて地元でしか出会えない品種を探して食べることも私にはとても大切なことで楽しみの1つでもあります。

さてこのCacou、見た目はリムーザン地方のスペシャリテであるクラフティとあまり変わりませんが、
ブルゴーニュ地方Paray le Monial; パレ・ル・モニアルという町のお菓子です。
クラフティ同様 種付きのブラックチェリー入り。

b0189215_15243651.jpgParay le Monialには立派なbasilique du Sacré-Cœur; サクレクール大聖堂がある他、17世紀にmonastère de la Visitationの修道女Marguerite-Marie Alacoque (1647-1690;で後に聖列に加えられ、sainte Marguerite-Marie;聖マルグリット・マリーとなる)のもとにキリストが現れたこともあり、先のローマ法王ヨハネ・パウロ2世も訪れたという巡礼の地でもあります。


Cacouにはguigne*と呼ばれる系統の地元の品種が使われていたそうで、今ではもうほとんど見られなくなったと言います。

b0189215_15305911.jpg*フランスでは
cerises douces(Prunus avium) ;甘果桜桃と
cerises acides (Prunus cerasus) ;酸果桜桃の
2つに分けられ、
前者は主にmerise,guigne,bigarreauの3つに分けられます。
 


1972年、この菓子を守り受け継ぐという目的でConfrérie des Francs-Cacous;コンフレリー・デ・フランカクーが作られ、年に1度、Pentecôte ;聖霊降臨の主日(復活祭後7度目の日曜日)から2週間後の土曜日にchapitre publique (お祭りのようなもの)が行われています。


b0189215_15341623.jpg私がこのお菓子を求めてこの町を訪ねたのは2003年。
このchapitreが行われる1週間ほど前の
ことでしたが、ここの会員となっているCharles Pubill氏の店に、会長さんはじめコンフレリーの方々が集まって、
Cacouを食べながらお話をお聞きする集まりを開いてくださいました。
合わせるのは白ワインのMâcon Viré。

「その昔Jean-MarieCACOUが考案した…」という伝説も残っていますが、本当の起源は残念ながらよく分からないようです。



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by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-05 15:59 | ⑤Bourgogne | Trackback | Comments(7)

La Cerise d’Itxassou

初めてバスク地方を訪れたのは1991年、Itxassou村へ行ったのはそれから8年後のことでした。

b0189215_17412958.jpg訪問したのは10月で残念ながらサクランボの季節ではありませんでしたが、廃れかけていた地元品種の復興を目指して1986年頃から毎年少しずつ苗を植え続けているというMirentxu Elissaldeさんのことを知り、ぜひお話を聞きたいと思ったのです。
でも、ちょうど彼女が結婚したばかりでアフリカにハネムーンへ行ってしまった為、この時は本人にお目にかかることは出来ず…。
でもお母さんと彼女の同僚の方がサクランボの種類や果樹園の見学をさせてくださいました。
そして翌年の6月ちょうどサクランボ祭りの後に再び訪問、ようやくMirentxuさんとお会いすることが出来たのです。 

b0189215_1571715.jpg家へと続く小道の両脇にはMirentxuさんのおじいさんが植えたという大きなサクランボの木があります。果樹園には収穫がしやすいようにと小さい木(3~4m)が植えられていました。

→ 10月の訪問時に写したサクランボの木

本来バスク地方は雨が多くサクランボの栽培には適しておらず、ここ以外では育たないそう。この村だけは土壌があっていて上手く育つのだとか。 雨が多い中、花の咲く時期と実の熟す時にあまり雨が降らないそうで、不思議な偶然から栽培に適した土地だったのです。

さっそくサクランボの試食。
早生品種のPeloaはもう終わっていたのでありませんでしたが、まずは家の前に植わっている赤くて実の小さいXapataを。次は車で移動し、BeltxaとBeltxa系のもう1つの品種のサクランボを摘んで試食させてくれました。
b0189215_15222382.jpg← Xapata
b0189215_1539570.jpg← Beltxa

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おじいさんの時代(1930-50年代)が最盛期で、300トンが村のマルシェで売買されていたそうです。
しかしそれ以降は味よりも見た目を重視の、大きくて美しい日持ちする品種が好まれるようになり、それまで育てられていた昔ながらの小さくて痛みやすい品種は次第に廃れていき、80年代前半には15トンまで減少してしまいました。

世の中が見た目重視から本物の味のあるものへと戻り始めると、Itxassouのサクランボの需要が増加。
それまでの生産量では足りなくなり、偽のItxassou産コンフィチュールまで出回るようになりました。
それを憂いた彼女は同僚らと共に1994年、association XapataとGIE Cerises d’Itxassou/Itsasuをつくり、3品種の本格的な再導入を始めます。
* association XapataはItxassouの品種を保存、供給する協会。
* GIE Cerises d’Itxassou/Itsasuは伝統的な品種を再び植え、栽培法の研究や加工に必要な道具などの共同購入、ロゴ製作、商標登録するなどして生産品を消費者に分かりやすくアピールする為の生産者の集まり。


さて、Itxassouの昔からの古い品種はXapata, Peloa, Beltxa, Garroa, la Bilarroa, Markixta ...と色々あるようですが、中でも代表的なのは次の3種類。
* La Peloa
5月末に熟す、早生品種の黒サクランボ。肉厚で果汁に富み、実が崩れやすい品種でコンフィチュールに適している。
* La Xapata
6月上旬-中旬に熟す赤実サクランボ。実は小粒で甘く、酸味もある。生食に適していて美味しい。これで作ったコンフィチュールはフォアグラに合う。
* La Gerezi Beltxa
6月下旬に熟す、黒サクランボ。小粒で少し苦味があり、コンフィチュールにすると美味しい。Gâteau Basqueはこれで作ると最高。地元の羊乳チーズにもぴったり。十数年前は村に15本しかなかった。


b0189215_16551650.jpg→ Fromage de Brebisと彼女のサクランボのコンフィチュール。
羊のチーズは日本で食べられるものよりも更に熟成して旨味が凝縮している感じで相性はピッタリ!
 

b0189215_15484026.jpg毎年6月第1日曜日にla Fête de la ceriseが行われています。
今年は6月7日でした。
1949年「Fête de la Terre」という名前で始まり、数年後「Fête de la cerise」に変っています。
このお祭りはL’association Itsasuarrakによって開催されており、その収益は会の施設維持や様々なセクション(pelote、danse等)の活動にも使われるそうです。
この日はサクランボの販売だけではなく、ダンス等バスク色あふれた催しが行われるお祭りなのです。

← 祭の時に使われたサクランボのスタンド

2007年5月にはConfrerie de la Cerise d'Itxassou(☆)が発足。
毎年5月の最終土曜日にchapitreと呼ばれる会合(他のConfreriesも集まり、入会式も行われる)が開かれ、同時に土日を通してItxassouのサクランボや地元の産物を販売するマルシェが開かれます。

その為、ほぼ同時期に2つのサクランボ祭りが開催されるようになり、村で一番活気あふれる時といえるでしょう。

Mirentxuさんは目標をはっきりと持ち、どのようにしたら達成できるか考え、計画的に、積極的に進めて実現出来る人で、自ら園芸学校でサクランボ栽培を学んだりと、するべきことを淡々とこなすタイプ。
↓ Mirentxuさんと愛犬
b0189215_16162078.jpg
自分だけよければいいということではなく、村のためにどうしたらいいのかを冷静に判断し、実行していく姿はとても素敵だと感じました。
訪問して初めてお会いした時、最初に「何をしたいのか?」を聞かれ、あちこち電話してテキパキと手配してくれたことにもその人柄がよく表れています。

また数年前、彼女の村やこの地域を紹介する施設を作りたいという希望が叶い、
* ATEKA – Mémoires Vivantes du Village d'Itxassou
Place du Fronton – 64250 ITXASSOU  Tel : 05.59.29.32.74     
が作られました。
ここにはKrakadaというPâtisserie-Salon de Théが併設されていて、サクランボ製品や地元特産品が色々あると聞きます。
また是非サクランボの季節に行ってみたいものです。




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by Ethno-PATISSERIE | 2009-07-03 17:49 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(8)

le temps des cerises - Le Clafoutis limousin

マドレーヌについてはもう少し書きたいこともあるのですが、
ちょっとひと休みして6月が旬のサクランボについて取り上げたいと思います(もう6月も終りではありますが…)。

b0189215_2372297.jpgサクランボの品種は全世界に1350種以上。
フランスには200種程あるそうですが、実際に流通しているのはその中のごく一部に過ぎません。
生産国第一位は意外(?)にもアメリカを押さえてトルコ!

野生種は紀元前から既に食べられており、
シャルルマーニュ(カール大帝)は国内に野生種ではない改良選抜品種を植えるように命じたといい、中世にはフランスで本格的な流通の為に改良品種の栽培が広まり、更に18世紀にはサクランボ好きだったルイ15世が栽培と品種改良を推奨したといいます。

フランスで栽培されているものは大きく2つ、
cerises douces(Prunus avium);スイートチェリー、
cerises acides (Prunus cerasus);サワーチェリー に分けられます。

更に前者は野生種であるmeriseの他、guigne(甘みと香りが強い。Fougerollesではこれをキルシュに加工)とbigarreau(生食用)タイプに分けられ、後者にはamarellegriottesがあり、これらは甘みが少なく主としてコンフィやコンフィチュール等の加工用にされます(cerise de Montmorencyはここに含まれる)。


b0189215_2314270.jpgこのサクランボを使ったお菓子で最も簡単でポピュラーなのは何といってもClafoutis;クラフティでしょう。
季節のフルーツを使って家庭でも気軽に作られる
デザートですが元々は地元で採れるcerises noires;黒サクランボを使ったリムーザン地方のお菓子。
この辺りでは今でもクラフティと言えばサクランボが入ったものを指し、他の果物を入れたものはflognardeと呼んで区別されます。

→Limogesのパン屋さんで買ったクラフティ

b0189215_23224257.jpgClafoutisの語源は、この地方で話されていたoccitan;オック語のpatois;俚言(方言)の「Clafir或いはClaufir(ラテン語 clavo figere ;釘で固定する、からの派生語)」という語に由来すると言われており、
これにはフランス語でremplir,garnir「一杯詰める、入れる」という意味もあって、これに由来した語です。
卵、砂糖、小麦粉、牛乳で作られたクレープ生地にサクランボを沢山入れるのがポイントで、味の深みが増し風味が良くなるということから種付きのまま焼き込むのが本来の姿です。
(サクランボ同士がくっついていたり、生地で完全に覆い隠すのは×)
                                              ↑上のクラフティの断面

b0189215_23445421.jpgサクランボは小粒で種が小さいもの、ジューシーで十分に酸味のある地元の黒サクランボの古い品種が適しているそうで、リムーザン地方の3県の中で最も生産量の多かったCorrèze県で採れる「la Franche Noire」はまさにクラフティ用の品種だといいます。
今では地元の古い品種も一般的な品種へと植え替えられ、市場では見られなくなりました。
それでもCorrèze県にある知り合いの実家にはまだその古い品種のサクランボの木が残っていると聞きます。
このサクランボで作ったクラフティ、いつか味わってみたいものです!
↑Saint Yrieix la Percheのお菓子屋さんのクラフティ


b0189215_2330131.jpgサクランボの季節にリモージュへ行った際、お菓子屋さんではなく
Les Halles;屋内市場やパン屋さんで販売していました。
またビストロ等でデザートとしても出されています。

→St Léonard de Noblatのビストロで出されたデザート
Clafoutis はLimousin地方と隣接するPoitou地方のあたりが起源であるとされていますが、
具体的にいつ、どの辺りで作られるようになったのかは調べてもよくわかりませんでした。

b0189215_005179.jpgクレープ生地状のものを果物入り、果物無しで焼いた、クラフティに類似したお菓子は各地に存在しています。
Auvergne地方のmilliardやgargouillau、Centre地方のmillat(Levrouxのスペシャリテ)やgoère、Bourgogne地方のtartouillatやcacou(Paray le Monialのスペシャリテ)、またPérigordやQuercy地方には何も入れないシンプルなcajasse等々。

←Bourgogne地方の「Cacou」

このように似たお菓子は他にもあるというのに、
なぜクラフティだけが全国区へと広まり、現在の地位を得ることが出来たのでしょう?
クラフティという可愛らしい名前のお陰なのでしょうか。
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by Ethno-PATISSERIE | 2009-06-27 14:09 | ⑭Limousin | Trackback | Comments(2)