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ベルギーのマカロン 「Macarons de Beaumont ; マカロン・ドゥ・ボーモン」

Beaumont ;ボーモンはベルギー南部ワロン地域 エノー州にある町。

以前ココでご紹介した、フランスのMacarons de Boulay ;マカロン・ドゥ・ブーレと同じく、
スプーンを使って成型するマカロンがあります。
製造しているのはBoulangerie-Pâtisserie Solbreux–Decamps一軒のみ。
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その歴史は古く起源は定かではありません。
-1667年ルイ14世の家臣がこの町に来て、ルセットを伝えた…
-ワーテルローの戦場へ向かうナポレオン一行の料理人から伝えられた…

などという言い伝えもあるようです。


公式文書に記載が残されているもので一番古いものは
1814年7月8日、フランス国王ルイ18世の使者がボーモンへ訪問した際、市長のPépin de Virが使者を歓迎する為に行われた饗宴のメニューの中に登場しています。
饗宴に関する勘定書には誰がマカロンを納品したのかは記載されていませんが、市長が利用した他の伝票に
Grand-Rue(現在のrue F.Dutry)に店を持つJean-Baptiste Debroeucqというパティシエの名前が記載されていて、マカロンを納品したものこの店だと考えられています。

Debroeucqには息子がおらず、一人娘Marie-Florenceが1807年Théophile Hairionと結婚し、
店を引き継ぎました。
Musée de la Tour Salamandreで展示されている最初のマカロン箱には
A la renommée des macarons de Beaumont. Veuve Hairion」という記載がありますが、
Veuve Hairion(エリオン未亡人)はMarie-Florenceのこと。
彼女にも一人娘しかおらず、娘は独身を通した為、店は1860年にMarie-Florenceで最後となっています。
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                 ↑ マカロン・ドゥ・ボーモン、外はカリッ中はフワッと香ばしい♪


1833年出版の「Dictionnaire géographique de la Province de Hainaut/Philippe Marlrn」P-52にはボーモンの町の紹介で「Macarons de Beaumontは全デザートの中心である」と書かれ、町のスペシャリテと
して定着し、広く知られていることが分かります。
* マカロン・ドゥ・ブーレが作られるようになったのは1854年、こちらの方がさらに古くからあった。


一方、現在このマカロンの製造をしているのはBeaumont ;ボーモンで6代続くブーランジェ・パティシエ
Solbreux–Decampsです。
その歴史は1842年、初代のJean-Joseph Solbreux;ジャン・ジョセフ・ソルブリュ(1815-1895年)が
Marie-Thélèseと共に、ボーモンのGrand Placeに菓子店を出したことに始まります。
双子を含む7人の子供に恵まれるも、双子と妻を亡くしたジャン・ジョセフは1859年Delphine-Couronnéeと再婚。この年にrue de Bincheにある現在の店へ移転しています。

二代目はArthur-Constant;アルチュール・コンスタン
彼は1892年12月26日Charleroi ;シャルルロワの商事裁判所にマカロン・ドゥ・ボーモンの商標登録を行いました。
このことは「Recueil officiel des marques de fabrique et de commerce(1893)」 の第 6 巻 P-478に掲載されています。                     ↓ コレ
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↑ 「Maison fondée en 1849 – Ancienne renommée des Macarons de Beaumont et des biscuits vanillés – A.Solbreux-Ruelle,Pâtissier-confiseur BEAUMONT(Hainaut)」と書かれている。


三代目Arthur-Paul-Constant;アルチュール・ポール・コンスタン、四代目Jules;ジュール
五代目Pierre;ピエールと続き、1992年には開店150周年が祝われました。

六代目が現当主Didier;ディディエ
父ピエールから家業を継ぐよう強要されることはなく、本人も化学を専攻してその分野の仕事に就いていたそうですが、一人息子でマカロン製造の存続は自分の肩にかかっていることを自覚し、最終的に家業を継ぐことに決めたのだそう。1994年から父親の下で働いた後、2001年に店を引き継ぎました。


現在のラベルはこちら。沢山のメダルと「Successeur Gérard-Hairion(ゲラール・エリオン後継者)」の文字が
入っています。               ↓ 中央部Beaumontの文字の下部分
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Hairionに関しては上で説明済みですが、Gérardというのはどこに由来するのでしょうか?
実は、初代のジャン・ジョセフが再婚後に移転した店の前所有者のことだったのでした。
ここは元々François Bienaimé;フランソワ・ビアンエメMarie Gérard;マリー・ゲラールの菓子店でした。
このカップルには後継者がおらず、フランソワが亡くなってからしばらくはマリーが店を続けていましたが、
後にソルブリュ氏へ譲られたと言う訳です。

つまり「Successeur Gérard-Hairion」のGérard ;ゲラールは店(建物)の後継者、Hairion ;エリオン
マカロン製造の後継者であるという意味が込められていると考えられているようです。
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16世紀に遡る、非常に古いこのゴシック様式の建物は幾度もの災難を逃れて奇跡的に残ったもので、
現在歴史的建造物に指定されています。
そんな貴重な建物(しかも菓子店だった!)を手に入れることが出来たことは、とても誇りに思えることだったので、
わざわざラベルに書きくわえたのではないでしょうか。


さて、取材に出かけたのは2009年11月のこと。
鉄道は通っておらず、Charleroi;シャルルロワからバスで40-50分、静かな落ち着いた町でした。
店内に入って自己紹介をするとすぐにラボへ通され、若いオーナーDidier Solbreux;ディディエ・ソルブリュ氏に
お会いすることが出来ました。
建物も店内もラボも、圧倒される位アンティーク感があってワクワク♪

マカロンの材料は基本通り「アーモンド、砂糖、卵白」の3種類ですが、アーモンドは
「カリフォルニア産、スペイン産、ポルトガル産の3種類のスイートアーモンドにビターアーモンドを加えた4種類」を
ブレンドして使用。
今まで取材した中でも4種類使うというのは初めてでした。
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丁寧に 皮をむいたアーモンドと砂糖を石のローラーで3回挽き、卵白を合わせて生地を作ります。
* 固さは「マカロン・ドゥ・ブーレ」よりも少し固めな感じ。


1つ1つ手で行う成形はこんな感じ。
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                          ↑ Didierさんによる実演

右手に持ったスプーンでボールから生地をすくい取り、左手の親指で生地をこそげとってその生地を親指と人差し指の間を使って丸め、紙を敷いたオーブンプレートに並べていきます。
面白いことに右利き左利きに構わず、生地は代々左手で丸める習慣なのだとか。
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                             ↑ 生地を焼く前

200℃のオーブンに入れて15分程焼いて出来あがり。
マカロン製造は週に3回。オフシーズンでも週に4000個を作っているそうな。
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                             ↑ 焼き上がり

ガスオーブンの為、どうしても焼きムラが出来るが、焼き色の濃いものは売らずによけておき、週末に作るTarte au rizに使います。このタルトは父、ピエールが考案したもので、中にマカロンを入れて上には砕いたアーモンドと砂糖を振りかけて焼き、とても人気があると言います。訪れたのは週末ではなかったのが残念!
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              ↑ Tarte au riz(お米のタルト)実物が無いので雑誌に載った写真を…^^

使われている大きなオーブンにも驚きましたが、使われている秤もローラー等の道具も全て現役のアンティーク。
代々使われていたものだと思うと感慨深いものがあります。

しかもマカロンを入れる箱も1つ1つ自ら作っていると言うのが更に驚き!
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木材を1から加工して、組み立てているとか。マドレーヌの木箱に似てはいますが、とても丈夫でしっかりした作り。
マカロンも、それを入れる木箱も自家製ってスゴイですよね!?
箱を作っているグルニエは雑然としているから見せられないと言われてしまいましたが、見たかったー。


まだ先の話ですが、ディディエには息子が3人いるので七代目もきっと大丈夫に違いありません^^


Solbreux – Decamps
rue de Binche, 6  BE-6500 Beaumont



                                 ※※※




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by Ethno-PATISSERIE | 2013-06-09 15:49 | ベルギー地方菓子 | Trackback | Comments(6)

Macarons de Boulay ;マカロン ドゥ ブーレ

このマカロンは先日(2010/4/21-26)伊勢丹新宿で行われた「フランス展」でも販売されていましたので、購入された方も
多いのではないでしょうか。

b0189215_2014748.jpgBoulay(正式名称はBoulay-Moselle)はロレーヌ地方のドイツとルクセンブルク国境に
面するモーゼル県の小さな町。
メッスからストラスブール方向へ約30kmの所に位置しています。

ここを訪れたのは2006年11月。
取材のアポイントを取ると、所有者のJacques Alexandreさんが丁寧に応対してくださいました。


                                   Jacques Alexandreさん →

鉄道が通っていない為、メッスから数本しかないバスか車で行くしかなく、なかなか気軽に行けないのが残念なところ。
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お店へ着いてみるとパリから来たグループが既に工房を見学していました。
店のすぐ横にある部屋では生地の成型、焼成、袋詰め・箱詰め作業が行われていて、生地を作るのは(恐らく機械の
音がうるさい為)廊下の一番奥にある部屋で行われています。

b0189215_1716752.jpg材料は他のシンプルなマカロン同様、ナッツ(アーモンド)、
砂糖、卵白のみ。
アーモンドはスペイン産ヴァレンシア種をホールで仕入れ、
皮をむくところから始まります。




お店の一番奥にある部屋で、皮をむいたアーモンドと砂糖を古い石のローラーにかけます。卵白を加え、さらに3回
ローラーにかけてすりつぶします。
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この状態でみんなに味見をさせてくれましたが、なかなか美味しい!


b0189215_17265772.jpg続いて成型作業に移ります。

Boulayのマカロンの特徴は銀のスプーンを使うこと。
フランスでスプーンを使っているのはここだけだそう。

b0189215_17252661.jpgスプーンは何本もストックを用意しているとか。
「銀が少しずつ削れて生地に入るからそれもマカロンの値段に入っている」と
笑っていましたが、実際は成型作業をしているうちに「スプーンの首のところが
折れて使えなくなってしまう」というのが本当のところのようです。

この作業にはコツがあるため、出来るのはアレクサンドルさんと従業員の女性
1人だけ。
普段は火・木・土の午前中のみの製造で、彼女1人で成型しているとか。
どのように成型しているのか分からないほど動きが速い!
でもリズムよく素早い成型をしないとなかなか形を均一になりません。
それでも一生懸命に見ているとコツが分かってきます。
(分かっても数をこなさないと同じようには出来ませんね)

まず右手で持ったスプーンで生地をすくい、容器のふちで生地の表面を平らにならします。
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これを左の親指ですくい取り、人差し指でこそげとって硫酸紙を敷いた天板に一定の間隔で置いていきます。
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生地を指から綺麗に取り、且つ形を整える為、その人差し指で小さな円を描くように動かしています。
これを上火230℃、下火200℃に温めたオーブンに入れ、20分ほど焼いて出来上がり。
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ここで焼き立てを味見。
周りがカリッとしていて中は半生状態で柔らかく、今まで食べたどのマカロンよりも美味しく感じました。
スプーン成型の特徴は平らなマカロンと比べて厚みがあって内部の半生部分が多くなるおかげで、よりその柔らかさが保たれることにあるのです。
冷蔵庫の野菜室のように温度が低すぎない所で保存すれば何週間もこの風味が保たれるそうですが、やはり焼き立ての美味しさにはかないません。

< Macarons de Boulayの歴史>
Macarons de Boulayを考案したのはワイン小売商で「Café National」を経営していたBinès LAZARDとその妻Françoiseでした。彼らは1854年4月にルセットが出来上がると「maison LAZARD」を創業し、店は主としてフランソワーズが息子Léopoldの助けを借りて切り盛りしていました。

ワイン商の彼がどうしてマカロンを作り始めたのでしょう?
真相はわかりませんが、客の1人に「マカロンを作って!」とお願いされたのがきっかけと言われ、当初は隣のパン屋の薪釜で焼いていたのだとか。

レオポルドは46歳の若さで死亡しますが、彼の息子Léonが父の跡を継ぎます。
レオンが1934年に亡くなると、未亡人となった彼の妻Elvireと娘のLucienne、彼女の結婚後は娘婿のRené MAIと
3人で店を守ります。戦争の為この地を離れていた1940年から45年までの5年間を除き、1963年までの間4代に渡ってマカロンの変わらぬ製法は受け継がれたのです。

製造法は門外不出でしたがある日SCHLINCKE嬢がその秘密を知ることとなりSimone KOCHにそれを教えます(!)。
彼女は「maison KOCH」を創業、Boulayにマカロンを製造販売する店が2つ現れることとなり、その状態は100年以上続きましたが、1966年に店を閉じています。

b0189215_19454012.jpgリュシエンヌとレオン夫妻には残念ながら彼らには子供がいなかったため、1963年3月14日、家畜商をしていたFrancineとJean Alexandreにマカロンの製造法を売ります。
ジャンの実家13,rue de Saint-Avoldに店を移し、マカロンの製造は
フランシーヌが行い、販売はジャンのおば、Denise LEVYが手伝っていました。

1994年フランシーヌが仕事を辞める決意をすると、別の仕事をしていた息子のJacquesが店を継ぎ、8月には「Macarons de Boulay」を商標登録して現在に至ります。


 
←店内に飾ってあった古い写真。Benjamin Alexandreと書いてあり、
マカロン屋さんになる前のもの。建物の造りは変わっていません。


作り方は創業当時と全く変わっていません。変わったのは薪釜が電気オーブンになったこと、そして以前は成型後に砂糖を振ってから焼いていたのを振らずに焼くようになったこと位だといいます。

創業時はマカロンだけでなく、Pâque juive(Pessa’h ;ユダヤ過越祭)に食べられる発酵していないパン、matzenも製造していました。
現在はマカロンのみですが、今でも過越祭の時期にはユダヤ教の戒律に沿った材料に変え、モーゼル県のユダヤ教
聖職者ラビによって認定を受け、ユダヤ教徒向けにも販売している為、この時期とクリスマスの頃が製造量も多くなるのだとか。

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私が取材に行った時、一緒に見学したグループの他にテレビ局の取材も入っていました。
(私が一眼レフを構えているところを撮らせてほしいと頼まれ…。日本人=カメラの図式は外せないらしい)
その夜ホテルで何気なくテレビをつけたら、さっそく映像が流れていてビックリ!

お店の住所はこちらで
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by Ethno-PATISSERIE | 2010-05-23 20:22 | ⑮Lorraine | Trackback | Comments(2)

Macarons du Dorat ;マカロン・デュ・ドラ

b0189215_17114811.jpgMacarons du Dorat;マカロン・デュ・ドラ はLimousin地方Haute-Vienne県にある「Le Dorat;ル・ドラ」という町のスペシャリテです。
日本でもあちこちでよく見かけられるようになったようなガルニのはさんである、表面のつるっとしたMacarons lissesではなく、素朴なもの。フランスをはじめ各地にそれぞれ特徴的なマカロンがあって、毎年これを食べ歩く旅も(ボチボチ)しています。
↑ Macarons du Dorat、12個箱入りで販売

じつはこれが始めての訪問ではなく、以前にも1度お店を訪ねたことがありました。
手紙で取材の申し込みをしましたが返事はなし。
元々返事が来ることは少なく実際に尋ねると「待っていましたよ」ということが常だったので、「ダメもと」で行ってみました。するとお店は開いていたのに、オーナーはヴァカンス中で残念ながら留守。
しかもマカロンはその日の朝で売り切れ、マカロンの姿も拝めずに終わったのでした。

b0189215_1717252.jpg2度目(昨年11月)は日本から電話でしっかりアポを取り付けてから出発。
リモージュから6時半発の電車(他に選択の余地無し)でLe Doratへ。
7時22分到着、駅で降りたのはほんの数人だけ。駅前はお店のある旧市街からは離れていてとても寂しい雰囲気。

私が向かったのはお菓子屋さんではなくて、なんと「シャルキュトリー」。
マカロンを製造販売しているシャルキュトリーなんて聞いたことがありませんよね~?                         → お店の外観 

お店ではオーナーのDominique Ardillonさんが歓迎してくださり、ラボでマカロンの実演をしてくださいました。
材料は他のマカロンと同じでアーモンドプードル、砂糖、卵白のみ。

作り方はこんな感じ
アーモンドプードルと砂糖に卵白を加え、まず泡立て器で混ぜてから、手で力強く混ぜていきます。b0189215_1640067.jpgb0189215_1642241.jpgb0189215_16442122.jpg
ちょうどいい固さに調節したら絞り出し袋に入れて紙の上に生地を絞り出します。
その後一晩乾燥させるのがコツなのだとか。
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180℃で焼き、冷めてから下の紙ごと12個ずつに切り分けて箱に入れ完成!b0189215_1743965.jpgb0189215_1764320.jpgb0189215_1783869.jpg

焼きあがったマカロンはまわりがカリッとして中は半生っぽい感じで柔らか~。
アーモンドの香りが香ばしく、とっても美味しいマカロンでした

b0189215_17234337.jpgb0189215_17271758.jpgでは、いったい何故シャルキュトリーでマカロンを作るようになったのでしょう?
元々はお菓子屋さんで作られていたのが10年前に退職して作る人が誰も居なくなってしまったのを、観光客からの要望から そのお菓子屋で働いていた隣人にルセットを教わり2001年から作り始めたのだそう。
↑左;友人が作ってくれたというマカロンの看板   右;この地方のスペシャリテPâté de pommes de terre。この店ではこんな感じ

この時、アルディヨンさんはもうすぐ退職する予定だと言っていました。
今回確認してみると、もうすでに彼は退職していてレストランをしている息子のEmmanuelさんがこのシャルキュトリーを引き継ぎ、マカロンの製造を続けているそうです。

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駅前は寂れた感じでしたが、15世紀の城砦内にある旧市街は古い町並みが保たれた 歴史ある町。
フランス革命時、広場におかれたギロチンから流れた血で赤く染まっていた為「Rue Rouge;赤い道」と恐ろしい名前のついた小道もあったり・・・。
また「Collégiale Saint-Pierre;コレジアル・サン・ピエール」を始めとする 特徴的な様式の建物があちこちに残されています。 コレジアルには町の守護聖人Saint-IsraëlとSaint-Théobald.の聖遺物が祀られており 1659年から7年に一度行われているOstensionsと呼ばれる、 聖遺物箱を掲げ歩く宗教儀式も行われています。
今年は記念すべき50回目が行われましたので、次回は2016年の開催になりますね。

住所はこちら
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by Ethno-PATISSERIE | 2009-10-03 17:48 | ⑭Limousin | Trackback | Comments(6)