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ノルマンディーのお菓子「Le Brasillé ; ル ブラジエ」

正確にはBasse-Normandie ;バス ノルマンディー地方、Calvados ;カルヴァドス県Cean ; カーンの南部
で作られているお菓子です。
Brasillé ; ブラジエという名前は、13世紀に使われていた「炭火でグリエ或いはローストする」ことを意味
する動詞「brasiller」に由来しています。
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↑ これが焼き立てのブラジエ♪ 粉砂糖を振って熱々をいただきます。

19世紀半ばには「カルヴァドスの主に沿岸部で作られる、ブラジエと呼ばれる炭火で焼いたガレット」と
言った記述が残されています。
この時代のブラジエは薪釜を温める際、窯の入口に入れて温度を見極めるためのガレット形パンでした。
それが時の流れと共に変化して行きます。
1938年にJean Seguinは「少し厚みのある細長く柔らかいGâche ;ガッシュ(ブリオッシュ状のパン菓子)の1種」だと描写していますが、さらに後になると「saindoux(ラード)を使って作られたパイ状のガレットで砂糖を振って熱々を食べるもの」へと変わっています。
今日では多くの場合クロワッサン生地やパイ状のブリオッシュ生地で作られておりフルーツを入れたものも
登場しています。

さて、私がこのお菓子を訪ねる旅に出たのは2006年10月のこと。
いつもは電車とバスの旅ですが、今回は車であちこちつれて行って貰えるということだったので、
なかなか行けないところへ行こう!という、ちょっと欲張りな旅行でした。

b0189215_23191354.jpg朝早く知り合いの家に集合、車で一路シャルトルへ。
パテ・ド・シャルトルとモンチコフを買った後
イリエ・コンブレに寄ってマドレーヌを買い、
お昼はル・マンの知り合いのお宅でごちそうになり、
その後ようやくノルマンディーへと進路を取ったの
でした。
地図を片手に「あっちだ、いやこっち」と狭い道、
ぬかるんだ道をうろうろ。
やっとのことで目的の町に辿り付いた頃には、
すっかり夕方になっていました。

その町の名はClinchamps-sur-Orne ; クランシャン シュル オルヌ。

b0189215_2314455.jpgそう、この町で作られる「brasillé de Clinchamps-sur-Orne ;
ブラジエ ドゥ クランシャン シュル オルヌ」を食べる為だけに、
この町へやって来たのでした。
(あちこち寄ったけどココが最終目的地♪閉店前に無事着いてよかった~)

ここのブラジエは1980年Roussel ;ルーセル氏によって商標登録
されたもので、作り方は勿論秘密。
現在は若いブーランジェのPhilippe Pépin; フィリップ ペパン氏(写真)によってこの秘密のルセットが引き継がれています。
ここで作られているブラジエはクロワッサン生地系。
見た目はちょっと無骨で、味もかなり素朴な感じ。
でも、まだ冷め切らないうちに軽く砂糖を振って食べるたら最高!
小麦やバターの美味しさがダイレクトに伝わってきて、
まわりのカリッとした感じもなかなかの美味しさでした♥

毎年9月中旬には、この街でfête du Brasillé ブラジエ祭りも
行われているとか。

この時はこの「クランシャンのブラジエ」にしか出会うことは出来ませんでしたが
いつかまた、これ以外のブラジエも食べてみたい! 


※※※



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by Ethno-PATISSERIE | 2010-10-21 23:34 | ④Basse-Normandie | Trackback | Comments(2)

ブタちゃん形サブレの意味

b0189215_10174914.jpgSaint Pée sur Nivelleにあるお菓子屋さん
「Maison Pereuil ;メゾン・プルイユ」の仔豚ちゃん形サブレ「Xeria ;シェリア」。(詳しくはこちらのブログをご覧ください)
サクサクしていて甘くないビスケットみたいな感じでレモンエッセンスのような香りがします。

b0189215_10231549.jpg「このサブレ、なんでブタの形をしているのかな?」と、ちょっと不思議に思っていましたが(バスク豚で有名だから?と単純に想像してました^^)その答えは「Moulin Plazako Errota」を見学した
折に見つけたブタの置物にありました。

Madame DAGUERREのお話では
「かつてmoulinでは農民の持ってきたトウモロコシを粉に挽いていたのだが、その手数料としてトウモロコシを受け取っていた。そのトウモロコシでブタを飼い、そのブタを売ってはじめて現金を得ていた。
つまりブタはお金・豊かさの象徴だった。」とのこと。

「ブタはお金・豊かさの象徴」。
これはなにもmoulin所有者に限ったことではなく、バスクの農民に共通するものだったのでしょう。
かわいいだけじゃなくて、ちゃんと意味があったのですね~(納得)。



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by Ethno-PATISSERIE | 2010-07-11 10:36 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(4)

バスクのトルティーヤ?「Taloa ; タロア」

b0189215_22194221.jpg現代のフランスではあまりトウモロコシを使った料理は見当たりませんが、ショコラ同様フランスで最初にトウモロコシが取り入れられたバスク地方では現在でも作られ、食べられているものがあります。
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それは「Taloa;タロア」。
今まで何度もバスクを訪ねていましたが、実際に目にする機会はありませんでした。

スペイン側バスクでお会いしたバスク菓子研究家のGorrotxategi氏にTaloaについて尋ねてみると
「お祭りの時等にTaloaをつくるグループがやって来て、その場で実演販売する」とのこと。
なるほど、お祭りの時に売っているものだったので見かけなかったのですね~。

b0189215_22385143.jpgb0189215_22421053.jpg実際に販売しているのを目にしたのは最近(2005年10月)、St Jean Pied de Portのマルシェでした。
他のマルシェでは見かけませんでしたから、ここで出会えたのはとてもラッキーだったのかもしれません。
見た目にはメキシコのトルティーヤにそっくり。
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両面をこんがりと焼いて、特産の羊乳のチーズやventrècheという豚バラ肉の塩漬けをカリッと焼いたもの
などの塩味のものをはさんだり、コンフィチュールやショコラをはさんで食べます。

出来立ての熱々は最高ー♪


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by Ethno-PATISSERIE | 2010-07-04 22:55 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(4)

仔豚形のガトーバスク

b0189215_14315461.jpg前々回のブログで 『ガトー バスク博物館の
マリシュラール氏によれば「ガトーバスクの起源は17世紀に遡り、元々はガルニチュールの入っていないもので、生地はトウモロコシ粉とラードが使われ、しばしば小さな豚の形に成形されていた』 ことを書きました。







b0189215_14271367.jpg「仔豚形のガトー バスク」というと、中身の入った現代のものを想像して「?」と思ってしまいますが、そうではなくて、中身が入る前のガトーバスクのことです。 

その当時のルセットは残っていないので実際にどんなものだったのかは
不明ですが、その面影を残している「小さな豚ちゃん形のガトーバスク」が
Saint Pée sur Nivelleにあるお店で売っていると言うので、いつか行きたいなぁと思っていました。 

それが数年後、トウモロコシを挽くMoulinの取材でこの街を訪れる
機会があり、ようやく願いが叶ったのです♪

b0189215_14422345.jpg店の名前は「Maison Pereuil」。
1876年創業、5代に渡って母親から娘へと引き継がれてきたお店だそうです。

5代続くというと、Marianne Hirigoyen同様に歴史もあることですし、ここのスペシャリテであるガトー バスクやサブレも現代のものとは違う、家庭で作られていた当時の味を感じさせてくれるに違いないと
期待も高まります♪

b0189215_14442813.jpgお店へ入るとオーナーと思しき女性(5代目のTittia)が迎えてくださいました。

さて、仔豚ちゃん形のサブレの名前はバスク語でXERIA
この文字は同じスペルで2種類の発音があり、シェリア=petit cochon(小さい豚),セリア=grand cochon(大きい豚)
意味も変わると教わってビックリ!
因みにこれ、サブレにしてはちょっと大きめですが(鼻からお尻までで18cm)仔豚ちゃんを象っているそうなので「シェリア」ということなりますね^^


サブレと同形の真っ赤な仔豚を貼りつけた缶に入っているところがカワイイのです~。

小さなサクランボ入りのガトーバスクとサブレを1枚買ったら、残り生地を利用して作ったサブレ(大きく焼いて適当な
大きさに割った感じのもの)をおまけにくれました。(こういうところも家庭的な感じでまた素敵!)
b0189215_14472373.jpgb0189215_14481434.jpgb0189215_144934.jpg
ここのガトーバスクは、訪れるちょうど2週間前にカンボ レ バンで行われたガトーバスクのコンクールに
入賞したとか。

またいつかお話を聞きに訪ねてみたいナ~。

2014年10月からは5代目Tittiaの従弟であるEmmanuel Yanci氏が6代目として店を引き継いでいます。



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by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-23 15:06 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(8)

「Marianne Hirigoyenのガトー バスク」

ガトー バスク博物館のマリシュラール氏に教わった店「Pâtisserie Ingres-Echeverria」。
初めてガトー バスクを商品として販売し始めたMarianne Hirigoyenのルセットを継承している
唯一のお店です。

この店があるのはCambo-les-Bains ;カンボ レ バン。
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↑ 駅から中心地まで歩く

b0189215_1451117.jpg古くは温泉を意味を意味していたles-Bainsという地名が
示すように温泉地で、現在でも温泉施設が残されている他、
マルセイユ出身の劇作家で「シラノ・ド・ベルジュラック」を書いたEdmond Rostand ; エドモン・ロスタンの別荘villa Arnagaがあることでも有名な街。
ここへはバイヨンヌからバスと電車が通っていますが、季節によっては無人駅となっていることもあるのでご注意を。
タクシーも無く、中心地は駅から少し遠い丘の上にあるので、荷物が重いと歩くのはちょっと大変!





 ← 駅から畑の横を通り、橋を渡って上の町までテクテク♪

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1999年にもこの町へ来ましたが、
その当時はこの店のことは知らず、
サクランボ農家を取材した際お土産に
頂いたガトー バスクは同じ町にある別のお店のものでした。

2000年にガトー バスク博物館を訪ねた際は、時間が無くて帰りがけに店の前を通ってもらうことしかできず、念願かなって訪問できたのは2003年のこと。


→ 当日、店前にある広場の気持ちよさそうな木陰では古書市が…


現在のオーナーはJean-Michel Echeverria氏。
彼の父がAnneとElisabethの姉妹からルセットを引き継いだAlbert Ingres氏の店に1948年から働き始め、
1950年にIngres氏から店とルセットを買い取ったそうです。

「Soeurs Biskotx」とあだ名されたDibar姉妹の姉Anne Dibarが
「地元のIngresというパティシエにルセットを伝えた」
ということなので、現在のPâtisserie Ingres-EcheverriaはIngresの店があった場所と同じではありますが、
Marianne Hirigoyenの店があった場所とは違うことが分かります。

Jean-Michelはまだまだ若い青年で、菓子の歴史については詳しく知らず(あまり興味がない様子)、
クレーム パティシエール入りのガトー バスクの方がサクランボ入りよりも古いと思っていたようで…
(クリーム入りが作られるようになったのは19世紀末から)
彼の父親は既に退職している為、色々な話を聞けなかったことが非常に残念でなりません。

b0189215_15105416.jpg店はクラッシックな作りで、店内には広めの喫茶スペースがあり、母親がお店を担当していました。

外から見えるスペースにはスペシャリテの
ガトー バスク。ショーケースには彼が修業したバスクにある有名店にあるような今どきのお菓子も並んでいます。



← Jean-Michelさんと
お菓子を持つ彼のお母さん



ひと通り話し終わると地下にあるラボへ行き、作り方を見せていただきました。
「ガトー バスクのスペシャリスト」と紹介されたJean-Claude Lazcanoさん。
この当時59歳で「もうすぐ引退する」と言っていたので、きっともういらっしゃいませんね。

使う生地はPâte sabléeに似た(でも違う)もので、大量に仕込んでありました。
b0189215_15305055.jpgb0189215_15313989.jpgb0189215_15321873.jpg
これを適当な大きさ切り取って手早く円形に伸ばし、タルト型に敷きこみます。
ブリブリッと固めに煮たcrème pâtissièreをコルネですくって詰め、同様に丸く伸ばした生地で蓋をする。
b0189215_15425069.jpgb0189215_1544760.jpgb0189215_1545868.jpg
卵でドレし、小さめの抜き型で三日月形に抜いた生地を4枚並べてローブリュー形に並べてとアッと言う間に完成。
後は200~220℃のオーブンで焼くだけです。1日に30個程作るとか。

crème pâtissièreを入れたものも意外に日持ちが良くて(合計2度火を通している為)常温で3日間保存可能です。


b0189215_1553242.jpgさて「Marianne Hirigoyenの店はどこにあったのでしょうか?」
この菓子のスペシャリストで歴史家のMarcel Douyrou氏の記事によれば、Marianneの時代Xerri Karrika地区に彼女は小さな店を持っていたことが分かっているといいます。
この地区が現在同じ名前の通りがあるあたりだとするとPâtisserie Ingres-Echeverriaのある場所とは違うことが
分かります。
またDibar姉妹は30年間「ガトー バスクを入れた籠を持ってrue des Terrassesのmaison Gasteluberriaという店へ通う姿が見られた」ということなので、彼女たちもこの付近に店は持っていなかったことが伺えます。


→ 焼きあがったガトー バスクが沢山♪

Marianneの店が映っているポストカードがあるので、実際に行ってみれば正確な場所は分かるかもしれません。
いつかMarcel Douyrou氏にお会いできるといいんだけどなぁ!



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by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-17 16:12 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(4)

Gâteau Basque; ガトー バスク 博物館とその歴史

b0189215_22155189.jpg初めてバスクの地を訪れ、この菓子に出会ったのは
1991年、ボルドー第3大学でフランス語の夏期講習を受けていた頃、週末を利用してバイヨンヌとビアリッツへ行った時の
ことでした。
クレーム・パティシエール入りとサクランボ入りの小さいサイズ、そしてお土産用に両方が入った大きいサイズ購入。
生地がホロホロと柔らかくて口溶けが良く、素朴な味でとても美味しいものでした。

← 初めて買った記念すべき(?)ガトー バスク

それ以来、バスクはお気に入りの地となり何度となく訪れています。
バスク地方独自の文化はとても興味深く、チョコレートやトウモロコシ、トウガラシ、シードル等、スペイン経由で
フランスへ最初に導入された地でもあります。

「ガトー バスク博物館」へ行く

b0189215_221932100.jpgガトーバスクのことを調べている時に行きたかった所、
それは多くの人にこの菓子を広めたいとBixente Marichular 氏が1998年に始めたMusée du Gâteau Basqueでした。
マリシュラー氏は地元で菓子作りを始めた後、パティシエとしてニューヨーク等世界を回ったという経歴の持ち主で、1992年にカリフォルニアから帰国したのだそう。

バスクを訪れる度に何度もトライしたのですが、
団体客の予約が入っていないと見学は出来ないとのことで、なかなか訪問まで至らず…。

やっと行けたのは2000年6月のこと。
伝統的なガトーバスクにはItxassouで収穫されるCerises noiresが使われることから、サクランボの栽培農家を
訪ねた際、親切にもわざわざ車で連れて行ってくださったのでした。
(Cerises noires d'Itxassouについて知りたい方はこちらへ)

博物館があるのはSareという町。
St Jean de Luzからバスが出ていますが、Sareの町中から遠いので歩いて行くのは無理。
(Itxassouからは22km離れています)

博物館は昔の建物の使える部分を集めて、バスク調に再構築した建物。
デモスペースの横には売店と昔の農作業に使われた道具等が展示されています。

ここではgâteau basque aux cerises noiresとà la crème pâtissière2種類の作り方を
ざっとデモンストレーションしながら、歴史などについて話をしてくださいます。
b0189215_2231785.jpgb0189215_2232959.jpgb0189215_2232526.jpg
↑ 生地をうすくのばし型に合わせて丸く抜く。生地を型に一枚入れ、中身を入れて生地を重ね、周りを押さえる。

b0189215_22361523.jpgb0189215_22371299.jpgb0189215_22424946.jpg
↑ 表面を溶き卵でドレする。サクランボのコンフィチュールを入れた方には生地を棒状に伸ばしてたものでローブリューを象り、ドレする。クリームの方はフォークで格子状の筋を入れる。180度のオーブンで焼く。

デモの途中には焼いていない生地の試食も回ってきます。(粒の大きめな砂糖;sucre cristaliséを使っていますが、
その歯ごたえを感じます。そして意外にも生の生地は美味しい♪)
もちろん最後には焼きあがった2種類のガトーバスクも試食しますよ~。


「ガトー バスク」の歴史

b0189215_22523944.jpgこの時は時間がなくてデモを見ただけでしたが、2度目にここを訪れた2005年にはようやくじっくり話をお聞きすることが出来ました。

マリシュラール氏によれと、後にガトーバスクと呼ばれるようになる
この菓子の起源は17世紀に遡るのだそう。
元々はサクランボ等のガルニチュールは入っておらず、生地はトウモロコシ粉とラードが使われ、しばしば小さな豚の形に成形されていました(残念ながらこの当時のルセットは残っていません)。

17世紀中頃には中にコンフィチュールなどに加工していないその季節に採れる生のフルーツを入れるようになり、
17世紀末になると蜂蜜でコンフィしたものも使われるようになりました。
このお菓子はバスク語で“Biskotxak”と呼ばれ、バスク地方を訪れる旅行者に知られるようになります。


さて、現在みられるようなGâteau Basqueの起源は、
湯治場として知られ、多くの湯治客が訪れる町Cambo-les-Bains; カンボ レ バンにあります。

Marianne HirigoyenがBernard Dassanceと結婚した1832年、彼女はカンボに小さな菓子店を出します。
それまでそれぞれの家庭で代々伝えられていたお菓子を(おそらく旅行者向けに)売りだしたのです。
働き者のMarianneは毎週木曜日、自ら作った菓子の大きなかごをバイヨンヌへ売りに行っていました。
この当時「Gâteau de Cambo; ガトー ドゥ カンボ」と呼ばれていたものが、後に「Gâteau basque;ガトー バスク」へと変わっていったのです。

彼女は晩年(1871年にPierre Dibarと結婚した) 娘のMarieに助けられながら半世紀にわたって店を続けました。

b0189215_2314514.jpg20世紀初頭にはMarie Dibarの娘(つまりMarianneの孫)
AnneとElisabeth、二人の姉妹がルセットを受け継ぎます。
彼女たちは 住人たちから“Soeurs Biskotx”と呼ばれていました。

彼女たちには後継者がいなかった為Albert Ingresというパティシエにルセットを譲り、その後はこの店で働いていたEcheverriaが
1950年、店とルセットを買い取り、Ingres-Echeverriaという店名でMarianneのガトーバスクが作り続けられています。

→ Pâtisserie Ingres-Echeverria


Le Musée du Gâteau Basque
Maison Haranea  Quartier Lehenbiscay  64310 SARE




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by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-12 23:29 | ②Aquitaine | Trackback | Comments(4)

le Cacou; ル・カクー

サクランボは果物の中でも特に好きなものの1つ。
フランスへ行くのはこの季節ばかり選んでいた時期もあったほどです。

今では流通に適した、限られた品種が多く販売されていますが、各産地へ行けば地元だけで消費されている品種にも出会うことができます。
サクランボに限らず、お菓子に使われる果物はそのような地元で栽培される品種が使われていました。
ですから、お菓子の故郷を訪ねて地元でしか出会えない品種を探して食べることも私にはとても大切なことで楽しみの1つでもあります。

さてこのCacou、見た目はリムーザン地方のスペシャリテであるクラフティとあまり変わりませんが、
ブルゴーニュ地方Paray le Monial; パレ・ル・モニアルという町のお菓子です。
クラフティ同様 種付きのブラックチェリー入り。

b0189215_15243651.jpgParay le Monialには立派なbasilique du Sacré-Cœur; サクレクール大聖堂がある他、
17世紀にmonastère de la Visitationの修道女Marguerite-Marie Alacoque (1647-1690;で後に聖列に加えられ、sainte Marguerite-Marie;
聖マルグリット・マリーとなる)のもとにキリストが現れたこともあり、先のローマ法王ヨハネ・パウロ2世も訪れたという巡礼の地でもあります。


Cacouにはguigne*と呼ばれる系統の地元の品種が使われていたそうで、今ではもうほとんど見られなくなったと言います。

b0189215_15305911.jpg
*フランスでは
cerises douces(Prunus avium) ;甘果桜桃と
cerises acides (Prunus cerasus) ;酸果桜桃の
2つに分けられ、
前者は主にmerise,guigne,bigarreauの3つに分けられます。
 


1972年、この菓子を守り受け継ぐという目的でConfrérie des Francs-Cacous;コンフレリー・デ・フランカクーが
作られ、年に1度、Pentecôte ;聖霊降臨の主日(復活祭後7度目の日曜日)から2週間後の土曜日に
chapitre publique (お祭りのようなもの)が行われています。


b0189215_15341623.jpg私がこのお菓子を求めてこの町を訪ねたのは2003年。
このchapitreが行われる1週間ほど前の
ことでしたが、ここの会員となっているCharles Pubill氏の店に、会長さんはじめ
コンフレリーの方々が集まって、
Cacouを食べながらお話をお聞きする集まりを開いてくださいました。
合わせるのは白ワインのMâcon Viré。

「その昔Jean-MarieCACOUが考案した…」という伝説も残っていますが、本当の起源は残念ながらよく分からないようです。


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by Ethno-PATISSERIE | 2010-06-05 15:59 | ⑤Bourgogne | Trackback | Comments(7)

La Croquande ;クロカンド

b0189215_12171556.jpgb0189215_12154525.jpg「Le Soleil de Marcillac」にとっても
良く似たお菓子が同じRodez県Villefranche de Rouergue;ヴィルフランシュ・ドゥ・ルエルグという町にあります。
名前は「Croquande ;クロカンド 」。
形も材料も同じです。


→ Aveyron川のほとりにある古い町並みが保存された素敵な街

b0189215_11353796.jpgこの町を訪れた時、最初に目にしたお店のクロカンドが非常に薄いもので、いかにも「Croquant ;クロカン=カリカリっとした」ものだったので、厚さの違うところがポイント?とも思いましたが別の店にはもっと厚みのある、ソレイユと同じものがあった為そうでもないようです。
b0189215_11385516.jpg
ソレイユが作り手によって様々なタイプがあったのと同様にクロカンドも色々なタイプがあるということなのでしょう。
こちらのクロカンドの上にはアーモンドではなくて胡桃が散らしてあり、ソレイユがかつて胡桃を散らしていたといことを想起させてくれます。

b0189215_11553196.jpgb0189215_11565824.jpgこの辺りはgâteaux à la brocheもスペシャリテとして売られているのですが、実際に製造している店はなく、販売のみでした。訪れる直前に行われた町のお祭りでは実演販売されたと聞きました。残念!


← 町で見つけたgâteaux à la broche

木曜日午前中に行われる青空市には新鮮な野菜やスペシャリテであるfouaceéchaudésといったお菓子にFarçous*の実演販売もあってとってもにぎやか。
b0189215_128191.jpgb0189215_1293444.jpgb0189215_12111640.jpg
↑ 片付け始めたマルシェ/ échaudés等のスペシャリテが色々並んでいます/ Farçous焼きたての熱々が食べられるので大人気!


*Farçousは固くなったパン、Blettes等の葉っぱ、ニンニク、ベーコンを併せてガレット状に焼いたもの。
市場では軽食として販売されていましたが、これにサラダと1杯のワイン(勿論マルシヤック!)があれば立派な食事になります。



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お菓子屋さん
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by Ethno-PATISSERIE | 2009-09-12 12:36 | ⑯Midi-Pyrenees | Trackback | Comments(4)

Le Soleil de Marcillac ;ソレイユ・ドゥ・マルシヤック

Marcillac-Vallonはフランス南部、Midi-Pyrénées地方Aveyron県にある町で、県都であるRodez(ロデズ、patois;俚言ではRodès;ロデスと発音)の北西に位置しています。
Vallonが小さな谷を意味することから分かるように小さな渓谷となっており、斜面を利用してブドウ(95%がMansois;マンソワの地元名を持つ品種Fer Servadou)が植えられ、AOC Marcillac(1990年~赤・ロゼ)が造られています。

この町で作られているお菓子のスペシャリテがSoleil de Marcillac ;ソレイユ・ドゥ・マルシヤック
(同じ谷内にある別の町でもそれぞれにSoleilが作られています)
「Soleil」はフランス語で「太陽」を意味し、和訳すると「マルシヤックの太陽」という名前になります。
円形で、まわりにあるギザギザが太陽光線を表しているのだそう。
オレンジフラワーウオーターで香り付けし、上にはアーモンドとあられ糖が振ってある素朴な焼き菓子。
(ナッツはホールのノワゼットが使われることもありますが、元々は地元で採れる胡桃が使われていたそうで
注文すれば胡桃に代えてくれる店もあります)

b0189215_16235461.jpgいつからあるのか?どうしてこの形なのか?などは残念ながら全く分かっていません。1940年以前からパン屋がパンの焼成後、他のfouace;フアスやタルトと一緒にこれを焼いていて、それは現在のものとほとんど同じものであったことが分かっている程度。

この地を訪れたのは2002年7月のことでした。ヴァカンスシーズンも始まり、この辺りにも多くのヴァカンス客がいて、かつて塩が地中海から馬で運ばれていたのを再現するイヴェント等も行われていました。
夏でもこの辺りは交通の便が悪くタクシーでの移動を覚悟していましたが、車で移動するヴァカンス客のお陰で2回も目的地まで送ってもらうことが出来ました。
マルシヤックへもそのおかげで無事到着!
                            
↑ 近くにあるSalles-la-Sourceの滝


この町のパン屋さんMichel Estève氏に取材をお願いしたのですが、この方は既に引退していた為
Michel Varin氏がソレイユの成形法を実演してくださいました。

作り手によって違いますが基本的な作り方はこんな感じ。
b0189215_16135853.jpgb0189215_16144375.jpgb0189215_16162486.jpg
・小麦粉、砂糖、卵、バター、塩、オレンジフラワーウオーターで生地を作り、寝かせる。
・丸く平らに伸ばして周囲に切込みを入れて2本1組でクロスする。
・真ん中に十字の切込みを入れて折り返し、表面を卵でドレし、アーモンドスライスとあられ糖を散らす。
・200度のオーブンで焼く。

b0189215_16211067.jpgb0189215_16545837.jpg途中Estève氏と地元紙の記者が来て逆取材。
その後、場所を移し観光局や町の方々が集まってこの付近で作られている3種類のソレイユと冷えたマルシヤック・ロゼで歓迎してくださいました。



↓ 左からThierry Rossi(Marcillac), Azaïs(Marcillac), Boyer(St Christophe-Vallon)
b0189215_16363116.jpgb0189215_16391237.jpgb0189215_16404483.jpg

このように町ではお客さんが来るとこの2つで迎える習慣があるそうです。
また結婚式の祝杯に添えられたり、家族や仲間同士でカフェを飲む時1切れ買って一緒に食べるという習慣もありましたが、現在ではそれも廃れつつあるのだとか。
今でも変わらず続いている習慣は、毎年lundi de Pentecôteの日(聖霊降臨祭の月曜日)に行われるMarcillacのブドウ栽培者のお祭り「La Saint-Bourrou」のミサでは必ずソレイユとマンソワ(マルシヤックのワイン)で終ること。

Saint-Bourrouはマルシヤックのブドウ農家の聖人。Bourgeon(ラングドック語でBourrou) de la vigne;ブドウの新芽に由来する聖人です。冬の間枯れ枝のようだった枝が無事に新芽を出し、沢山実がなることを願うもので、それに太陽の形をしたお菓子を組み合わせるというのはとても自然な感じがします。
「このお祭りの為に作られたお菓子」というのは間違いないようですね。
(Aveyron県ではこの近くにvins d’Estaing,vins d’Entraygues、また東部にCôtes de Millauがありますが
いずれもVDQS。AOCはMarcillacのみ)


おまけのFour Communal
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by Ethno-PATISSERIE | 2009-09-06 17:10 | ⑯Midi-Pyrenees | Trackback | Comments(4)

Les Madeleines de Proust (Illiers-Combray)

マドレーヌは様々な研究テーマの中でも特に愛着を感じるお菓子。
ぷっくりしたおへそのある貝殻の形がなんとも愛おしく、いつどこで誰がこの形で焼き始めたのか?
なぞに満ちた、研究心をくすぐるお菓子です。

日本ではお菓子屋さんに必ずあるアイテムで1つずつ包装されて販売されていますが
フランスではお菓子屋さんというより、大きな袋入りのものをスーパー等で買うイメージ。
また、マドレーヌをスペシャリテにしている町もいくつかあります。

Marcel Proust(1871-1922);マルセル・プルーストの本に出てくるマドレーヌのお話は、
実際に本を読んだことが無い人でも耳にしたことがあるのではないでしょうか。
(お気付きの通り、ブログのタイトルはプルーストの「A la recherche du temps perdu;
失われた時を求めて」をもじったものです笑)

b0189215_18504142.jpg私が最初にIlliers-Combrayを訪れたのは1991年9月のこと。
2度目の留学の時、RouenにあるINBPという国立製菓・製パン学校へ入る前、
フランス各地を転々と移動しながら語学学校に通っている時でした。

元はIlliersという名前でしたが、プルーストがCombrayという架空の名前で小説を書いたことで有名になり、1971年、プルースト生誕100年を記念してIlliers-Combrayに改名されています。
実際この町は父の生まれ故郷。
マルセルが小さい頃、この町にある叔母Elisabeth Amiotの家でヴァカンスを過ごしたのだとか。

b0189215_21245784.jpg本に出てくるMaison de Tante Léonie;レオニ叔母さんの家はプルースト博物館になっていて見学可能。(写真→)2階にある叔母さんの寝室にはマドレーヌが置いてあり、まるで物語の世界に入り込んだよう。
「ここで紅茶(或いは菩提樹のハーブティ)にマドレーヌをひとかけら浸し、スプーンですくって…」とまるで今小説の中にいるかよう…。


b0189215_185486.jpgこの近くに「レオニ叔母さんがマドレーヌを買っていた」という看板を掲げるというお菓子屋さんがあって、袋入りのマドレーヌを買うことが出来ます。

こちらは最初に訪れた時のお菓子屋さんとマドレーヌb0189215_17233662.jpgb0189215_1715269.jpg

b0189215_1826113.jpg2度目に訪れたのは2006年10月
車でノルマンディーへ行く途中、またマドレーヌを買いたくて。
お店が全く変っていなかったことはビックリと同時に嬉しいものでした。
(でも前には無かった箱入りが登場…。とはいえ所有者のChristian Védieさんは代わらずそのまま !)
こちらは2回目に訪れた時。↑上と全く同じでしょ?(笑)
b0189215_17242082.jpgb0189215_2129782.jpg

b0189215_18221182.jpgここのマドレーヌの特徴は丸っこい形。
一般的なものは細長いものですが、より帆立貝に近いこの形が私のお気に入り。

マドレーヌがスペシャリテになっている町はスペインのサンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼道沿いにあると言われ、巡礼の印で器としても使われていたという帆立貝とマドレーヌを結びつけて考えられています。
この町にある教会の名前はEglise Saint Jacques;サン・ジャック教会。
やはりこの町も巡礼道上にあったのでした。

さて、小説の主人公が紅茶に浸したマドレーヌを口にして、幼少期の出来事を思い出したように、
味覚や嗅覚からふと過去の記憶が蘇ることを「プルースト現象」等と呼ばれますが、
私にとって薪で燻された香りがそれにあたり、両親の実家で過ごした夏休みのことが鮮明に蘇ってきます。

あなたにとって「プルーストのマドレーヌ」は何ですか?



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by Ethno-PATISSERIE | 2009-06-03 21:52 | ⑦Centre | Trackback | Comments(2)