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Massepains de Reims;マスパン・ドゥ・ランス

以前からたびたび書いているMassepain ;マスパンという名前の付いた3タイプのお菓子。
アーモンド+フルーツの「カリソン」タイプ  
Massepain d’Issoudun ;マスパン・ディッスーダン 
アーモンドベースの素朴な「マカロン」タイプ   
Biscuits de Montbozon ;ビスキュイ・ドゥ・モンボゾン
Massepains de Saint-Léonard de Noblat ;マスパン・ドゥ・サンレオナール・ドゥ・ノブラ
ビスキュイタイプ(アーモンドは入っていない)  
Massepain de Montbazens ; マスパン・ドゥ・モンバザン 


今回は『「Fossier ;フォシエ」のBiscuit de Reims ; ビスキュイ・ドゥ・ランス』でちょっぴり触れたReimsのマスパン「Massepains de Reims;マスパン・ドゥ・ランス」のことを少しだけ…。
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この町のマスパンはアーモンド・砂糖・卵白で作られるマカロンタイプで、真ん中におへそのような凹みの
あるのが特徴です。
この凹みは細く丸い棒の先に砂糖をまぶし、生地の中央に押しつけることによって付けられています。
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↑ 真ん中にカワイイおへそ・・・^^♪


この町でいつ頃からマスパンが作られるようになったのかは不明ですが、
ランスの菓子屋で 1756年創業の「Maison Noël-Houzeau ;ノエル・ウゾー」では、創業時から 既に
Pains d’épice ;パン・デピス」や「Biscuits de Reims ;ビスキュイ・ドゥ・ランス」などと共に
Massepains de Reims ;マスパン・ドゥ・ランス」が作られていました。

この3つのお菓子は18世紀以降、ランスで行われる戴冠式の際に王への贈り物とされていました。
また19世紀末にはパリの高級食料品店でも販売されており、
1911年ミシュランガイドでも「マスパンはランスのスペシャリテ」と紹介されるほど有名なお菓子だったのですが、現在、マスパンがランスのスペシャリテであることを知る人はあまりいないようです。

1950年代、これを作るビスキュイトリーは15軒ありましたが、
今日ではただ一軒、「Fossier ; フォシエ」で製造販売されているのみとなっているので、
それも仕方が無いのかもしれませんね。


ノエル・ウゾーを引き継いだフォシエは、現在ランスに残る最後のビスキュイトリーです。
大きな工場ではありますが、1997年Charles de Fougeroux;シャルル・ドゥ・フージュルー氏によって
買い取られた後、製造されなくなっていたパン・デピスとマスパンの製造を再開。

ランスのスペシャリテを復活させ、そのままの形で作り続けて下さるおかげで、現在我々も食べることが
出来るわけなののですから、喜ばしい限りですね^^

シャンパーニュと共にこの3種類のお菓子を食べれば、しばし王侯貴族の気分に浸れること間違いなし!?



※※※




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by Ethno-PATISSERIE | 2013-06-02 23:15 | ⑧Champagne-Ardenne | Trackback | Comments(2)

「Massepain d’Issoudun ;マスパン・ディッスーダン」

以前にも書きましたが、Massepain ;マスパンという名前の付いたお菓子は、次の3タイプに分けることが出来ます。
・アーモンド+フルーツの「カリソン」タイプ
・アーモンドベースの素朴な「マカロン」タイプ
・ビスキュイタイプ(アーモンドは入っていない)



この町のマスパンはカリソンタイプ。

この菓子の生まれたIssoudun;イスーダンは、フランス中部に位置するCentre地域圏、Indre;アンドル県にある町。
スぺインのサンチャゴデコンポステラへ向かう巡礼路上にあり、
19世紀末からはBasilique Notre-Dame du Sacré-Coeur(ノートルダム・デュ・サクレクール寺院)の聖母マリアへの巡礼も行われています。

他のマスパンやマカロン同様これもまた地元の聖ウルスラ会修道女によって作られたもので、
フランス革命後の1790年、彼女たちはrue Porte Neuve (現在のrue Danièle-Casanova)に店を出し
販売を始めました。
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                   ↑ rue Porte Neuveを撮影したポストカード。ココから借用


このパティスリーの最後の所有者はDujardinという人物。
ルセットは秘密にされたまま1960年まで作り続けられ、Jacques Guyard ;ジャック・ギヤール氏が再び製造し始める
までの30年間廃れた状態だったと言います。
* 元はBourgesのベネディクト会修道女たちの作っていたルセットが聖ウルスラ会修道女へ伝えられたと言う説もある。サン・ローラン・ベネディクト会修道女たちはブルジュのマルシェで自分たちの作ったお菓子を販売しており、使われた型や道具が残っている。

この菓子はフランス中に知られるほど有名で、ロシア宮廷やバチカンへも送られていました。
* ナポレオン(1769-1821)やローマ教皇ピオ9世(1792-1878)も好物だったとか。


作家Honoré de Balzac ; オノレ・ド・バルザック(1799-1850年) は、その名声に一役買った一人。
バルザックは1823年から1830年の間Issoudun ;イスーダンをしばしば訪れ
友人のZulma Carraudの家に滞在しています。
この時Auberge de la Mère Cognet ;オーベルジュ・ドゥ・ラ・メール・コニエへも赴いて
コーヒーと共にこのマスパンを好んで食べていました。
彼の小説「La Rabouilleuse ;ラ・ラブイユーズ(1842)」の舞台はイスーダン。
バルザックはこの中でMassepain d’Issoudun ;マスパン・ディッスーダン
フランスのコンフィズリーで最も偉大な発明の1つである
と紹介し、このオーベルジュについても詳しく描写されています。
* 大きなお屋敷の元馬丁だったCognet氏と、元ブルジョワ家庭の料理女だった賢くて料理上手の妻が切り盛りする
このオーベルジュは非常に人気があった。現在でもRestaurant La Cognette ;ラ・コニェットの名前で存在している。


バルザックのラ・ラブイユーズが後押しとなり、出版から2年後の1844年3月には
ある菓子屋によってパリの39 bis rue Vivienneにマスパン・ディッスーダンを販売する店が開店したほどの
大人気となっています。


私がIssoudun ;イスーダンを訪れたのは2004年6月のこと。
Jacques Guyard ;ジャック・ギヤール氏によって1989年に創立された
マスパン・ディッスーダンの製造販売会社Benuxの工房を見学させて頂きました。
* 残念ながらこの工房は現在無くなってしまったようです。
この記事を書く前に問い合わせた返事が今日(6/26)届きました。現在でも少量ながら製造を続けているそうです。webはこちら

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                                 ↑ 工房の一部

購入したマスパンの箱には原材料として
アーモンド、砂糖、レモン、セドラ、卵白、転化糖、オレンジ花水」と書かれています。
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                             ↑ 購入したマスパンのパッケージ

ジョルジュ・サンドのひ孫の妻、Christiane Sandが出版した「A la table de George Sand(1993)」
には、Lisa Sand(ジョルジュ・サンドの息子の妻)が書き遺したMassepain d’Issoudun;マスパン・ディッスーダン
のルセット(Ulric Richard Desaix (1838-1924)のルセット)が掲載されています。

材料は「アーモンド、砂糖、ライムのゼスト、セドラコンフィ、卵白」。
焼いた生地の表面に、バニラ或いはオレンジ花水で香り付けしたグラスロワイヤルを薄く上掛けします。

ギヤール氏がどこからルセットを手に入れたのかは分かりませんが、このルセットからみても
当時からのルセットとほぼ同じものなのだろうと想像できます。

Benuxが無くなってしまったので、現在マスパンの販売はどうなっているのか観光局に問い合わせてみたところ
マスパンはラ・コニェットで販売されています」とのお返事を頂きました。
Benuxとラ・コニェットのマスパンが同じものなのかは不明ですが、取りあえずは販売されていることが分かって
ちょっぴりホッとしました^^
* こちらの映像ではラ・コニェットのシェフ、ジャン・ジャック・ドミー氏がデザートとして柔らかくアレンジした
マスパンの作り方を見ることが出来る。




                                   ※※※


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by Ethno-PATISSERIE | 2012-05-18 21:42 | ⑦Centre | Trackback | Comments(4)

マリー・アントワネットも食べた(?)「Biscuits de Montbozon ;ビスキュイ・ドゥ・モンボゾン」

Franche-Comté ;フランシュ・コンテ地方 Haute-Saône ;オート・ソーヌ県にある
人口500人余りの小さな町 Montbozon ;モンボゾン

鉄道も通っておらず、バスさえも週に数本しかないこの町で
Biscuits de Montbozon ;ビスキュイ・ドゥ・モンボゾン」は作られています。
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↑ 箱のラベルには「Le rois des desserts et le dessert des rois(デザートの王様、王様のデザート)」の文字が・・・

この菓子の存在を知るきっかけは、研究テーマにしているお菓子の1つMassepains;マスパンでした。
たまたま目にした本の中に「Biscuits de Montbozon、別名 Massepain」と書かれていたので、
それほど遠くないFavernay ;ファヴェルネにあるフェーヴ会社Primeへの取材時に訪れました。
(訪問日2006,10,17)


言い伝えによるとこのビスキュイは、その昔フランス革命によってルイ16世がこの世を去った後、
宮廷パティシエだったGuichard ;ギシャールという人物がモンボゾンへ逃れてきたことに始まります。
彼はHôtel de la Croix d’Or ;オテル・ドゥ・ラ・クロワ・ドールというホテルで余生を過ごし、
そして、隣人であり日用品やお菓子を売る店の所有者であったMademoiselle Prudhon ;プリュドンさんに
このビスキュイのルセットを教えたのだとか。
(L’inventaire de patrimoine culinaire de la France ;Franche-Comté ;1993による)
* このホテルの所有者がLanternier ;ランテルニエ家で、彼が直接この一家にルセットを教えたとする説もある。
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↑ お店に飾ってあった写真や文書(絵葉書?)にはLanternier-Prudhonの名前も見られる

彼女はこのビスキュイを販売、その後そのルセットはCaney氏に引き継がれます。
* このビスキュイはCaney氏によって1857年商標登録されている。


Caney氏の死後、この一族は2つの家系に分かれ、その両方それぞれがビスキュイの製造を続けた為、
工房が2つとなりました。

その一方は婚姻によりランテルニエ家によってルセットは引き継がれ、次いで第一次世界大戦前に
現在の所有者Frédérique Ventron-Cuseniers ;フレデリック・ヴァントロン・キュズニエさんの
祖父Jules Ventron ;ジュール・ヴァントロン氏へと引き継がれました。
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↑ フレデリックさん。後ろには木箱入、紙箱入、ビニル袋入のビスキュイが・・・


フレデリックさんは1994年、彼女の父が退職するのを機に店を継いでいます。
そして2006年、段差もあって働き辛かったという以前工房&店から600m程の所へ近代的な工房と販売所を
作り移転しました。
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↑ こちらは新しい工房&店舗


* もう一方のJeannerot-Hostalの工房は第二次世界大戦後に閉められましたが、
モンボゾン出身のBoisson氏がルセットを取得し、Favernay ;ファヴェルネで製造販売をしていましたが
ここを訪れた際には既に店を閉めた後でした。

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↑ 旧工房&店舗
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↑ お店に飾ってあった写真。左から3人目の白衣を着た人がフレデリックさんの祖父ジュールさん、左の男の子が父親


さて、肝心のビスキュイの方はと言うと…

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材料は砂糖、小麦粉、卵、転化糖、ベーキングパウダー、香料。
生地を長径6cm程の楕円形に絞り出したものに粉砂糖を振りかけて焼き、2枚1組にくっつけてあります。
生地を絞り出した後、粉砂糖を振って焼いてあるので表面はカリッとしていますが、中は柔らかくて口溶けもよく、コントラストが良い感じ。
何で香りを付けているかは企業秘密とのことですが、私には強いベルガモットの香りとオレンジフラワー
ウオーターの香りを感じました。
* こちらの動画では、訪問時には「見せられません」と言われた工房の中が紹介されています♪

透明な袋に入れて簡単にシールされているだけなのに、日持ちは2カ月。
時間がたってもカリッとした表面と内側の柔らかさは変わらないのに驚きでした!

ベルガモットがフランス(ナンシー)に入ってきたのは1750年のことで、その使用は王族や貴族に限られていたそうな。
スタニスラス・レクチンスキーのシェフ・キュイジニエGilliers ;ジリエ
ベルガモット風味のSucre d’orge ;シュクル・ドルジュを作っていたことから見ても
ルイ16世やマリー・アントワネットがベルガモット風味のビスキュイを食べていた」というのは
ちっとも不思議ではありませんね♪


そして、当初の目的であったマスパンの方は・・・
ビスキュイの別名と言う訳ではなく、別に販売されていました(ここのはマカロン系)。
両方とも古くからあるスペシャリテだったのですね。
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↑ これがマスパン。丸くドロップ状に絞り出してある




※※※


* これはmixiで(2007,04,01)upしたものに加筆したものです。

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by Ethno-PATISSERIE | 2012-04-26 20:16 | ⑩Franche-Comte | Trackback | Comments(2)

Massepain de Montbazens ; マスパン・ドゥ・モンバザン

以前「Massepains de Saint-Léonard de Noblat; マスパン・ドゥ・サンレオナール・ドゥ・ノブラ」をご紹介した際に「マスパンという名前の付いたお菓子は、(↓のように)大きく3タイプに分けることが出来る」と書きました。
・アーモンド+フルーツの「カリソン」タイプ
・アーモンドベースの素朴な「マカロン」タイプ
・ビスキュイタイプ(アーモンドは入っていない)



今回はビスキュイ系マスパンです。

Le Massepain de Montbazens ;マスパン・ドゥ・モンバザン
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これはAveyron県(Midi-Pyrénées地方)にあるMontbazens ; モンバザンと言う町のスペシャリテです。
(周辺地域でも作られています)
「卵、砂糖、小麦粉(&バニラ)」で作られる、シンプルでとても軽いお菓子。
紙を敷いた型に生地を入れ、表面に砂糖を振って焼いてあるのが特徴です。
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                    ↑ 内部はこんな感じ



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この町を訪れたのは2002年のこと。

Rodezから、この町から遠くないBelcastelまで行った帰りにタクシーで寄ってもらいました。
この町にはboulangerie-pâtisserieが2軒。
もう1軒がまだ昼休みだったので、残念ながら1種類しか買えませんでした。

たまたま歩いていたおばあさんにこの菓子について尋ねてみると
お店で買うこともあるけれど、各家に代々伝わるルセットがあるし、簡単だから今でも家で作るわよ。
crème anglaise(アングレーズソース)やsalade de fruits(フルーツサラダ)、île flottante(イル・フロッタント)を添えて食べると美味しいの。
」と教えてくれました♪

この辺りでいつ頃から作られるようになったのかは不明ですが
「19世紀、この町のある家族がとっても美味しいマスパンを作っていた」ことが知られています。
また、それまでは家で作られるお菓子だったものが1950年代からはお店でもはんばいされるようになり
この頃は「近郊の農家が材料を持参し、パン屋が製造していた」ことも分かっています。

mariage(婚礼)の際には、大きさの違うマスパンを3~5個ピラミッド状に重ね
フォンダンをかけたり、上に新郎新婦の人形を飾ってPièce montée;ピエスモンテにして供され
この伝統は今でも続いていると言います。(見てみたい!)

でも『なぜビスキュイがこの辺りで「マスパン」と呼ばれるようになったのか?』は分からずじまい。


Biscuit de Savoie ; ビスキュイ・ドゥ・サヴォアタイプの菓子は、今から3世紀程前にはフランス中に
広まっていたそうですが、マスパンと言う名前で今でも作られているのは
この「Massepain de Montbazens ; マスパン・ドゥ・モンバザン」以外には
Quercy ;ケルシー地方の「Massepain du Quercy ; マスパン・デュ・ケルシー」と
Périgord ; ペリゴール地方の「 Massepain périgourdin ; マスパン・ペリグルダン」でしょう。
* 『Quercy ;ケルシー』とはMidi-Pyrénées地方のLot ; ロット県とTarn-et-Garonneタルン・エ・ガロンヌ県に広がる地域のこと。
* 『Périgord ; ペリゴール』とはAquitaine 地方のPérigueux ; ペリグーを中心に広がる地域のこと。


お店で販売されているのはあまり見かけませんが、これらの地方のマルシェではしばしば目にすることが出来ます。
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       ↑ これはSarlat la Canéda(Dordogne県)のMarché(朝市)で見つけたマスパン♪


1933年に出版された、フランス各地の食に関するスペシャリテを紹介している
Le Trésor gastronomique de France (Curnonsky,Austin de Croze共著) 」の中には
Massepains de Périgord
Massepains de Montauban の2種類が掲載されていて
このころ既にスペシャリテとして認識されていたことが分かります。


各家庭に伝わるルセットで手作りされる、シンプルだけど個性的なマスパン。
結婚式で出されるピエスモンテのマスパン。
家族や友人たちと一緒に食べられているマスパンを想うと、思わず笑顔に…^^




※※※




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by Ethno-PATISSERIE | 2011-08-21 10:50 | ⑯Midi-Pyrenees | Trackback | Comments(4)

Massepains de Saint-Léonard de Noblat; マスパン・ドゥ・サンレオナール・ドゥ・ノブラ

地方の素朴なマカロンやマスパンに興味があるので、機会のある時に少しずつ取材しています。


フランスで「Massepains ; マスパン」というと、
お菓子の材料である「pâte d’amandes ; パート・ダマンド」を指すこともありますが、
ここでは完成されたお菓子である「マスパン」のこと。

◎マスパンという名前の付いたお菓子は、大きく3タイプに分けることが出来ます。
・アーモンド+フルーツの「カリソン」タイプ
・アーモンドベースの素朴な「マカロン」タイプ
・ビスキュイタイプ(アーモンドは入っていない)



リモージュからバスで30分程のところにあるSaint-Léonard de Noblat ; サンレオナール・ドゥ・ノブラでは、
マカロンタイプのマスパンが作られています。

以前リモージュへ訪れた際、ここへ行ってみようと試みたことがありましたが、
バスしかなく、本数も少なかったため諦めたのでした。
その後2006年5月「Confrérie des Lichonneux de Tarte Tatin」のChapitre;シャピトルに参加した際、
たまたま「Confrérie du Massepain de Saint-Léonard de Noblat ;コンフレリー・デュ・マスパン・ドゥ・
サン・レオナール・ドゥ・ノブラ」のメンバーが参加していて、お話をしたのをきっかけに、
再び行ってみようと思い立ったのでした。



町の中心にあるロマネスク様式のCollégiale;コレジアル(司祭ではなく参事会は管理する教会)は
ユネスコの世界遺産「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼路」の中に登録されています。
古い建物も多く残されていて、中世の面影を感じさせてくれます。
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コレジアル内には囚人の擁護者で、病気の家畜、産婦の守護者とされるSaint Léonard de Noblac
聖レオナルド(レオナルドゥス)の墓があり、囚人の鎖で飾られています。
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「結婚や子供を望む女性たちが鎖についている差し錠を触りに訪れる」という慣習があるのだとか。。



この町のマスパンは1899年に「Camille Petitjean;カミーユ・プティジャン」が売り出したことから始まったと言います。
(看板にはdepuis 1830と書かれていて、店の創業の方がマスパンの生まれた年よりも古かったことが分かります。
またこの看板は後にルセットを受け付いたSerge Rampnoux氏の名前が書かれています)
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元となったルセットは、食料品店を営んでいた彼のおばMme. Betouleから受け継いだもので、
彼女自身は「町に立ち寄ったスイス人修道士に教わった」と言われています。
カミーユの後は娘のジャンヌが彼女の子供、ガベル夫妻の協力でこれを作り続けたそうです。

一方『マスパンは近くにあった「アルティージュ修道院」に由来する作り方によって作られていたものである』
という話もあります。
地元の修道院で作られていたマスパンが一般に広まり、
プティジャン氏が改良して大々的に売り出したということも考えられますね。
当時は薪オーブンで焼かれていたそうですので、薪の香りが付いてさらに美味しかったでしょう^^



*******************************************************************


さて訪問当日は、町のパティシエFernand Coignac 氏とアポイントを取っていたのですが、
店へ到着すると店が閉まっていて誰もいない…(涙)。
(どうも定休日と気付かずに訪問のOKをくれたようで…^^;)

b0189215_22405817.jpg仕方が無いので、ご挨拶の手紙を出していた
「Confrérie du Massepain」のMm.Bigas宅へダメモトで
行ってみると、幸い在宅しており少しだけお話をお聞きすることが出来、さらには「Pâtisserie Caron;パティスリーカノン」のJérôme Caron氏をご紹介くださって、
幸運にも作り方を見せていただくことが出来ました。
*残念ながら現在Pâtisserie Caronは無いようです。移転したのかどうか等も不明
観光局に問い合わせたところ、閉店したとの返事がきました。
現在マスパンの製造販売をしているのはPâtisserie Coignac、Pâtisserie Colignon 、Pâtisserie Gouissemの
3店だそうです。



<作り方>
・皮をむいたスペイン産のアーモンドを粉砂糖と一緒に↓の機械にかけてすりつぶす。
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・メレンゲを加えて混ぜ合わせ、室温で寝かせる。
・卵白等を加えて生地を調整。

・オーブンシートを敷いたプラックに、絞り出し袋で生地を絞る。
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・表面に刷毛で水を塗る。
・オーブンで焼く。
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主材料はマカロン『同様アーモンド、砂糖、卵白』と単純。
材料の割合、生地を寝かせる時間や焼き方等によって仕上がりは微妙に異なり面白い。

この時は「Caron, Gouissem,Colignon, Aux Folies Gourmandes」の4種類を食べ比べです♪
b0189215_2332567.jpg ← Caron以外の3種類。左がGouissem


教会の前にあったPetitjean氏の店はそのまま残されていましたが、店は閉じられたまま。
(今はどうなっているのでしょ?)。
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b0189215_23404357.jpgPâtisserie Gouissemの看板には
「Seul détenteur de la recette Petitjean ;
プティジャンのルセットの唯一の保有者」
と書かれていましたので、
Serge Rampnoux氏からルセットを受け継いだのはこのお店。

つまり、ここのマスパンがオリジナルに一番近いということですね。




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Chapitreシャピトルとは…?&おまけ情報
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by Ethno-PATISSERIE | 2011-07-11 00:41 | ⑭Limousin | Trackback | Comments(2)