タグ:地方菓子 ( 52 ) タグの人気記事

フランスの伝統菓子 Tourtière ; トゥルティエール  その②

b0189215_16165294.jpgこの地を再び訪れたのは前回から2年後の2002年。
当然のことながら『Foire à la tourtière ; トゥルティエール祭』に合わせて行ってまいりました^^。
お祭りの開催されるPenne d’Agenais ; ペンヌ ダジュネに泊ろうとホテルを探しても見つからなかったので、どこか安くて適当な所を知らないかMme.Salesse;サレッスさんに尋ねてみたら「うちに泊りなさい」という嬉しいお言葉!
お祭りの前日(前回同様^^:)バス停まで迎えに来て頂き、家に到着。
すると、昼間だけ手伝いに来ていると言うサレッスさんのお母さんが出迎えて下さいました。
このおばあちゃまと一緒に畑や豚、兎、牛等の家畜を見学したり、この地方の家庭で作られるお菓子のことや
この地域の俚言を教えてもらったり(例えば単数形la tourtièreはla tourtieraになり、複数形les tourtièresはlous tourtierairesとなるとか…)、この地方のお料理をご馳走になったりと、フランスの農家生活をちょっぴり垣間見ることが出来た、とってもとっても貴重な一日に…。 

そしていよいよお祭りの当日。
早めに家を出て、近くのワイナリー(Château des Ardailloux)やプルーンを栽培してプリュノーを作っている農家
(Les Vergers d’Escoute)を回った後、お祭り会場のあるペンヌ ダジュネへ。
b0189215_16291293.jpg
 ↑ こちらがプルーンの林         まだ青いプルーン、見えるかな?

Lot川を見下ろす小高い丘の上にあり、中世の街並みを残した、小さいながらも魅力的な町!
会場へ到着すると既に沢山スタンドが出来ていてトゥルティエールやその他の物産品も売られています。
このお祭りはConfrérie des tourtéraires ; コンフレリー デ トゥルテライル(トゥルティエールの愛好者団体)主催
なので、最初にこのコンフレリーの衣装をまとった人々がトゥルティエールのおみこし(?)を担いで行進して開会。
b0189215_16571316.jpg

コンクール(コンフレリーのメンバーが出品されたものを審査して点数を付け、合計点の多かった人の表彰)を行ったり、新しくメンバーに加わる人々が入会する儀式も行われました。
b0189215_1752132.jpg

*おまけに偶然にも当日が7月14日(革命記念日)だったので、広場のわきではそのセレモニーまで♪
b0189215_179582.jpg

この辺りでは本職のお菓子屋さんが作るというよりも「家庭で代々受け継がれてきた」お菓子である為、作る人によってデコレーションの仕方や生地の薄さも様々。
b0189215_17232740.jpg
↑ この4種類を比べただけでもその違い、分かりませんか?

この違いによって味も微妙に変わってしまうと言うのが楽しい所でもあり、 それを一度に食べ比べ(しかも作った人に直接お逢い)出来るという、とても有意義な1日でした。
(*因みに今年のはお祭りは7月11日でした。どんなトゥルティエールがあったのでしょう~♪)



<補足>
*Tourtière ;トゥルティエールとは元々tourte ;トゥルト(蓋付きのパイ、塩味&甘味の両方有)やタルトを焼く道具のことを示す名前でした。
b0189215_1742242.jpg
↑ これが実際に使われていたトゥルティエール

名詞「tourte」 に「接尾辞 -ière」 が付いて、それを作る道具を示す名詞に。
それが時を経て、これで作られたものも意味するようになった言うわけです。




にほんブログ村 スイーツブログへ
にほんブログ村 旅行ブログ フランス旅行へ

[PR]
by Ethno-PATISSERIE | 2010-11-03 17:58 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(2)

フランスの伝統菓子 Tourtière ; トゥルティエール その①

フランス南西部で見られるお菓子。地域によって違う名前が付いています。
例えば…
Tourtière ; トゥルティエール=Dordogne県、Lot-et-Garonne県、Landes県
Croustade ; クルスタード=Gers県、Ariège県、Lot県
Pastis ; パスティス=Quercy地方(Cahors ;カオールを中心とする旧州)
           Gers県ではPastis gascon; パスティス ガスコンとも呼ばれる。


生地をごく薄く伸ばして重ねる作り方は古く7-8世紀、ローマ帝国の支配が弱まってきたころ、
地中海沿岸地域がサラセン人によって侵攻されていた時期に遡ります。
711年イスラム帝国(ウマイヤ朝)がピレネー山脈を越え、当時のフランク王国(カロリング朝)へ侵入
占領して行きました。
732年「トゥール・ポワティエの戦い」でシャルル・マルテルがサラセン人を撃破し、退却。
『この時に作り方が伝えられた』と言われています。
とは言えその製造はフランス南西部に限らず、リエージュで料理長をしていたLancelot de Casteauが
1604年に出版した本の中には同じ製法で作られる「tourte」が掲載されています。
また、現在でもオーストリアをはじめとする地域で見られる「Strudel ; シュトルーデル」や
ポルトガルの「Pastéis de tentúgal ; パステイシュ・デ・テントゥガル」と言ったお菓子が作られています。
b0189215_13545594.jpgb0189215_13554071.jpg
↑ Konditorei FercherのMilchrahmstrudel   ↑ Café AndréのPastel de Tentúgal

これらは地中海沿岸の各地で見られるパート・フィロを使ったバクラヴァ系のお菓子と同じ起源を持ったもの
と考えられます。

それまでもこのお菓子に出会ったことはありましたが、作っているところを見たくて、年に一度「Foire à la tourtière ; トゥルティエール祭」を開催しているPenne d’Agenaisの観光局に問い合わせ、デモンストレーションをしてくれる方を紹介して頂きました。
その中で訪問を快諾してくださったのがBonaguil ; ボナギルに住むOdette Salesse ; オデット サレスさん。

この地を訪れたのは2000年の6月。
電車も通っていない所だった為、大方の行き方しか分からないままのちょっぴり不安な旅でした。
(まあ、いつもこんな感じ…^^)
プリュノーで有名なAgen;アジャンから1両編成の電車で30分、Monsempron Libosでバスに乗り換えてCondatで下車。バス停からはSalesse さんが車で迎えに来て下さることになり、なんとか無事目的地へ到着したのでした。
バス停からは2km程のドライブ。途中木陰から現れるChâteau de Bonaguil ; ボナギル城はとても美しく、感動的♪

b0189215_14484264.jpg彼女の家はトウモロコシや穀類、たばこを栽培している他に、牛や豚等も
飼っている典型的な農家。
お宅へ到着すると、新しく家を建てる時に作ったそうで、大きなテーブルを
いくつも並べた広い工房へ案内されました。
さらに奥のダイニングキッチンへ通されて、まずはお味見から♪。

b0189215_1521794.jpg温かくないと美味しくないとのことでレンジで温めたものを頂きました。飼っている豚から作った自家製のパテ等も!
繊細な見た目に反して、ホールの状態で1週間以上日持ちするそうな。
彼女は近隣のお店へ卸したり、直接家でも販売しているそうですが、お店からの注文で数日置くこともあるからと
ラム酒をたっぷり入れるよう頼まれている為、味見させて頂いたものも当然しっかり効いていました。
表面の飾りがとても特徴的で美しい。作り方はおばあさんから習ったそうで、お母さんは作れないとか。
もう30年も作っているベテランです。

さて、いよいよ工房へ移動して作り方を見せて頂きます。
材料は10-12人前で『小麦粉1kg、卵2個、塩、油大匙3杯、バニラオイル、水500ml

生地は水をたっぷり加え、プロ用の大きな生地をこねる機械にかけてから、1時間寝かせたものを使います。
寝かせるのは1時間で充分。それ以上寝かせても変わらないとか。粉も油も普通のものを使っているそうです。
b0189215_157272.jpg

寝かせた生地を白い布を敷いた大きなテーブルの中央に置き、テーブルの長さに合わせて縦に伸ばします。b0189215_15101323.jpgb0189215_15113783.jpg

端から生地をのばしながらテーブルの周りを2周。これであっと言う間にテーブルいっぱいに広げられました。
テーブルからはみ出した部分をナイフで切り落とします。
(切り取った生地は1つにまとめて水を加え、再びこねて再利用。それでも残ったものは焼いて豚ちゃんのおやつに)
b0189215_1514830.jpgb0189215_15153823.jpgb0189215_15164628.jpg

次に、上に吊るしてあるガスのラジエーターをテーブルの上に移動させて点火。これで生地を乾かします。
夏の間はあっと言う間に乾くそうですが、この時期(6月)は乾燥に時間がかかるので、これを使わないと
かなり時間がかかるそう。


この他に2~3個生地を伸ばす作業をしましたが、1個だけ私もやらせて頂きました。
とっても柔らかい生地なので思い切ってやらないとすぐに伸びてしまって、折り目が出来たり、穴があいてしまいます。
(というよりも実際、穴を1つ作ってしまいました…^^;)。

生地がある程度乾いて透明になってきたら(パリパリに乾燥させないのがポイント)、ローラーを使って溶かしバター
を塗ります。刷毛では時間がかかり過ぎるので、ローラーを使うことを思いついたそう。
(おばあさんの頃はガチョウの脂を使い、ガチョウの羽根で塗っていました)
そして全体にグラニュー糖を軽く振ります。

b0189215_15251218.jpgb0189215_15273431.jpg

型には大中小の鉄製フライパンを使用。
オーブンへ入れやすいように柄を短く切断してあります。これに油を塗って使います。
(小さいサイズは4人分。中位のサイズにはテーブル2台分の生地が必要になる)

テーブルナイフで適度に乾燥した生地を適当に丸く切って型に敷きます。
何枚か重ねて、リンゴを乗せる前には型に合わせて丸く切ったものを重ねていました。
b0189215_15325689.jpgb0189215_15341929.jpgb0189215_15353074.jpg

リンゴはフランスで多く栽培されているpomme golden ; ゴールデン・デリシャスを使っています。
皮をむき、半分に切って芯を取り、薄切りにしたものを、中央からあまり重ねないようにして並べて行きます。
バニラオイルを加えた水を小さなコップ1杯注ぎ、さらに同量のラム酒を注きます。
(想像していたよりも液体が沢山入るのでビックリ!)
  
b0189215_15375752.jpgb0189215_15385556.jpgb0189215_1540822.jpg

その後さらに生地を重ね、最後は少し小さめに丸く切った生地の一方にひだを寄せて丸め、全体にきれいに並べて
終わり。(この上の部分に使う生地は乾燥しすぎていないものが作業しやすい)
あとは中くらいのオーブンで45分焼いて完成!

b0189215_15414848.jpgb0189215_15425913.jpgb0189215_1553208.jpg

この菓子は元々カーニヴァルのお菓子だったそうです。
シンプルな身近にある材料で出来るわりには豪華なので、お祝い事にも多く作られたことでしょう。
甘いデザートだけではなく、一昔前には『la tourtière au poulat et au salsifis ;鶏肉とサルシフィ(西洋ごぼうと
呼ばれる根菜)のトゥルティエール』と言った料理も作られていたそうで、おばあさんたちの中には今でも作る人がいると
聞きました。(ボナギルの北部にあたるドルドーニュ県では観光客向けにこの料理を出す所があるようです)

7月の第2日曜日には行われるお祭りではTourtièreを作る人が何人も集まってものすごい数が販売されるとか。
「今度はもっと色々なトゥルティエールが食べてみたい!」と、再訪を誓ったのでした。(その②へ続く…)


にほんブログ村 スイーツブログへ
にほんブログ村 旅行ブログ フランス旅行へ

[PR]
by Ethno-PATISSERIE | 2010-11-01 16:08 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(2)

ノルマンディーのお菓子「Le Brasillé ; ル ブラジエ」

正確にはBasse-Normandie ;バス ノルマンディー地方、Calvados ;カルヴァドス県Cean ; カーンの南部
で作られているお菓子です。
Brasillé ; ブラジエという名前は、13世紀に使われていた「炭火でグリエ或いはローストする」ことを意味
する動詞「brasiller」に由来しています。
b0189215_20463571.jpg
↑ これが焼き立てのブラジエ♪ 粉砂糖を振って熱々をいただきます。

19世紀半ばには「カルヴァドスの主に沿岸部で作られる、ブラジエと呼ばれる炭火で焼いたガレット」と
言った記述が残されています。
この時代のブラジエは薪釜を温める際、窯の入口に入れて温度を見極めるためのガレット形パンでした。
それが時の流れと共に変化して行きます。
1938年にJean Seguinは「少し厚みのある細長く柔らかいGâche ;ガッシュ(ブリオッシュ状のパン菓子)の1種」だと描写していますが、さらに後になると「saindoux(ラード)を使って作られたパイ状のガレットで砂糖を振って熱々を食べるもの」へと変わっています。
今日では多くの場合クロワッサン生地やパイ状のブリオッシュ生地で作られておりフルーツを入れたものも
登場しています。

さて、私がこのお菓子を訪ねる旅に出たのは2006年10月のこと。
いつもは電車とバスの旅ですが、今回は車であちこちつれて行って貰えるということだったので、
なかなか行けないところへ行こう!という、ちょっと欲張りな旅行でした。

b0189215_23191354.jpg朝早く知り合いの家に集合、車で一路シャルトルへ。
パテ・ド・シャルトルとモンチコフを買った後
イリエ・コンブレに寄ってマドレーヌを買い、
お昼はル・マンの知り合いのお宅でごちそうになり、
その後ようやくノルマンディーへと進路を取ったの
でした。
地図を片手に「あっちだ、いやこっち」と狭い道、
ぬかるんだ道をうろうろ。
やっとのことで目的の町に辿り付いた頃には、
すっかり夕方になっていました。

その町の名はClinchamps-sur-Orne ; クランシャン シュル オルヌ。

b0189215_2314455.jpgそう、この町で作られる「brasillé de Clinchamps-sur-Orne ;
ブラジエ ドゥ クランシャン シュル オルヌ」を食べる為だけに、
この町へやって来たのでした。
(あちこち寄ったけどココが最終目的地♪閉店前に無事着いてよかった~)

ここのブラジエは1980年Roussel ;ルーセル氏によって商標登録
されたもので、作り方は勿論秘密。
現在は若いブーランジェのPhilippe Pépin; フィリップ ペパン氏(写真)によってこの秘密のルセットが引き継がれています。
ここで作られているブラジエはクロワッサン生地系。
見た目はちょっと無骨で、味もかなり素朴な感じ。
でも、まだ冷め切らないうちに軽く砂糖を振って食べるたら最高!
小麦やバターの美味しさがダイレクトに伝わってきて、
まわりのカリッとした感じもなかなかの美味しさでした♥

毎年9月中旬には、この街でfête du Brasillé ブラジエ祭りも
行われているとか。

この時はこの「クランシャンのブラジエ」にしか出会うことは出来ませんでしたが
いつかまた、これ以外のブラジエも食べてみたい! 


※※※



にほんブログ村 旅行ブログ フランス旅行へ
にほんブログ村 スイーツブログへ


アドレスはこちらで…
[PR]
by Ethno-PATISSERIE | 2010-10-21 23:34 | ④Basse-Normandie | Trackback | Comments(2)

ブタちゃん形サブレの意味

b0189215_10174914.jpgSaint Pée sur Nivelleにあるお菓子屋さん
「Maison Pereuil ;メゾン・プルイユ」の仔豚ちゃん形サブレ「Xeria ;シェリア」。(詳しくはこちらのブログをご覧ください)
サクサクしていて甘くないビスケットみたいな感じでレモンエッセンスのような香りがします。

b0189215_10231549.jpg「このサブレ、なんでブタの形をしているのかな?」と、ちょっと不思議に思っていましたが(バスク豚で有名だから?と単純に想像してました^^)その答えは「Moulin Plazako Errota」を見学した
折に見つけたブタの置物にありました。

Madame DAGUERREのお話では
「かつてmoulinでは農民の持ってきたトウモロコシを粉に挽いていたのだが、その手数料としてトウモロコシを受け取っていた。そのトウモロコシでブタを飼い、そのブタを売ってはじめて現金を得ていた。
つまりブタはお金・豊かさの象徴だった。」とのこと。

「ブタはお金・豊かさの象徴」。
これはなにもmoulin所有者に限ったことではなく、バスクの農民に共通するものだったのでしょう。
かわいいだけじゃなくて、ちゃんと意味があったのですね~(納得)。



※※※



にほんブログ村 スイーツブログへ

[PR]
by Ethno-PATISSERIE | 2010-07-11 10:36 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(4)

バスクのトルティーヤ?「Taloa ; タロア」

b0189215_22194221.jpg現代のフランスではあまりトウモロコシを使った料理は見当たりませんが、ショコラ同様フランスで最初にトウモロコシが取り入れられたバスク地方では現在でも作られ、食べられているものがあります。
b0189215_22312388.jpg
それは「Taloa;タロア」。
今まで何度もバスクを訪ねていましたが、実際に目にする機会はありませんでした。

スペイン側バスクでお会いしたバスク菓子研究家のGorrotxategi氏にTaloaについて尋ねてみると
「お祭りの時等にTaloaをつくるグループがやって来て、その場で実演販売する」とのこと。
なるほど、お祭りの時に売っているものだったので見かけなかったのですね~。

b0189215_22385143.jpgb0189215_22421053.jpg実際に販売しているのを目にしたのは最近(2005年10月)、St Jean Pied de Portのマルシェでした。
他のマルシェでは見かけませんでしたから、ここで出会えたのはとてもラッキーだったのかもしれません。
見た目にはメキシコのトルティーヤにそっくり。
b0189215_22464019.jpg


両面をこんがりと焼いて、特産の羊乳のチーズやventrècheという豚バラ肉の塩漬けをカリッと焼いたもの
などの塩味のものをはさんだり、コンフィチュールやショコラをはさんで食べます。

出来立ての熱々は最高ー♪


※※※


にほんブログ村 スイーツブログへ
にほんブログ村 旅行ブログ フランス旅行へ

[PR]
by Ethno-PATISSERIE | 2010-07-04 22:55 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(4)

仔豚形のガトーバスク

b0189215_14315461.jpg前々回のブログで 『ガトー バスク博物館の
マリシュラール氏によれば「ガトーバスクの起源は17世紀に遡り、元々はガルニチュールの入っていないもので、生地はトウモロコシ粉とラードが使われ、しばしば小さな豚の形に成形されていた』 ことを書きました。







b0189215_14271367.jpg「仔豚形のガトー バスク」というと、中身の入った現代のものを想像して「?」と思ってしまいますが、そうではなくて、中身が入る前のガトーバスクのことです。 

その当時のルセットは残っていないので実際にどんなものだったのかは
不明ですが、その面影を残している「小さな豚ちゃん形のガトーバスク」が
Saint Pée sur Nivelleにあるお店で売っていると言うので、いつか行きたいなぁと思っていました。 

それが数年後、トウモロコシを挽くMoulinの取材でこの街を訪れる
機会があり、ようやく願いが叶ったのです♪

b0189215_14422345.jpg店の名前は「Maison Pereuil」。
1876年創業、5代に渡って母親から娘へと引き継がれてきたお店だそうです。

5代続くというと、Marianne Hirigoyen同様に歴史もあることですし、ここのスペシャリテであるガトー バスクやサブレも現代のものとは違う、家庭で作られていた当時の味を感じさせてくれるに違いないと
期待も高まります♪

b0189215_14442813.jpgお店へ入るとオーナーと思しき女性(5代目のTittia)が迎えてくださいました。

さて、仔豚ちゃん形のサブレの名前はバスク語でXERIA
この文字は同じスペルで2種類の発音があり、シェリア=petit cochon(小さい豚),セリア=grand cochon(大きい豚)
意味も変わると教わってビックリ!
因みにこれ、サブレにしてはちょっと大きめですが(鼻からお尻までで18cm)仔豚ちゃんを象っているそうなので「シェリア」ということなりますね^^


サブレと同形の真っ赤な仔豚を貼りつけた缶に入っているところがカワイイのです~。

小さなサクランボ入りのガトーバスクとサブレを1枚買ったら、残り生地を利用して作ったサブレ(大きく焼いて適当な
大きさに割った感じのもの)をおまけにくれました。(こういうところも家庭的な感じでまた素敵!)
b0189215_14472373.jpgb0189215_14481434.jpgb0189215_144934.jpg
ここのガトーバスクは、訪れるちょうど2週間前にカンボ レ バンで行われたガトーバスクのコンクールに
入賞したとか。

またいつかお話を聞きに訪ねてみたいナ~。

2014年10月からは5代目Tittiaの従弟であるEmmanuel Yanci氏が6代目として店を引き継いでいます。



※※※



にほんブログ村 スイーツブログへ
にほんブログ村 旅行ブログ フランス旅行へ

[PR]
by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-23 15:06 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(8)

「Marianne Hirigoyenのガトー バスク」

ガトー バスク博物館のマリシュラール氏に教わった店「Pâtisserie Ingres-Echeverria」。
初めてガトー バスクを商品として販売し始めたMarianne Hirigoyenのルセットを継承している
唯一のお店です。

この店があるのはCambo-les-Bains ;カンボ レ バン。
b0189215_1447290.jpgb0189215_14475640.jpg
↑ 駅から中心地まで歩く

b0189215_1451117.jpg古くは温泉を意味を意味していたles-Bainsという地名が
示すように温泉地で、現在でも温泉施設が残されている他、
マルセイユ出身の劇作家で「シラノ・ド・ベルジュラック」を書いたEdmond Rostand ; エドモン・ロスタンの別荘villa Arnagaがあることでも有名な街。
ここへはバイヨンヌからバスと電車が通っていますが、季節によっては無人駅となっていることもあるのでご注意を。
タクシーも無く、中心地は駅から少し遠い丘の上にあるので、荷物が重いと歩くのはちょっと大変!





 ← 駅から畑の横を通り、橋を渡って上の町までテクテク♪

b0189215_1543669.jpg
1999年にもこの町へ来ましたが、
その当時はこの店のことは知らず、
サクランボ農家を取材した際お土産に
頂いたガトー バスクは同じ町にある別のお店のものでした。

2000年にガトー バスク博物館を訪ねた際は、時間が無くて帰りがけに店の前を通ってもらうことしかできず、念願かなって訪問できたのは2003年のこと。


→ 当日、店前にある広場の気持ちよさそうな木陰では古書市が…


現在のオーナーはJean-Michel Echeverria氏。
彼の父がAnneとElisabethの姉妹からルセットを引き継いだAlbert Ingres氏の店に1948年から働き始め、
1950年にIngres氏から店とルセットを買い取ったそうです。

「Soeurs Biskotx」とあだ名されたDibar姉妹の姉Anne Dibarが
「地元のIngresというパティシエにルセットを伝えた」
ということなので、現在のPâtisserie Ingres-EcheverriaはIngresの店があった場所と同じではありますが、
Marianne Hirigoyenの店があった場所とは違うことが分かります。

Jean-Michelはまだまだ若い青年で、菓子の歴史については詳しく知らず(あまり興味がない様子)、
クレーム パティシエール入りのガトー バスクの方がサクランボ入りよりも古いと思っていたようで…
(クリーム入りが作られるようになったのは19世紀末から)
彼の父親は既に退職している為、色々な話を聞けなかったことが非常に残念でなりません。

b0189215_15105416.jpg店はクラッシックな作りで、店内には広めの喫茶スペースがあり、母親がお店を担当していました。

外から見えるスペースにはスペシャリテの
ガトー バスク。ショーケースには彼が修業したバスクにある有名店にあるような今どきのお菓子も並んでいます。



← Jean-Michelさんと
お菓子を持つ彼のお母さん



ひと通り話し終わると地下にあるラボへ行き、作り方を見せていただきました。
「ガトー バスクのスペシャリスト」と紹介されたJean-Claude Lazcanoさん。
この当時59歳で「もうすぐ引退する」と言っていたので、きっともういらっしゃいませんね。

使う生地はPâte sabléeに似た(でも違う)もので、大量に仕込んでありました。
b0189215_15305055.jpgb0189215_15313989.jpgb0189215_15321873.jpg
これを適当な大きさ切り取って手早く円形に伸ばし、タルト型に敷きこみます。
ブリブリッと固めに煮たcrème pâtissièreをコルネですくって詰め、同様に丸く伸ばした生地で蓋をする。
b0189215_15425069.jpgb0189215_1544760.jpgb0189215_1545868.jpg
卵でドレし、小さめの抜き型で三日月形に抜いた生地を4枚並べてローブリュー形に並べてとアッと言う間に完成。
後は200~220℃のオーブンで焼くだけです。1日に30個程作るとか。

crème pâtissièreを入れたものも意外に日持ちが良くて(合計2度火を通している為)常温で3日間保存可能です。


b0189215_1553242.jpgさて「Marianne Hirigoyenの店はどこにあったのでしょうか?」
この菓子のスペシャリストで歴史家のMarcel Douyrou氏の記事によれば、Marianneの時代Xerri Karrika地区に彼女は小さな店を持っていたことが分かっているといいます。
この地区が現在同じ名前の通りがあるあたりだとするとPâtisserie Ingres-Echeverriaのある場所とは違うことが
分かります。
またDibar姉妹は30年間「ガトー バスクを入れた籠を持ってrue des Terrassesのmaison Gasteluberriaという店へ通う姿が見られた」ということなので、彼女たちもこの付近に店は持っていなかったことが伺えます。


→ 焼きあがったガトー バスクが沢山♪

Marianneの店が映っているポストカードがあるので、実際に行ってみれば正確な場所は分かるかもしれません。
いつかMarcel Douyrou氏にお会いできるといいんだけどなぁ!



※※※



にほんブログ村 スイーツブログへ
にほんブログ村 旅行ブログ フランス旅行へ




[PR]
by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-17 16:12 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(4)

Gâteau Basque; ガトー バスク 博物館とその歴史

b0189215_22155189.jpg初めてバスクの地を訪れ、この菓子に出会ったのは
1991年、ボルドー第3大学でフランス語の夏期講習を受けていた頃、週末を利用してバイヨンヌとビアリッツへ行った時のことでした。
クレーム・パティシエール入りとサクランボ入りの小さいサイズ、そしてお土産用に両方が入った大きいサイズ購入。
生地がホロホロと柔らかくて口溶けが良く、素朴な味でとても美味しいものでした。

← 初めて買った記念すべき(?)ガトー バスク

それ以来、バスクはお気に入りの地となり何度となく訪れています。
バスク地方独自の文化はとても興味深く、チョコレートやトウモロコシ、トウガラシ、シードル等、スペイン経由でフランスへ最初に導入された地でもあります。

「ガトー バスク博物館」へ行く

b0189215_221932100.jpgガトーバスクのことを調べている時に行きたかった所、
それは多くの人にこの菓子を広めたいとBixente Marichular 氏が1998年に始めたMusée du Gâteau Basqueでした。
マリシュラー氏は地元で菓子作りを始めた後、パティシエとしてニューヨーク等世界を回ったという経歴の持ち主で、1992年にカリフォルニアから帰国したのだそう。

バスクを訪れる度に何度もトライしたのですが、
団体客の予約が入っていないと見学は出来ないとのことで、なかなか訪問まで至らず…。

やっと行けたのは2000年6月のこと。
伝統的なガトーバスクにはItxassouで収穫されるCerises noiresが使われることから、サクランボの栽培農家を訪ねた際、親切にもわざわざ車で連れて行ってくださったのでした。
(Cerises noires d'Itxassouについて知りたい方はこちらへ)

博物館があるのはSareという町。
St Jean de Luzからバスが出ていますが、Sareの町中から遠いので歩いて行くのは無理。
(Itxassouからは22km離れています)

博物館は昔の建物の使える部分を集めて、バスク調に再構築した建物。
デモスペースの横には売店と昔の農作業に使われた道具等が展示されています。

ここではgâteau basque aux cerises noiresとà la crème pâtissière2種類の作り方を
ざっとデモンストレーションしながら、歴史などについて話をしてくださいます。
b0189215_2231785.jpgb0189215_2232959.jpgb0189215_2232526.jpg
↑ 生地をうすくのばし型に合わせて丸く抜く。生地を型に一枚入れ、中身を入れて生地を重ね、周りを押さえる。

b0189215_22361523.jpgb0189215_22371299.jpgb0189215_22424946.jpg
↑ 表面を溶き卵でドレする。サクランボのコンフィチュールを入れた方には生地を棒状に伸ばしてたものでローブリューを象り、ドレする。クリームの方はフォークで格子状の筋を入れる。180度のオーブンで焼く。

デモの途中には焼いていない生地の試食も回ってきます。(粒の大きめな砂糖;sucre cristaliséを使っていますが、その歯ごたえを感じます。そして意外にも生の生地は美味しい♪)
もちろん最後には焼きあがった2種類のガトーバスクも試食しますよ~。


「ガトー バスク」の歴史

b0189215_22523944.jpgこの時は時間がなくてデモを見ただけでしたが、2度目にここを訪れた2005年にはようやくじっくり話をお聞きすることが出来ました。

マリシュラール氏によれと、後にガトーバスクと呼ばれるようになるこの菓子の起源は17世紀に遡るのだそう。
元々はサクランボ等のガルニチュールは入っておらず、生地はトウモロコシ粉とラードが使われ、しばしば小さな豚の形に成形されていました(残念ながらこの当時のルセットは残っていません)。

17世紀中頃には中にコンフィチュールなどに加工していないその季節に採れる生のフルーツを入れるようになり、17世紀末になると蜂蜜でコンフィしたものも使われるようになりました。
このお菓子はバスク語で“Biskotxak”と呼ばれ、バスク地方を訪れる旅行者に知られるようになります。


さて、現在みられるようなGâteau Basqueの起源は、
湯治場として知られ、多くの湯治客が訪れる町Cambo-les-Bains; カンボ レ バンにあります。

Marianne HirigoyenがBernard Dassanceと結婚した1832年、彼女はカンボに小さな菓子店を出します。
それまでそれぞれの家庭で代々伝えられていたお菓子を(おそらく旅行者向けに)売りだしたのです。
働き者のMarianneは毎週木曜日、自ら作った菓子の大きなかごをバイヨンヌへ売りに行っていました。
この当時「Gâteau de Cambo; ガトー ドゥ カンボ」と呼ばれていたものが、後に「Gâteau basque;ガトー バスク」へと変わっていったのです。

彼女は晩年(1871年にPierre Dibarと結婚した) 娘のMarieに助けられながら半世紀にわたって店を続けました。

b0189215_2314514.jpg20世紀初頭にはMarie Dibarの娘(つまりMarianneの孫)
AnneとElisabeth、二人の姉妹がルセットを受け継ぎます。
彼女たちは 住人たちから“Soeurs Biskotx”と呼ばれていました。

彼女たちには後継者がいなかった為Albert Ingresというパティシエにルセットを譲り、その後はこの店で働いていたEcheverriaが1950年、店とルセットを買い取り、Ingres-Echeverriaという店名でMarianneのガトーバスクが作り続けられています。

↑ Pâtisserie Ingres-Echeverria


Le Musée du Gâteau Basque
Maison Haranea  Quartier Lehenbiscay  64310 SARE




※※※




にほんブログ村 スイーツブログへ
にほんブログ村 旅行ブログ フランス旅行へ

[PR]
by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-12 23:29 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(4)

le Cacou; ル・カクー

サクランボは果物の中でも特に好きなものの1つ。
フランスへ行くのはこの季節ばかり選んでいた時期もあったほどです。

今では流通に適した、限られた品種が多く販売されていますが、各産地へ行けば地元だけで消費されている品種にも出会うことができます。
サクランボに限らず、お菓子に使われる果物はそのような地元で栽培される品種が使われていました。
ですから、お菓子の故郷を訪ねて地元でしか出会えない品種を探して食べることも私にはとても大切なことで楽しみの1つでもあります。

さてこのCacou、見た目はリムーザン地方のスペシャリテであるクラフティとあまり変わりませんが、
ブルゴーニュ地方Paray le Monial; パレ・ル・モニアルという町のお菓子です。
クラフティ同様 種付きのブラックチェリー入り。

b0189215_15243651.jpgParay le Monialには立派なbasilique du Sacré-Cœur; サクレクール大聖堂がある他、17世紀にmonastère de la Visitationの修道女Marguerite-Marie Alacoque (1647-1690;で後に聖列に加えられ、sainte Marguerite-Marie;聖マルグリット・マリーとなる)のもとにキリストが現れたこともあり、先のローマ法王ヨハネ・パウロ2世も訪れたという巡礼の地でもあります。


Cacouにはguigne*と呼ばれる系統の地元の品種が使われていたそうで、今ではもうほとんど見られなくなったと言います。

b0189215_15305911.jpg*フランスでは
cerises douces(Prunus avium) ;甘果桜桃と
cerises acides (Prunus cerasus) ;酸果桜桃の
2つに分けられ、
前者は主にmerise,guigne,bigarreauの3つに分けられます。
 


1972年、この菓子を守り受け継ぐという目的でConfrérie des Francs-Cacous;コンフレリー・デ・フランカクーが作られ、年に1度、Pentecôte ;聖霊降臨の主日(復活祭後7度目の日曜日)から2週間後の土曜日にchapitre publique (お祭りのようなもの)が行われています。


b0189215_15341623.jpg私がこのお菓子を求めてこの町を訪ねたのは2003年。
このchapitreが行われる1週間ほど前の
ことでしたが、ここの会員となっているCharles Pubill氏の店に、会長さんはじめコンフレリーの方々が集まって、
Cacouを食べながらお話をお聞きする集まりを開いてくださいました。
合わせるのは白ワインのMâcon Viré。

「その昔Jean-MarieCACOUが考案した…」という伝説も残っていますが、本当の起源は残念ながらよく分からないようです。



※※※


にほんブログ村 スイーツブログへ
にほんブログ村 旅行ブログ フランス旅行へ

[PR]
by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-05 15:59 | ⑤Bourgogne | Trackback | Comments(7)

La Croquande ;クロカンド

b0189215_12171556.jpgb0189215_12154525.jpg「Le Soleil de Marcillac」にとっても
良く似たお菓子が同じRodez県Villefranche de Rouergue;ヴィルフランシュ・ドゥ・ルエルグという町にあります。
名前は「Croquande ;クロカンド 」。
形も材料も同じです。


→ Aveyron川のほとりにある古い町並みが保存された素敵な街

b0189215_11353796.jpgこの町を訪れた時、最初に目にしたお店のクロカンドが非常に薄いもので、いかにも「Croquant ;クロカン=カリカリっとした」ものだったので、厚さの違うところがポイント?とも思いましたが別の店にはもっと厚みのある、ソレイユと同じものがあった為そうでもないようです。
b0189215_11385516.jpg
ソレイユが作り手によって様々なタイプがあったのと同様にクロカンドも色々なタイプがあるということなのでしょう。
こちらのクロカンドの上にはアーモンドではなくて胡桃が散らしてあり、ソレイユがかつて胡桃を散らしていたといことを想起させてくれます。

b0189215_11553196.jpgb0189215_11565824.jpgこの辺りはgâteaux à la brocheもスペシャリテとして売られているのですが、実際に製造している店はなく、販売のみでした。訪れる直前に行われた町のお祭りでは実演販売されたと聞きました。残念!


← 町で見つけたgâteaux à la broche

木曜日午前中に行われる青空市には新鮮な野菜やスペシャリテであるfouaceéchaudésといったお菓子にFarçous*の実演販売もあってとってもにぎやか。
b0189215_128191.jpgb0189215_1293444.jpgb0189215_12111640.jpg
↑ 片付け始めたマルシェ/ échaudés等のスペシャリテが色々並んでいます/ Farçous焼きたての熱々が食べられるので大人気!


*Farçousは固くなったパン、Blettes等の葉っぱ、ニンニク、ベーコンを併せてガレット状に焼いたもの。
市場では軽食として販売されていましたが、これにサラダと1杯のワイン(勿論マルシヤック!)があれば立派な食事になります。



※※※



にほんブログ村 スイーツブログへ
にほんブログ村 旅行ブログ フランス旅行へ




お菓子屋さん
[PR]
by Ethno-PATISSERIE | 2009-09-12 12:36 | ⑯Midi-Pyrenees | Trackback | Comments(4)