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今年はタルト・タタン120周年!

Tarte Tatin;タルト・タタン』 このお菓子のことは、皆様すでによくご存知のことと思います。

Centre-Val de Loire地域圏Loir-et-CherLamotte-Beuvron;ラモット・ブーブロンの駅前に
現在もそのまま残るHôtel Tatin;オテル・タタンで、ステファニーとカロリーヌという2人のタタン姉妹によって考案されたとされるリンゴのタルトです。

その誕生に関しては「失敗によって偶然出来た」という有名な逸話もありますが、真偽のほどは分かっていません。

この町では毎年9月にFoire au Pays de la Tarte Tatin(タルト・タタン祭り) 』が開催されており、
23回目を数える今年は914日と152日間行われる予定です。

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↑ オテル・タタンのタルト・タタン

このフェアでは、以前Confrérie des Lichonneux de Tate Tatin ;コンフレリー・デ・リショヌー・ド・タルト・タタンがコンクールや販売を行ったりしていましたが、訳あって数年前から«association des Ambassadeurs de la Tarte Tatin de Lamotte-Beuvron(ラモット・ブーブロンのタルト・タタン大使協会) »と言う名前の協会がフェアの実行委員会に協力しています。

La plus grande tarte Tatin du monde(世界一大きいタルト・タタン)ギネス記録に挑戦ということで、昨年も同じフェアで実施されましたが残念ながら成功せず、タルト・タタン120周年に花を添える為、今年再挑戦されます!
あと一か月足らずとなりますが、皆さまもどうか注目して、応援して頂ければと思います。


実は以前にも「世界一大きいタルト・タタン」は1987年にFerté-Saint-Aubinで、
その後1998年にはラモット・ブーブロンで挑戦が行われ、この時は350kgのりんごを使って、直径2.53mのタタンが作られました。
昨年と今年は500kgのりんごで直径3mのタタンに挑戦です!

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↑ 1987/09/29付けの新聞記事 ゴールデンデリシャス320kg,生地50kgと記載

さて、タルト・タタンについての詳しいことは別の機会に書きたいと思いますが、
今回はこの「
120周年」についてだけご紹介しましょう。

いつできたかについてもはっきりしていない為、この
120年というのは誕生から数えてと言うわけではなく…
では何か?というと『タルト・タタンについて新聞に掲載され、公に記録が残ってから120と言う意味。

Le Journal紙」18991218付けの一面に掲載されGabriel Hanotaux氏の記事の中で
l
a tarte de Melle Tatin』の文字が見られます。
そこで協会や町ではこの年をタルト・タタンが公けに広く知られるようになった年と考え、
今年を120年の記念の年としているのです。
*ただしコンフレリーは1998年に100周年記念を祝っている。その根拠は不明。

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↑ Le Journal紙の記事


ということで、日本でも今年はタルト・タタンのお祝いをしたいなぁ~と密かに思っています♪


現地と同じ伝統的な作り方でタルト・タタンを作られているパティシエの皆さま、そして愛好家の皆さま、
120周年のお祝いも込めて、どうかぜひお作り下さい!



※※※






by Ethno-PATISSERIE | 2019-08-17 21:14 | ⑦Centre | Comments(2)

パン粥を焼いたお菓子? Bettelmann;ベテルマン

アルザス語でBettelmànn(又はBattelmànn)と言う名前を持つこのお菓子は、
現在のグラン・テスト地域圏の旧アルザス地域圏を中心に広く一般的にみられ、
フランス語では
Mendiant;マンディアンと呼ばれています。いずれも「物乞い」の意味を持つ言葉。
ちなみにBettelmannはドイツ語でも「物乞い男」の意味

いつ、だれがこの名前を付けたのかは不明ですが、
残ったパンを利用して作る再生菓子であることに由来しているように思います。

家庭で作られるほか、パンを再利用するだけに主にパン屋さんで見かけます。
ロレーヌ地方ではミラベルを使用する等の特徴も見られますが一般的にはリンゴやサクランボ等、
その季節に手に入るフルーツを加えて作られ、円形に焼いてタルトのように切り分けたり、
四角く焼き、四角くカットして売られています。

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大まかな作り方はこんな感じ
ちぎった残り物のパン(主にパン・オ・レ、その他バゲット、ブリオッシュ、クグロフ、スポンジ等でもOK)に温めた牛乳を加えてふやかし、崩す。
砂糖、シナモンパウダー、卵黄を混ぜ、キルシュに漬けたレーズンと薄切りのリンゴやサクランボを加え、
最後に泡立てた卵白をさっくりと混ぜ、バターを塗った耐熱容器に流す。上にパン粉、砂糖、ナッツなどを散らしオーブンで焼く。

出来立ての温かいものにアングレーズソースなどを添えて頂くのが美味しいです。

パンをふやかして良く崩している為、パンプディングというよりもパン粥を焼いた感じになって、また違った味わいになります。
温かいうちに食べるのが一番美味しいですが、翌日以降冷えたものは、再びトースターでこんがり焼くのがお勧め。

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フランス各地の食に関するスペシャリテを網羅する「L’inventaire du patrimineculinare de la France」のAlsace地方版によると
『現在は軽い食事のデザートとして、或いはおやつとして食べられているが、かつては肉のない時期に食べられることが多く、野菜のポタージュの後、メイン料理として出されていた』、『現在は軽い食事の際にデザートして食べられる』
と書かれています。

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歴史的にもあまりはっきりとしていないようですが、1671年に出版されたアルザスのシトー会修道士Bernhard(Bernardin) Buchinger(1606~1673)による料理本『Koch-Buch』の中にはフライパンで焼くスタイルのものが紹介されているとか。

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今日と同じスタイルのルセットは1829年に出版されたMarguerite Spoerlin(1762~1852)La Cuisinière du Haut-Rhinの中に見られGâteaux de fruits en pain(P-169)」と言う名前で紹介されています。

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フルーツはサクランボ、プルーン、ミラベル、アンズ、グロゼイユ(スグリ)、干しプラムやブルーベリーが列記されており、
現在のようにりんごやサクランボに限らず、手に入る季節のフルーツを使って作られていたことが分かります。
*1833年に出版された第二部の中ではフルーツを入れない「Crême de pain faite au fourという名前のルセットが紹介されている


季節のフルーツをたっぷり入れたベテルマン、どうかお試しを…。



※※※


by Ethno-PATISSERIE | 2019-07-31 20:58 | ①Alsace | Comments(2)

Fontainebleau;フォンテーヌブローと言う名のチーズ

Fonatinebleau;フォンテーヌブロー」はIlede France地域圏Seine et Marne県の町、フォンテーヌブローのスペシャリテ。

以前書いた「Crémet d’Anjou;クレメ・ダンジュー」同様フロマージュの1種で、主にFromagerie;フロマジュリー(チーズ屋)Crémerie ;クレムリー(乳製品を扱う店)等で扱われます。

・「Crêmet d’Anjou ;クレメ・ダンジュー」は生クリームに泡立てた卵白を混ぜ、水切りしたもの。詳細はこちら★と☆でどうぞ。

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お菓子講習会用に作ったフロマージュ・ブラン+クレーム・フエッテ使用のフォンテーヌブロー

料理事典のLarousse Gastronomiqueやチーズ専門店Maison Androuetなど、一般的にはフロマージュ・ブランに泡立てた生クリームを加えたタイプが作られていますが、

フォンテーヌブローにあるFromagerie Barthélémy-GoursatとパリのFromagerie Barthélémyでは、生クリームにクレーム・エペッスをブレンドしたものを原料として、チーズは使用しないタイプが作られており、作り方の詳細は秘密とされています。

フランス各地の食に関するスペシャリテを網羅する「L’inventaire du patrimine culinare de la France 」のIl de Franceでは、その歴史は「Barthélémy氏によると」という注釈付きで、「18世紀末にさかのぼり、Rue Grandeにあった乳製品販売所で誕生したとされる。」と書かれています。さらに詳しくは「近隣の農家から、二輪荷馬車に積んで石畳の上を運ばれた牛乳缶の上部にクリーム分が泡立って出来た層が出来ているのに気づいたことから誕生した」というお話。

残念ながらそれを裏付けるような事実は明らかにされていません。


しかし、Crêmet;クレメの所でも書きましたが、チーズは使わずに、牛乳や生クリーム+αで作られた「Fromage」と分類されるものは古くから存在しており、広く作られていました。

古書を調べるのはいささか大変でしたが、見つけられた本で一番古いのは「Dictionnaire de chimie industrielle(1862)Charles Louis Barreswil著でした。

フロマージュ・フレ(フレッシュ・チーズ)を引用する中で、「crème de Blois ;クレーム・ドゥ・ブロワとCrème de Fontainebleau;クレーム・ドゥ・フォンテーヌブローは非常に有名である」と書かれていました。ブロワにも同じようなものが存在していて、同じように有名だったことが分かります。


これ以降の本でもフォンテーヌブローは、「fromage à la crème spéciale(特別なクリームのチーズ)」「fromage à la crèmeaérée(空気を含んだ軽いクリームのチーズ)」等と書かれ、1933年に出版されたキュルノンスキーとクローズ共著の「Le Trésor gastronomique de France」でもイル・ド・フランスのチーズのスペシャリテの1つとして「Fromage de Fontainebleau」が掲載されており、長い間変わらず人気があり、作り続けられてきたことが分かります。


本場のフォンテーヌブローの画像や、「Fromagerie Barthélémy-Goursa」については、Gilles Pudlowski氏のこちら記事やこちらをどうぞ。


はたしていつ誰が、作ったものなのでしょうか?そして本来のフォンテーヌブローの作り方、はたまたバルテレミーの作り方も気になります♪




※※※


by Ethno-PATISSERIE | 2018-07-24 21:17 | ⑫Paris/Ile-de-France | Trackback | Comments(2)

La Vaute とLes Vautes。単数と複数で違いのあるお菓子

ここでご紹介するLa Vaute ;ヴォートは、ロレーヌ地方現在のGrand-Est地域圏の一部の地方菓子。

Vaute;ヴォート(単数形)』と『Vautes;ヴォー(複数形)』では全く別物になるという、なんとも珍しいお菓子です。

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複数形の方はフライパンで両面焼いて作る、クレープ状のお菓子。

こちらの方はより古くからあってロレーヌ地方の他、アルデンヌ地方、シャンパーニュ地方、ベルギー等、広い範囲で見られます。

地域によって名前も少しずつ変わりますが、一般的なものよりも厚めだったり、果物を混ぜた小さいものだったり、千切りにしたジャガイモを入りの塩味バージョンだったりお菓子自体も変わります。

地域によってVauteの他にもVôteVoûteVaûte等の名前が見られる。ジャガイモのヴォートはRapés ;ラぺという別名も。

・小さく焼いたものはBeignet;ベニエとも呼ばれる。ベニエは一般的には揚げたものを指すが、このあたりでは別の意味も持つ。

・最近はクレープ、ベニエと呼ばれることが多く、ヴォートの名前は使われないことがある。

・使われるフルーツはリンゴ、サクランボ、ミラベル、ブルーベリー、イチゴ等々。


古書をひも解くと…

Dictionnaire de l'ancienne languefrançaise, et de tous ses dialectes du IXe au XVe siècle/1895」 1895年に出版された、9~15世紀の古いフランス語と俚言についての辞書の中には「Volte」の文字があり、omelette;オムレット(オムレツ), crèpe(クレープ) の意味があることが書かれていました。

さらに、ベルギー南部のフランス語圏では「vôte, ジュラでは「voile」と言う名前で「omelette soufflé(スフレ風オムレツ)」を指し、ロレーヌ地方、メッス周辺では vôte, シャンパーニュ地方では「vaute」と言う名前で「crêpe(クレープ)」を指す言葉であったことが書かれています。



さて、では単数の『Vaute;ヴォート』は?と言うと…。

オーブン用の器に季節のフルーツと共に入れて焼く、クラフティのようなタイプのお菓子になります。

・こちらのヴォートはサクランボやミラベルを使ったルセットが多く見受けられる。

・ロレーヌ地方以外でも単数形の「Vaute」は見られるが、この場合は1枚だけ大きく厚めに焼くクレープを指す。


クラフティと言っても小麦粉やバターも多く入るので食感はかなり違い、独特な食感。小麦粉が多い分重たくなりますが、最後に泡立てたメレンゲを加えることで軽さを出しています。

冷えると固く、重たくなるので温かいうちがより美味しく食べられますね。(焼きたてと全く同じではありませんが、焼き直した方が美味しい。)


Encyclopédie des Spécialités pâtissières Tom 1 La Lorraineには、このタイプは19世紀から20世紀前半にかけて流行したとありました。

直火を使いフライパンで調理するクレープに比べ、こちらはオーブンが無いと作れません。

田舎でオーブンが使われるようになった時代に作られるようになった、新しいものであることが分かりますね。

フランス各地の食に関するスペシャリテを網羅するL’inventaire du patrimineculinare de la FranceLorraine版には、歴史等の詳しい説明がなくルセットが掲載されているのみ。

色々と探してみましたが、残念ながらその歴史等、詳細は分かりませんでした。

いずれのお菓子も田舎で多く作られ、自分の家や近隣で採れたフルーツをたっぷり使ったおやつだったことは間違いありませんね。


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季節のフルーツ、サクランボと杏を入れたヴォート、たっぷりのアングレーズソースと共に


※※※



by Ethno-PATISSERIE | 2018-07-22 22:31 | ⑮Lorraine | Trackback | Comments(2)

アルザスの復活祭菓子『Tarte à la semoule et au safran』

去る4月16日はキリスト教の典礼暦で祝われる移動祝日、Pâques;パック(復活祭)でした。

復活祭のお菓子というと、やはり様々な形に象られたチョコレート細工。伝統的な形には卵や鶏、ウサギや鐘等々があります。

* 1956年にはアルザスのBas-Rhin県には総勢1300人を有する10の大きなショコラトリーが存在し、国内3位の規模を誇っていた。野兎や卵等々の復活祭向けチョコレート細工もアルザスでは多く作られていた。


これとは別にアルザスでは陶製型で焼かれた仔羊形のビスキュイ「Agneau pascal;アニョー・パスカル」も作られていて、ショーウインドーには沢山の仔羊たちが並べられた光景が見られてワクワクします♪

* 元々はお菓子ではなく仔羊肉を食べる習慣のあったものが、仔羊形に作った発酵生地のお菓子に置き換えられ、その後ようやくビスキュイ生地でも作られるようになったと言われる。

*アニョー・パスカルについてはこちら でご紹介。


アルザスでは、このアニョー・パスカルの他に『Tarte à la semoule;タルト・ア・ラ・スムール(別名;Osterfladen;オスターフラーデン)というお菓子も作られていました。

特にサフラン入りのものは『Tarte à la semoule du Kochersberg;タルト・ア・ラ・スムール・デュ・コッヘルスベルグ』と名付けられ、Kochersbergの地名が加えられています。

* コッヘルスベルグ(正確な発音とはちょっと違う)はストラスブールの北西に位置する自然地理区。

* フランスには県など行政区分とは別に、自然地理区(region naturelle)と呼ばれる地域区分があり地形などの物理的特徴や独自の文化的アイデンティティによって分けられている。

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↑ Tarte à la semoule et au safran du Kochersberg


サフラン無しの『Tarte à la semoule』、これは現在スイス(ドイツ語圏)で作られている「Osterfladen」とおそらく同じ起源のもの。

かの地では中に詰めるアパレイユをあらかじめ煮たもの(お米やセモリナ粉をドロリとした粥状のもの)を入れる場合と、材料を混ぜただけのものがあり、軽くするためか最後にメレンゲを加えているものが多いようです。

* ドイツにもOsterfladenは存在するが、こちらは丸く焼いた発酵菓子を指す。


アルザスの『Tarte à la semoule;タルト・ア・ラ・スムール』は、前者(あらかじめ煮たアパレイユを詰める)の作り方でメレンゲは加えません(加えるルセットもある)。

ずっと作り続けられているスイスの「Osterfladen」は現代的なものへと徐々に変化しているであろうと考えると、アルザスに伝わるルセットはより古い形を留めているのではないかと想像…^^


現在アルザスではあまり見かけなくなったこのタルト、非常に古くからあったと言われているのですが、具体的にはいつ頃からあるお菓子なのでしょう?

私が見つけることのできたフランス語での記述「Osterfladen(flan dePâques)」で、一番古いものは1861年発行のRevue d'Alsaceでした。アルザスで作られる様々なお菓子が列記される中、この菓子も記載されています(たたし、どのようなお菓子だったのか詳細は不明)


スイスで「Osterfladenと言う名前の付くお菓子はさらに古くから存在していたようです。でも現在作られている菓子と類似したルセットの記述は16世紀末なのだとか…(残念ながらドイツ語が読めないので詳しく調べることが出来ず)。

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↑ サフラン無しのOsterfladen(Tarte à la semoule)

地方の名前が付いたサフラン入りのバージョンは残念ながら現在はKochersbergのお菓子屋さんで見かけることはなく、地元観光局のお姉さんに尋ねても知らないレベル…。

* Sélestat;セレスタ(ストラスブールとミュルーズの中間にある町)にあるパン屋さんのミュゼ(博物館)La Maison du Pain d’Alsace」では、復活祭のお菓子としてlammala (Agneau pascal)と共にOsterfläde (tarte à la semoule et raisins)Osterbrot (Pain de Pâques)が紹介されており、季節になればこのタルト(サフラン無し)が店に並んでいるようです。ミュゼのサイトに「Lammalas,Osterbrot et osterflade」の文字が見られ、4/15~16の3日間店頭に並んでいたことが分かります。


さて、いつからサフランを加えるようになり、いつからKochersbergの復活祭菓子として作られるようになったのでしょうか?

中世にはフランスを含むヨーロッパで広くサフランの栽培が行われ、アルザスでも栽培されていました。お祝い用のパンやお菓子・料理などにも使われています。

観光局のお姉さんによると「Kochersbergは人々が往来する場でもあり、アルザスの他の地域よりも伝統的にスパイスが多用されていた地域だった」と言います。

サフランの色は太陽や金、栄光を象徴する色。スパイスが身近だったこの地の誰かが復活祭のお祝いにとサフランを加えたのでしょうが、謎は解明されないまま…。


先日行ったお菓子講習会では復活祭が近いこともあり、この『Tarte à lasemoule et au safran;タルト・ア・ラ・スムール・エ・オ・サフラン』を作りました(三宝柑とイチゴのフルーツサラダ、クレーム・シャンティイを添えて…)。

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もうお店で作られることは無くなったサフラン入りのOsterfladen。中世の時代に思いを馳せて…。冷めて時間が経つと、中のガルニチュールが固くコンパクトになるので、やはり出来立てが一番美味しい~♪


おまけのお菓子はAgneau(仔羊)ではなくてLièvre(野ウサギ) pascalアルザス・スフレンナイムで作られた陶製型を使って焼いたビスキュイです。

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by Ethno-PATISSERIE | 2017-04-20 18:13 | ①Alsace | Trackback | Comments(2)

カーニバルのお菓子『Garguesse ;ガルゲス』   

もうすぐPâques;パック(復活祭;今年2017年は4月16日)とちょっと季節遅れではありますが、先月お菓子講習会で作ったカーニバルのお菓子をご紹介…。

フランスで、Carnaval (カーニバル)の時期に食べられるお菓子は大きく分けて3つ。

Begnet ;ベニエ Crêpe ;クレープ Gaufre ;ゴーフル


それぞれ地域によって作られる種類が変わります。1種類だけ、或いは2種類作る地域、家庭によっては全部作るというところも

ゴーフルは型が無いと出来ませんが、その昔オーブンが無かった家庭で作ることの出来るものばかり。ここからも、これらの菓子がいかに古くから作られてきたかが分かると思います。元々が家庭で作られていたお菓子だけあって、各家庭で独自のルセットがありました。

中でもベニエは、地域によって様々なタイプや形、そして名前が存在し、とても興味深いものです^^


さて、肝心の『garguesse ;ガルゲスについて

* スペル違いでGargaisses, Gargessesという語も見られる。

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↑ 教えてもらったルセットで作ったGarguesses;ガルゲス

garguesse;ガルゲス』は上記3種の中に含まれるベニエの1種で、Chandeleur ;シャンドルール(2月2日;聖母お清めの祝日)やカーニヴァルの時期に作られるベニエ(揚げ菓子)

Bourgogne-Franche-Comté地域圏Côte-d’Orコートドール県北部に位置するChatillonnais ;シャティヨネと呼ばれる自然地域圏辺りで使われていた、非常に限られた地域での古い名称です。

同じコートドール県とは言っても、croquignoles, golottes(golotes),pognonsという別の名称が使われていた地域もあり、県庁所在地Dijon ;ディジョンでは「fantaisies ;ファンテジー」という名称が使われました。

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↑ こちらはイースト菌を加えた発酵生地のGarguesse;ガルゲス

さて、『garguesseという一風変わったこの語の由来はどこから来たのでしょう。

ラブレーの「Gargantua ;ガルガンチュア」という語の中にもみられるように、「喉」を意味する古フランス語「gargate」に由来する』と考える人、或いは『frire(油で揚げる)が転じてbouillir(沸騰する)を意味するgargouiller(ボコボコ音を立てる)と同じ起源をもつ』のだろうと推察する人もいるようですが、残念ながら実際のところは不明です。

このベニエの存在を知ったのは、私が地方菓子の研究をしていることを知るフランスの友人から「お祖母さんのルセット」を教えて貰ったのがきっかけでした。

お祖母さんのガルゲスは小麦粉・バター・生クリーム(クレーム・エペス)・砂糖・卵を使い、オレンジフラワーウオーター、或いはバニラで香りをつけ、ごく薄く伸ばして揚げるものでしたが、他にもイースト菌やベーキングパウダーを加えたもの等、生クリームは加えないものなど、ルセットは様々あります。

その家だけの特別なものである分、知り合いから直接教えて貰ったルセットはやっぱり特別ですね^^


*他のベニエについてはこちら↓で少し紹介しています。


補足<Carnaval ;カルナヴァル(カーニバル)について>

「カーニヴァル」の語は、ラテン語のcarne « » levare « 取り除く »に由来し、「四旬節の開始」を意味しています。

一般的には「Carême(四旬節)の始まりを表すMercredi des Cendres(灰の水曜日) の前日であるMardi Gras ;マルディ・グラ(告解火曜日)を含む3日間から一週間ほど」がカーニヴァルの期間とされますが、 Carnaval de Nice(ニースのカーニヴァル)など、大々的に行われる町ではこの限りではありません。

* 本来の期間はEpiphanie(公現祭 ;16)からマルディ・グラ(移動祝祭日 ;今年2017年は228)までの期間で、そして当初はクリスマスからマルディ・グラまでの期間であったといいます。

仮面や仮装をすることによって社会的身分から解き放たれ、自由になって羽目をはずす、そして節制期間に入る前に飲んで踊って大いに楽むという目的でしたが、それも元々はキリスト教が現れる以前にあった春の訪れを祝う古代の春祭りで、寒く厳しい冬を追い出して春を呼び込む民俗行事でした。

冬から春に移り変わるこの時期に冬の悪霊追放、災害をもたらす精霊たちを威嚇するために変装や悪ふざけをしたり、あるいは社会的身分やタブーの境界線を消し去り、混沌としたカオスを作り出すことによって象徴的な「死=冬の象徴」を再現し、冬を追い出して(見送って)太陽を呼び戻し、植物が再び目覚める春を迎え入れることを目的とした原始的な行事だったと考えられています。


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by Ethno-PATISSERIE | 2017-04-08 21:00 | ⑤Bourgogne | Trackback | Comments(2)

諸聖人の日のお菓子「la Niflette ;ニフレット」

la Niflette ;ニフレット」は、オレンジ・フラワー・ウオーターで香り付けしたクレーム・パティシエールをのせて焼いた、丸い小さなパイ菓子。
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↑ Boulangerie Marc Mecreantのニフレット

Provin ;プロヴァンの町とその近郊のスペシャリテで、11月1日 Toussaint ;トゥーサン(諸聖人の日 )
伝統的なお菓子です。
この日の前後2週間程度の間という短い期間しか販売されていません。
* Provin ;プロヴァンはIle-de-France ;イル・ド・フランス地方圏 Seine-et-Marne ;セーヌ・エ・マルヌ県の町。古くから栄えた町で、古い街並みも多く残され「中世市場都市プロヴァン」としてユネスコ世界遺産に登録されており、またコンフィチュール等バラを使った製品でも有名。
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↑ 青空市ではお供え用の鉢植えの菊が沢山売られていました。


この菓子の起源は中世に遡るという研究家もいるとのことですが、
現在のような形になったのはガルニチュールであるクレーム・パティシエールが考案された17世紀以降であることに間違いありません。
またかつては、現在のような小さいものの他に大きなサイズも存在し、売り子が通りでアツアツの出来たてを販売するのが伝統的なスタイルであったのに対し、現在では作り置きした小さいサイズのものを、
主に1ダースずつ販売するスタイルに変わっています(1個からでも購入可)。


それにしても何故、諸聖人の日にニフレットが食べられるお菓子となったのでしょう?
いつから、誰が作り始めたのか?はっきりしたことは全く分かっていません。

フランス各地の食に関するスペシャリテを網羅する
L’inventaire du patrimine culinare de la France 」Ile de France版(1993年)によると、
この名前の由来はラテン語の「ne flete」(仏語でne pleure pas(泣かないで)という意味を示す)の変形だ
とされ、かつて「この菓子は両親のお墓の前で泣く孤児に贈る習慣があった」ため、これに由来するだろうと考えられています。 (残念ながら、この習慣については昔の資料を探しても出てこず…。)

これは現在一般的な説となっていて、調べてもおそらくこれ以外は出てこないでしょう。


私が見つけられたニフレットに関する一番古い記述は、色々な歌を集めて紹介するLouise Hardouin Prosper Tarbé著「Romancero de Champagne,Tome Ⅱ(1862年)」という本でした。
歌の題名はずばり
La Toussaint, ou Les Niflettes de Provin(諸聖人の日、或いはプロヴァンのニフレット)」。
歌詞からは諸聖人の日の頃、大小の熱々ニフレットを売り歩く売り子の様子が思い浮び、この頃にはこの地ですでに定着しているお菓子であることが分かります。
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添えられた注釈には『遠い昔から11月1日に若い売り子がこの歌をうたっていた』こと、『Nifletと言う語は美味しいものに付けられた別称であること』、そして『nifler,reniflerという動詞が「気取って嗅ぐ」ことを意味する(←ちょっとピンとこないけど) 語だということ』が説明されていました。
そして「この日にこの菓子をたべるのは『故人たちの葬送の食事』或いは『諸聖人への陽気なお祝い』の
どちらだろうか?」とも書かれていて、この時点でもその意味合いがはっきりしていないことが伺えます。

この次に古い記述は
Bulletin de la Société d'archéologie, sciences, lettres et arts du département de Seine-et-Marne (セーヌ・エ・マルヌ県 考古学、科学、文学、芸術の報告書)」の1869年度版
にありました。
ここでは上記の本よりも12年古い「1850年8月24日付『Feuille de Provins 』の記事の中で、
nifletteという語が、諸聖人の日のお祝いに対する楽しい感情を表現する意味合いを込めて、
ラテン語の「ne ftete(=ne pleurez pas泣かないで)」に由来したものであることを示そうと努めた・・・」という内容が書かれています。
つまり、ここでも結局のところは想像に過ぎないわけですが…。
悲しいと言うよりも楽しいイメージなのですね。


他にも「両親のお墓の前で泣く孤児にこの菓子を贈る習慣」の痕跡は見つけられなかったことを考えると、
現在に考えられている悲しい意味合いとは逆の、楽しそうな意味合いの方が強かったのではないかと言う印象を持ちました。
前者の本の注にあった「renifler」は現在でも使われている動詞で「(鼻をくんくんいわせて)臭いをかぐ」という意味もあることから、アツアツのニフレットからただよう良い香りを思わずくんくんしてしまう光景の方がしっくりくるような(笑)???


さて、実際にニフレットを食べにProvin ;プロヴァンを訪れたのはちょうど1年前のこと。

色々なお店のニフレットを食べ比べしたかったので、街にある6件のお店を訪ね歩きました。
1つがとても安く1ダースずつ買うのが普通なのですが、そんなに沢山食べられないので1種類1個ずつ購入(お店の人には申し訳ないけれど…汗)。
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多くのお店でNature(プレーン)Eau de Fleur d’oranger(オレンジフラワーウオーター味)の2種類を
販売していました。
パイ生地も薄いものや良く膨らんでいるものまで、クリームも色や量、絞り出す口金の形も様々で、
同じものは1つもなく、食べ比べのしがいがありました~♪
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↑ 小さいから6種類の食べ比べも楽勝~♪

日本へ帰る前、パリのブーランジュリー「Du Pain et des Idees」へ寄ると、1週間ほど前に行った時には無かったニフレットを発見!
これはパイ生地が四角いバージョン。(5個又は10個単位での販売で、バラ売りはなし)

今年8月自由が丘にオープンしていますが、同じく四角いニフレットも販売しているようです。
(こちらは期間限定では無く、通年販売)

気になった方はこのおかげで日本でも手に入るわけなのですが、出来ることならやっぱりこの時期
実際にここへ行ってみてくださいね~♪



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by Ethno-PATISSERIE | 2015-10-30 21:25 | ⑫Paris/Ile-de-France | Trackback | Comments(2)

fouace ;フアス似の「Gâteau de la Mariée ;ガトー・ドゥ・ラ・マリエ」

Gâteau de la Mariée ;ガトー・ドゥ・ラ・マリエ』は、Aveyron ;アヴェロン県Laissac ;レサックのスペシャリテです。
おそらくフランスでもこの辺りでしか知られていないであろうお菓子…。
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レサックは電車も通っておらず、バスも1日数本しか通っていないようなとても小さな町ながら、
毎週火曜の午前中に行われる家畜市はフランスで第2位の規模を誇り、その起源は15世紀初めに遡るという
アヴェロン県で一番最初に家畜市が行われた町でもあります。


以前フランスの食雑誌「Saveurs」にこの菓子が紹介されて以来、いつか行ってみたいと
思っていたお店でした。
2002年にこの地方を周る旅の計画を立てた時、お店にコンタクトを取ったところ快い返事を頂き、
どんなに嬉しかったことか♪
相手の都合に合わせての訪問だった為、滞在していたRodez ;ロデズからはバスではなく
タクシーでお店へ…(タクシーの運転手さんとの会話も楽しみ。いつも沢山の情報をいただけます^^)
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↑ 石造りの素敵な外観。

相手をしてくださったのはLaurence Roques;ロランス・ロックさん。妹のMartine;マルティーヌ と共に2つの店を切り盛りしています。
彼女たちの祖父母(Elie Roqueと妻でMeunier(製粉業者)を父に持つLouise Bru夫妻)が
1930年、このお店を始めたました。

店内には様々な形のpains au levainや大きく焼いた切り売りのタルト、シュー菓子等が並び、ひっきりなしにお客が買いに来る人気店で、ゆっくり話をする時間が取れないほど。
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↑ アプリコットぎっしりのタルト。切り売り。


ガトー・ドゥ・ラ・マリエ」は「fouace ;フアス」に似た生地を長方形のオーブンプレート一杯に
ドーナッツ形に成形して焼いてあり、量り売りされていました。

この菓子が誕生したのは、夫が戦争の為この地を離れ二代目のLouise Roques ;ルイーズ・ロック
1人で店を守っていた時のこと。
物の無い時期で材料も限られていた中、ある日結婚式のお菓子の注文が入り工夫して作ったのが始まりで、
最初は『fouace de la Mariée ;フアス・ドゥ・ラ・マリエ』と名付けられたと言います。

飾り気のない菓子ですが、ルイーズの夫が元々Dragées ;ドラジェを作る職人だったことから、結婚式用にとお菓子をドラジェで飾り付けたとのお話。で、実際に飾り付けて見せてくれました♪
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↑ ドラジェで飾った『ガトー・ドゥ・ラ・マリエ』

フアス同様こちらもオレンジフラワーウオーターで香り付けしてあってほとんど変わらないように感じますが、パン酵母は使われていないところが大きな違い。
甘味は強くなく、一緒に売っているフアスよりも柔らかい感じでした。


ロランスさんはあまり話す時間が取れなかったので、近所にある小さなMusée du Laissaguais(民俗博物館)のMaurice Gauffre氏をお店に呼んで下さり、この地方のお菓子についての話をお聞きしました。


この町には古いfour banal(共同の窯)も残っているのだとか。かつて3つの水車があってそこでは粉や油(胡桃)が作られいたそう。
かつてはこの辺りにもアーモンドの木が育てられていたという話なども…。

午後からは博物館を見学。
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↑ Musée du Laissaguais内、暖炉を再現したコーナー。
左端にはGâteau à la broche用の型やゴーフリエも。

私の大好きな昔の生活道具が沢山展示してあり、直々に解説して頂くことも出来てとても有意義な時間だったのでした♪



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by Ethno-PATISSERIE | 2015-08-02 15:38 | ⑯Midi-Pyrenees | Trackback | Comments(3)

Aveyron ;アヴェロン県の発酵菓子「fouace ;フアス」

fouace ;フアス』はAveyron ;アヴェロン県のスペシャリテで主に王冠形に作られ、
オレンジフラワーウォーターがしっかり香る発酵菓子。
パン生地に卵やバター等の材料を加えて作られた他の発酵生地同様、家族のお祝い事や祝祭時に
作られていたもので、現在では主に朝食やおやつとして食べられています。
パン屋さんやマルシェには大小様々な「fouace ;フアス」が並び、大きなものは好きな量だけ
量り売りしてくれ、地方や店によって特徴的な形をしていてワクワクします^^
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↑ fouace au levain de la Boulangerie Roques(Laissac)

fouaceの語は、7世紀に灰の中で焼いたパンを意味するラテン語「Focacius panis」に由来する俗ラテン語『focacia』から来た言葉。
フランスのみならず、イタリア語focaccia,スペイン語hogaza,ポルトガル語fogaça,ハンガリー語pogácsa等々、ヨーロッパ各地にこの語を語源に持つ語が存在しています。

また、このアヴェロン県のfouaceの他にフランス国内でもfougassefouée等々の似た名前を持つ菓子が
あり、地域ごとに特徴的な形・味のものがあり、それを探し歩くのはとても興味深い♪
* 日本でなじみ深いのは、プロヴァンス地方で作られる塩味のfougasse ;フガスでしょう。


元々パンから派生し、各地で独自に変化していった甘味&塩味のフアス&フガスたち。
中世からフランスの各地方で作られていたことが知られています。
Fernanc Molinierは著書「Promenade Culinaire en Occitanie(1973)」の中で、
1390年2月24日付けのCommandrie de Saint-André de Gaillacの規約と習慣についてロマンス語で書かれた手書き文書で、コマンドリー・メンバーにLe dimanche des Rameaux ;ディマンシュ・デ・ラモー(枝の主日)用として昼食と夕食に出される食材と共に「テーブルにfougasse ;フガス一切れとワインを置く」と書かれていることを引用しています。
* Commandrie ;コマンドリーとは中世、キリスト教騎士修道会が所有した地所、及び修道士、騎士とその関係者たちが暮らし、訓練する場のこと。
* Le dimanche des Rameaux ;ディマンシュ・デ・ラモー(枝の主日)についてはこちらをご参照ください。 
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↑ Fouace campagnarde d'Entraygue(Entraygueのマルシェで出会った田舎風フアス)


彼は同様に1593年の文書でラングドック州議会がアルビで開いた会議の際、アルビの町は議会のメンバーに「ローズ・ウォーターで香り付けしたfougassets(小さなフガス)を9ダース半とその他のお菓子をガイヤック・ワインと共に贈った」ことも引用しています。

いずれも現在のアヴェロン県の南隣に位置するタルヌ県辺りのことですが、
この辺りではこのころ既にデザートとしての甘いフガス(フアス)が作られていたことが分かります。


私が初めて出会ったのは(確か)1992年のこと。
Laguiole ;ライオルの町で1858年の創業以来ルセットを五代にわたって受け継ぐBoulangerie Rouxの、上に可愛いシニオンがのった『fouace de Laguiole;フアス・ドゥ・ライオル』でした。
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2002年、アヴェロン県を周った際にも様々に特徴的なフアスに出会うことができましたよ♪

現地では『fouace ;フアス』の名前が使われていますが「L’inventaire du patrimoine culinaire de la France ; Midi-Pyrénée版(1996)」では「fougasse aveyronnaise ;フガス・アヴェロネーズ(アヴェロン県のフガス)」として紹介されていて、少し不思議に感じました。
ポストカードにも稀に「fougasse」と書かれているものがあって、お店の人にも尋ねてみたのですが残念ながら「fougasseと呼ぶことは無いけど、そう書いてるものもあるわね」という返事しか聞くことができませんでした。

アヴェロン県の俚言では『fougásso又はfouásso』という名前でした。
なるほど「G」入り、無しの両方が使われていたのですね。

ではなぜ今は「G」無しの「fouace」となっているのでしょう?

あくまでも個人的な想像ですが「fougasse aveyronnaise」という書き方は、より一般的で認知度のある「fougasse」という名前に「aveyronnaise(アヴェロン県の) 」という形容詞を付けて、プロヴァンス地方のフガスとは違うものであることを強調し、また、実際に呼ぶ際は長すぎますし、区別する為にあえて「fouace」という名前を使うようになったのではないかな?と思いました。

フランス各地のスペシャリテについて書かれたCurnonskyとAustin de CROZE共著「Trésor gastronomique de France(1933)」の中にはfouaceやfougasseも掲載されていますが、
この地方のスペシャリテとしては『fougasse d’Espalion』の名前が挙げられていました。
このころは「fougasse」の名前も一般的に使われていたのでしょうか?
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↑ Fouace d'Espalion

いつごろから「fouace」の名前が使われるようになったのかは残念ながらよく分かりませんでしたが、
もう少し時間をかけて調べてみたいと思います♪



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by Ethno-PATISSERIE | 2015-07-29 11:00 | ⑯Midi-Pyrenees | Trackback | Comments(2)

「Navette de Saint-Victor ;ナヴェット・ドゥ・サン・ヴィクトール」

Navette ;ナヴェット」とはプロヴァンス地方でおおく見られる、オレンジフラワーウオーターで香りを付けた小舟形の焼き菓子のこと。 店によって大小様々なものが販売されています。

もっとも有名なのはやはりMarseille ;マルセイユの「Four des Navettes ;フール・デ・ナヴェット」というお店で作られている「Navette de Saint-Victor ;ナヴェット・ドゥ・サン・ヴィクトール」でしょう。
この店は1791年創業のマルセイユで最も古くからあるパン屋さんなのです♪
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創業者であるMonsieur Aveyrousが、小舟でプロヴァンスへたどり着いた聖母マリアたちや マルセイユのVieux Port(旧港)に漂着したヴィーナス像と言った伝説を想起させる「小舟形の焼き菓子=ナヴェット」を考案しました。
* 販売は翌年の1792年から

今も当時と変わらぬ秘密のルセットを用い、同じ窯で焼かれています。
* 現在はJean-Claude IMBERT氏と息子のNICOLASが計量や生地作りを行い、従業員が行うのは分割と焼成のみ。
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ここのナヴェットは他のものとは異なり、細長い棒状の生地を20㎝ほどの長さに切り分け、縦に切込みが入れてあります。
甘味も少なくかなり固め、当時と同じというのが頷ける味。
すぐそばにあるAbbaye Saint Victor(サン・ヴィクトール修道院)で行われる 「Chandeleur ;シャンドリュール」のお祝いに欠かせないお菓子でもあります。
* Chandeleur(2月2日)はキリスト教の祝祭の1つで、聖母お潔めの祝日。キリストの神殿奉献にあたる。
* 2月2日はキリスト生誕(=12/25クリスマス)の40日後にあたる。
旧約聖書レビ記第12章に「女が男の子を産めば7日間汚れる。…その女は血の清めに33日を経なければならない。その清めの日の満ちるまでは、聖なる物に触れてはならない。また聖なる所にはいってはならない。…」とあることに由来。

シャンドリュール当日の2月2日早朝、大司教が地下のクリプト内にあるNotre-Dame de la Confession(告解の聖母;黒マリア)の像をお迎えに行き、行列を作って修道院のすぐ横にある広場で町と海、そして緑の蝋燭を祝福してからミサが行われます。その後フール・デ・ナヴェットの店を訪れ「four ;窯」とその「ナヴェット」が祝福されるのだとか。
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↑ シャンドリュールの日のサン・ヴィクトール修道院の入口風景(ポストカード。public domaine)
Marchandes de navettes et de cierges, lors de la Chandeleur,devant l'abbaye Saint-Victor

この日はマルセイユのあちこちから信者がここへミサに訪れますが、 ミサが終わると緑色のロウソクとナヴェットを買うのが 古くからの習慣になっているそうで、お店の方から「列の終わりが見えないほど 長い列が出来る」とお聞きしました。
*この期間には8000~10000個ものナヴェットが販売されるとか !

この時に買った祝別を受けた緑の蝋燭とナヴェットは、家や自分たちをまもるお守りとして1年間保存。
1年後、蝋燭に火を灯してナヴェットを食べるのだそう。

マルセイユのナヴェットや、シャンドリュールのこの習慣についての古い記述を探してみましたが、一番古いものは1877年に出版された「Dictionnaire des villes, villages & hameaux du département des Bouches-du-Rhône/ Alfred Saurel 著」でした。(以下、一部引用)
「…A la porte même de l’antique édifice, ceux-ci achètent des cierges faites de cire vertes qu’ils vont faire brûler devant la Vierge Noire et des navettes ou gâteaux pétris avec de l'anis dont la saveur est, ce jour-là seulement, considérée comme délicieuse. …」
* 現在続く慣習と変わっていないのが分かります。ナヴェットはオレンジフラワーウオーターの香りでは無くて、アニス風味と書いてありますが…


マルセイユは何度か訪れましたが、このお店まで行ったのは2006年12月が初めて…。
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ちょうどある企業からの注文で、2本入りの小さな箱詰めを大量に作っているところでした。
他にも箱入りやナヴェットの並べられた天板等々、沢山のナヴェットにびっくりする半面、普通のパンも売っていたのはなんだか意外に感じてしまいました^^
(パン屋さんにパンがあるのは当然なのですが…^^;)


2月2日にマルセイユへ行くことはかなり難しいですが、1度は体験してみたい!
(* 2007-07-22 mixiでupした内容に加筆したものです。)



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by Ethno-PATISSERIE | 2015-07-14 19:39 | 21 Provence-A.C | Trackback | Comments(2)