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今年はタルト・タタン120周年!

Tarte Tatin;タルト・タタン』 このお菓子のことは、皆様すでによくご存知のことと思います。

Centre-Val de Loire地域圏Loir-et-CherLamotte-Beuvron;ラモット・ブーブロンの駅前に
現在もそのまま残るHôtel Tatin;オテル・タタンで、ステファニーとカロリーヌという2人のタタン姉妹によって考案されたとされるリンゴのタルトです。

その誕生に関しては「失敗によって偶然出来た」という有名な逸話もありますが、真偽のほどは分かっていません。

この町では毎年9月にFoire au Pays de la Tarte Tatin(タルト・タタン祭り) 』が開催されており、
23回目を数える今年は914日と152日間行われる予定です。

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↑ オテル・タタンのタルト・タタン

このフェアでは、以前Confrérie des Lichonneux de Tate Tatin ;コンフレリー・デ・リショヌー・ド・タルト・タタンがコンクールや販売を行ったりしていましたが、訳あって数年前から«association des Ambassadeurs de la Tarte Tatin de Lamotte-Beuvron(ラモット・ブーブロンのタルト・タタン大使協会) »と言う名前の協会がフェアの実行委員会に協力しています。

La plus grande tarte Tatin du monde(世界一大きいタルト・タタン)ギネス記録に挑戦ということで、昨年も同じフェアで実施されましたが残念ながら成功せず、タルト・タタン120周年に花を添える為、今年再挑戦されます!
あと一か月足らずとなりますが、皆さまもどうか注目して、応援して頂ければと思います。


実は以前にも「世界一大きいタルト・タタン」は1987年にFerté-Saint-Aubinで、
その後1998年にはラモット・ブーブロンで挑戦が行われ、この時は350kgのりんごを使って、直径2.53mのタタンが作られました。
昨年と今年は500kgのりんごで直径3mのタタンに挑戦です!

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↑ 1987/09/29付けの新聞記事 ゴールデンデリシャス320kg,生地50kgと記載

さて、タルト・タタンについての詳しいことは別の機会に書きたいと思いますが、
今回はこの「
120周年」についてだけご紹介しましょう。

いつできたかについてもはっきりしていない為、この
120年というのは誕生から数えてと言うわけではなく…
では何か?というと『タルト・タタンについて新聞に掲載され、公に記録が残ってから120と言う意味。

Le Journal紙」18991218付けの一面に掲載されGabriel Hanotaux氏の記事の中で
l
a tarte de Melle Tatin』の文字が見られます。
そこで協会や町ではこの年をタルト・タタンが公けに広く知られるようになった年と考え、
今年を120年の記念の年としているのです。
*ただしコンフレリーは1998年に100周年記念を祝っている。その根拠は不明。

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↑ Le Journal紙の記事


ということで、日本でも今年はタルト・タタンのお祝いをしたいなぁ~と密かに思っています♪


現地と同じ伝統的な作り方でタルト・タタンを作られているパティシエの皆さま、そして愛好家の皆さま、
120周年のお祝いも込めて、どうかぜひお作り下さい!



※※※






# by Ethno-PATISSERIE | 2019-08-17 21:14 | ⑦Centre | Comments(2)

パン粥を焼いたお菓子? Bettelmann;ベテルマン

アルザス語でBettelmànn(又はBattelmànn)と言う名前を持つこのお菓子は、
現在のグラン・テスト地域圏の旧アルザス地域圏を中心に広く一般的にみられ、
フランス語では
Mendiant;マンディアンと呼ばれています。いずれも「物乞い」の意味を持つ言葉。
ちなみにBettelmannはドイツ語でも「物乞い男」の意味

いつ、だれがこの名前を付けたのかは不明ですが、
残ったパンを利用して作る再生菓子であることに由来しているように思います。

家庭で作られるほか、パンを再利用するだけに主にパン屋さんで見かけます。
ロレーヌ地方ではミラベルを使用する等の特徴も見られますが一般的にはリンゴやサクランボ等、
その季節に手に入るフルーツを加えて作られ、円形に焼いてタルトのように切り分けたり、
四角く焼き、四角くカットして売られています。

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大まかな作り方はこんな感じ
ちぎった残り物のパン(主にパン・オ・レ、その他バゲット、ブリオッシュ、クグロフ、スポンジ等でもOK)に温めた牛乳を加えてふやかし、崩す。
砂糖、シナモンパウダー、卵黄を混ぜ、キルシュに漬けたレーズンと薄切りのリンゴやサクランボを加え、
最後に泡立てた卵白をさっくりと混ぜ、バターを塗った耐熱容器に流す。上にパン粉、砂糖、ナッツなどを散らしオーブンで焼く。

出来立ての温かいものにアングレーズソースなどを添えて頂くのが美味しいです。

パンをふやかして良く崩している為、パンプディングというよりもパン粥を焼いた感じになって、また違った味わいになります。
温かいうちに食べるのが一番美味しいですが、翌日以降冷えたものは、再びトースターでこんがり焼くのがお勧め。

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フランス各地の食に関するスペシャリテを網羅する「L’inventaire du patrimineculinare de la France」のAlsace地方版によると
『現在は軽い食事のデザートとして、或いはおやつとして食べられているが、かつては肉のない時期に食べられることが多く、野菜のポタージュの後、メイン料理として出されていた』、『現在は軽い食事の際にデザートして食べられる』
と書かれています。

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歴史的にもあまりはっきりとしていないようですが、1671年に出版されたアルザスのシトー会修道士Bernhard(Bernardin) Buchinger(1606~1673)による料理本『Koch-Buch』の中にはフライパンで焼くスタイルのものが紹介されているとか。

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今日と同じスタイルのルセットは1829年に出版されたMarguerite Spoerlin(1762~1852)La Cuisinière du Haut-Rhinの中に見られGâteaux de fruits en pain(P-169)」と言う名前で紹介されています。

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フルーツはサクランボ、プルーン、ミラベル、アンズ、グロゼイユ(スグリ)、干しプラムやブルーベリーが列記されており、
現在のようにりんごやサクランボに限らず、手に入る季節のフルーツを使って作られていたことが分かります。
*1833年に出版された第二部の中ではフルーツを入れない「Crême de pain faite au fourという名前のルセットが紹介されている


季節のフルーツをたっぷり入れたベテルマン、どうかお試しを…。



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# by Ethno-PATISSERIE | 2019-07-31 20:58 | ①Alsace | Comments(2)

Fontainebleau;フォンテーヌブローと言う名のチーズ

Fonatinebleau;フォンテーヌブロー」はIlede France地域圏Seine et Marne県の町、フォンテーヌブローのスペシャリテ。

以前書いた「Crémet d’Anjou;クレメ・ダンジュー」同様フロマージュの1種で、主にFromagerie;フロマジュリー(チーズ屋)Crémerie ;クレムリー(乳製品を扱う店)等で扱われます。

・「Crêmet d’Anjou ;クレメ・ダンジュー」は生クリームに泡立てた卵白を混ぜ、水切りしたもの。詳細はこちら★と☆でどうぞ。

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お菓子講習会用に作ったフロマージュ・ブラン+クレーム・フエッテ使用のフォンテーヌブロー

料理事典のLarousse Gastronomiqueやチーズ専門店Maison Androuetなど、一般的にはフロマージュ・ブランに泡立てた生クリームを加えたタイプが作られていますが、

フォンテーヌブローにあるFromagerie Barthélémy-GoursatとパリのFromagerie Barthélémyでは、生クリームにクレーム・エペッスをブレンドしたものを原料として、チーズは使用しないタイプが作られており、作り方の詳細は秘密とされています。

フランス各地の食に関するスペシャリテを網羅する「L’inventaire du patrimine culinare de la France 」のIl de Franceでは、その歴史は「Barthélémy氏によると」という注釈付きで、「18世紀末にさかのぼり、Rue Grandeにあった乳製品販売所で誕生したとされる。」と書かれています。さらに詳しくは「近隣の農家から、二輪荷馬車に積んで石畳の上を運ばれた牛乳缶の上部にクリーム分が泡立って出来た層が出来ているのに気づいたことから誕生した」というお話。

残念ながらそれを裏付けるような事実は明らかにされていません。


しかし、Crêmet;クレメの所でも書きましたが、チーズは使わずに、牛乳や生クリーム+αで作られた「Fromage」と分類されるものは古くから存在しており、広く作られていました。

古書を調べるのはいささか大変でしたが、見つけられた本で一番古いのは「Dictionnaire de chimie industrielle(1862)Charles Louis Barreswil著でした。

フロマージュ・フレ(フレッシュ・チーズ)を引用する中で、「crème de Blois ;クレーム・ドゥ・ブロワとCrème de Fontainebleau;クレーム・ドゥ・フォンテーヌブローは非常に有名である」と書かれていました。ブロワにも同じようなものが存在していて、同じように有名だったことが分かります。


これ以降の本でもフォンテーヌブローは、「fromage à la crème spéciale(特別なクリームのチーズ)」「fromage à la crèmeaérée(空気を含んだ軽いクリームのチーズ)」等と書かれ、1933年に出版されたキュルノンスキーとクローズ共著の「Le Trésor gastronomique de France」でもイル・ド・フランスのチーズのスペシャリテの1つとして「Fromage de Fontainebleau」が掲載されており、長い間変わらず人気があり、作り続けられてきたことが分かります。


本場のフォンテーヌブローの画像や、「Fromagerie Barthélémy-Goursa」については、Gilles Pudlowski氏のこちら記事やこちらをどうぞ。


はたしていつ誰が、作ったものなのでしょうか?そして本来のフォンテーヌブローの作り方、はたまたバルテレミーの作り方も気になります♪




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# by Ethno-PATISSERIE | 2018-07-24 21:17 | ⑫Paris/Ile-de-France | Trackback | Comments(2)

La Vaute とLes Vautes。単数と複数で違いのあるお菓子

ここでご紹介するLa Vaute ;ヴォートは、ロレーヌ地方現在のGrand-Est地域圏の一部の地方菓子。

Vaute;ヴォート(単数形)』と『Vautes;ヴォー(複数形)』では全く別物になるという、なんとも珍しいお菓子です。

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複数形の方はフライパンで両面焼いて作る、クレープ状のお菓子。

こちらの方はより古くからあってロレーヌ地方の他、アルデンヌ地方、シャンパーニュ地方、ベルギー等、広い範囲で見られます。

地域によって名前も少しずつ変わりますが、一般的なものよりも厚めだったり、果物を混ぜた小さいものだったり、千切りにしたジャガイモを入りの塩味バージョンだったりお菓子自体も変わります。

地域によってVauteの他にもVôteVoûteVaûte等の名前が見られる。ジャガイモのヴォートはRapés ;ラぺという別名も。

・小さく焼いたものはBeignet;ベニエとも呼ばれる。ベニエは一般的には揚げたものを指すが、このあたりでは別の意味も持つ。

・最近はクレープ、ベニエと呼ばれることが多く、ヴォートの名前は使われないことがある。

・使われるフルーツはリンゴ、サクランボ、ミラベル、ブルーベリー、イチゴ等々。


古書をひも解くと…

Dictionnaire de l'ancienne languefrançaise, et de tous ses dialectes du IXe au XVe siècle/1895」 1895年に出版された、9~15世紀の古いフランス語と俚言についての辞書の中には「Volte」の文字があり、omelette;オムレット(オムレツ), crèpe(クレープ) の意味があることが書かれていました。

さらに、ベルギー南部のフランス語圏では「vôte, ジュラでは「voile」と言う名前で「omelette soufflé(スフレ風オムレツ)」を指し、ロレーヌ地方、メッス周辺では vôte, シャンパーニュ地方では「vaute」と言う名前で「crêpe(クレープ)」を指す言葉であったことが書かれています。



さて、では単数の『Vaute;ヴォート』は?と言うと…。

オーブン用の器に季節のフルーツと共に入れて焼く、クラフティのようなタイプのお菓子になります。

・こちらのヴォートはサクランボやミラベルを使ったルセットが多く見受けられる。

・ロレーヌ地方以外でも単数形の「Vaute」は見られるが、この場合は1枚だけ大きく厚めに焼くクレープを指す。


クラフティと言っても小麦粉やバターも多く入るので食感はかなり違い、独特な食感。小麦粉が多い分重たくなりますが、最後に泡立てたメレンゲを加えることで軽さを出しています。

冷えると固く、重たくなるので温かいうちがより美味しく食べられますね。(焼きたてと全く同じではありませんが、焼き直した方が美味しい。)


Encyclopédie des Spécialités pâtissières Tom 1 La Lorraineには、このタイプは19世紀から20世紀前半にかけて流行したとありました。

直火を使いフライパンで調理するクレープに比べ、こちらはオーブンが無いと作れません。

田舎でオーブンが使われるようになった時代に作られるようになった、新しいものであることが分かりますね。

フランス各地の食に関するスペシャリテを網羅するL’inventaire du patrimineculinare de la FranceLorraine版には、歴史等の詳しい説明がなくルセットが掲載されているのみ。

色々と探してみましたが、残念ながらその歴史等、詳細は分かりませんでした。

いずれのお菓子も田舎で多く作られ、自分の家や近隣で採れたフルーツをたっぷり使ったおやつだったことは間違いありませんね。


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季節のフルーツ、サクランボと杏を入れたヴォート、たっぷりのアングレーズソースと共に


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# by Ethno-PATISSERIE | 2018-07-22 22:31 | ⑮Lorraine | Trackback | Comments(2)

アルザスの復活祭菓子『Tarte à la semoule et au safran』

去る4月16日はキリスト教の典礼暦で祝われる移動祝日、Pâques;パック(復活祭)でした。

復活祭のお菓子というと、やはり様々な形に象られたチョコレート細工。伝統的な形には卵や鶏、ウサギや鐘等々があります。

* 1956年にはアルザスのBas-Rhin県には総勢1300人を有する10の大きなショコラトリーが存在し、国内3位の規模を誇っていた。野兎や卵等々の復活祭向けチョコレート細工もアルザスでは多く作られていた。


これとは別にアルザスでは陶製型で焼かれた仔羊形のビスキュイ「Agneau pascal;アニョー・パスカル」も作られていて、ショーウインドーには沢山の仔羊たちが並べられた光景が見られてワクワクします♪

* 元々はお菓子ではなく仔羊肉を食べる習慣のあったものが、仔羊形に作った発酵生地のお菓子に置き換えられ、その後ようやくビスキュイ生地でも作られるようになったと言われる。

*アニョー・パスカルについてはこちら でご紹介。


アルザスでは、このアニョー・パスカルの他に『Tarte à la semoule;タルト・ア・ラ・スムール(別名;Osterfladen;オスターフラーデン)というお菓子も作られていました。

特にサフラン入りのものは『Tarte à la semoule du Kochersberg;タルト・ア・ラ・スムール・デュ・コッヘルスベルグ』と名付けられ、Kochersbergの地名が加えられています。

* コッヘルスベルグ(正確な発音とはちょっと違う)はストラスブールの北西に位置する自然地理区。

* フランスには県など行政区分とは別に、自然地理区(region naturelle)と呼ばれる地域区分があり地形などの物理的特徴や独自の文化的アイデンティティによって分けられている。

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↑ Tarte à la semoule et au safran du Kochersberg


サフラン無しの『Tarte à la semoule』、これは現在スイス(ドイツ語圏)で作られている「Osterfladen」とおそらく同じ起源のもの。

かの地では中に詰めるアパレイユをあらかじめ煮たもの(お米やセモリナ粉をドロリとした粥状のもの)を入れる場合と、材料を混ぜただけのものがあり、軽くするためか最後にメレンゲを加えているものが多いようです。

* ドイツにもOsterfladenは存在するが、こちらは丸く焼いた発酵菓子を指す。


アルザスの『Tarte à la semoule;タルト・ア・ラ・スムール』は、前者(あらかじめ煮たアパレイユを詰める)の作り方でメレンゲは加えません(加えるルセットもある)。

ずっと作り続けられているスイスの「Osterfladen」は現代的なものへと徐々に変化しているであろうと考えると、アルザスに伝わるルセットはより古い形を留めているのではないかと想像…^^


現在アルザスではあまり見かけなくなったこのタルト、非常に古くからあったと言われているのですが、具体的にはいつ頃からあるお菓子なのでしょう?

私が見つけることのできたフランス語での記述「Osterfladen(flan dePâques)」で、一番古いものは1861年発行のRevue d'Alsaceでした。アルザスで作られる様々なお菓子が列記される中、この菓子も記載されています(たたし、どのようなお菓子だったのか詳細は不明)


スイスで「Osterfladenと言う名前の付くお菓子はさらに古くから存在していたようです。でも現在作られている菓子と類似したルセットの記述は16世紀末なのだとか…(残念ながらドイツ語が読めないので詳しく調べることが出来ず)。

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↑ サフラン無しのOsterfladen(Tarte à la semoule)

地方の名前が付いたサフラン入りのバージョンは残念ながら現在はKochersbergのお菓子屋さんで見かけることはなく、地元観光局のお姉さんに尋ねても知らないレベル…。

* Sélestat;セレスタ(ストラスブールとミュルーズの中間にある町)にあるパン屋さんのミュゼ(博物館)La Maison du Pain d’Alsace」では、復活祭のお菓子としてlammala (Agneau pascal)と共にOsterfläde (tarte à la semoule et raisins)Osterbrot (Pain de Pâques)が紹介されており、季節になればこのタルト(サフラン無し)が店に並んでいるようです。ミュゼのサイトに「Lammalas,Osterbrot et osterflade」の文字が見られ、4/15~16の3日間店頭に並んでいたことが分かります。


さて、いつからサフランを加えるようになり、いつからKochersbergの復活祭菓子として作られるようになったのでしょうか?

中世にはフランスを含むヨーロッパで広くサフランの栽培が行われ、アルザスでも栽培されていました。お祝い用のパンやお菓子・料理などにも使われています。

観光局のお姉さんによると「Kochersbergは人々が往来する場でもあり、アルザスの他の地域よりも伝統的にスパイスが多用されていた地域だった」と言います。

サフランの色は太陽や金、栄光を象徴する色。スパイスが身近だったこの地の誰かが復活祭のお祝いにとサフランを加えたのでしょうが、謎は解明されないまま…。


先日行ったお菓子講習会では復活祭が近いこともあり、この『Tarte à lasemoule et au safran;タルト・ア・ラ・スムール・エ・オ・サフラン』を作りました(三宝柑とイチゴのフルーツサラダ、クレーム・シャンティイを添えて…)。

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もうお店で作られることは無くなったサフラン入りのOsterfladen。中世の時代に思いを馳せて…。冷めて時間が経つと、中のガルニチュールが固くコンパクトになるので、やはり出来立てが一番美味しい~♪


おまけのお菓子はAgneau(仔羊)ではなくてLièvre(野ウサギ) pascalアルザス・スフレンナイムで作られた陶製型を使って焼いたビスキュイです。

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# by Ethno-PATISSERIE | 2017-04-20 18:13 | ①Alsace | Trackback | Comments(2)