1 帰りの電車の時間まで町をぶらぶらお散歩。 地の利に恵まれていたおかげで古くから栄えたProvins ;プロヴァンの町は、 中世の頃にはパリ、ルーアンに続く重要な都市であり、 商業の要としてヨーロッパから様々な産物が集まる所で、現在でも古い建物が多く残されています。 「Hostellerie de la Croix d’Or ;オステルリー・ドゥ・ラ・クロワ・ドール」という 1264年から1270年にかけて建てられ、今もなおそのまま残っているフランス最古のオステルリーも。 (周りから眺めるだけでも十分想像が膨らむ) ここでお昼でも良かったのですが、どうせなら観光客ではなくて地元の人が行くお店が良いなぁ~と思い それっぽいお店へ。 週末だったので地元の家族客で一杯!とても活気のあるお店でした。 一人でしたが、隣になった常連のおじさんとおしゃべりしながらの楽しいランチタイムに。 (食後のコーヒーおごってくれた♪Merci !) さて、プロヴァンのある町はBrie ;ブリーと呼ばれる自然地理区に属しており、 この地区ではBrie de Meaux ;ブリー・ド・モーをはじめとする各種ブリーが生産されています。 Coulommiers ;クーロミエを加えると町の名前の付いたものだけで6つもある充実ぶり。 *Brie de Meaux(AOC),Brie de Melun(AOC), Brie de Montereau,Brie de Nangis, Brie de Provins,Coulommiers そう、この町にもブリーがあるのですよ♪これを見つけるのも目的の1つでした。 時間さえあれば作っているところから見学したいところですが、プロヴァンへは日帰り旅なので手っ取り早くフロマジュリーへ。 さすが地元の有名チーズ屋さんだけあってBrie de Provins ;ブリー・ド・プロヴァンを無事発見! ついでにピスタチオを挟んで美味しそうなBrie à la pistache もお買い上げ^^ そしてマルシェでは、生産者が1軒しかないBrie de Nangis ;ブリー・ド・ナンジも発見! これまた楽しい食べ比べになりました。 (フランスの美味しいものに詳しい友人が日本に持ち帰ったBrie de Montereau ;ブリー・ド・モントローは特に大好きだったなぁ~) そうそう、Rose de Provins(プロヴァンのバラ)でも有名ですよね。 これは1240年、シャンパーニュ伯ティエボー4世(*)が十字軍遠征より持ち帰ったもの。 (*)テオバルド1世(Teobaldo I de Navarra, : Thibaut Ier de Navarre, 1201年 – 1253年) ; シャンパーニュ伯(ティボー4世、在位;1201年 – 1253年) ナバラ王(仏語ティボー1世又は西語テオバルド1世、在位;1234年–1253年) この時期バラには遅すぎでしたが、蜂蜜とバラの製品を扱うお土産物屋さんに入ると、 古い蜂の巣のコレクションが沢山! マダムがこれがまたとってもサンパティック♪ 沢山おしゃべりが出来て楽しいひと時でした(バラの石鹸をおまけにくれた♪)。 パリ近郊の観光地としても知られるプロヴァン。 各国から訪れた大勢の観光客にも遭遇しましたが、そこに住む人々は意外と観光客相手の手慣れた感じ じゃなくて、普通の(魅力的な)人々でした。 今度はバラの季節に行けるといいな~♪ ※※※ ■
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by Ethno-PATISSERIE
| 2015-10-31 19:43
| ⑫Paris/Ile-de-France
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「Crémet ;クレメ」の名前はcrème ;クレーム(生クリーム)、或いはcrémer ;クレメ(生クリームを加えるという動詞)に由来します。
* 名前を調べると他にCrémet の他にCrêmet 、Crémé と言うスペルもみられる。 かつてアンジュー地方では特にAngers;アンジェやSaumur;ソミュール周辺で多く作られていたそうで、 名称は「Crémet d’Anjou ;クレメ・ダンジュー」の他、町の名前を冠した「Crémet d’Angers ; クレメ・ダンジェ」や「Crémet de Saumur ;クレメ・ドゥ・ソミュール」という名前も見られました。 * 例えば20世紀前半に出版された古い有名なガイドブックを見ると、このように書かれている。 ◎「Guide UNA(1931年)」では「Angers ; アンジェとSaumur ; ソミュールのスペシャリテ」として クレメを紹介。 ◎フランス各地のスペシャリテを紹介する「Trésor gastronomique de France(1933年)Curnonsky,Austin de CROZE共著」の中では「Crémets d’Angers;クレメ・ダンジェ」の名前で掲載。 ◎Larousse gastronomique de Prosper Montagné( 1938年) の中では「Crémets d’Angers ou de Saumur」と記載。 この他にMaine-et-Loire県の隣県Loire-Atelantique ;ロワール・アトランティック県の中心地Nantes ; ナント近郊でも作られており、その名も「Crémet nantais ;クレメ・ナンテ(或いはCrémet de Nantes ;クレメ・ドゥ・ナント)」。ここでも20世紀初めには既に有名でした。 * 1984年に出版されたフロマージュの本「Le Livre d’Or du Fromage,Pierre Androuet著」の中にはCrémet d’AnjouとCrémet nantaisの2つが掲載されており、「Crémet nantais ;クレメ・ナンテ」は温めた牛乳にレンネットを加えて固めたものを穴のあいた型に入れて水気を切って作る方法が紹介されている。 * 現在「Crémet nantais ;クレメ・ナンテ」と言う名前で販売されているものは、材料に生クリームと卵白の他にフロマージュ・ブランが入っている。 ![]() 現在、一般的に「クレメ・ダンジュー」と「クレメ・ダンジェ」の違いはフロマージュ・ブランが入るかどうかで、前者には入らないとされています。 しかし、これらに違いは無いと言うもの、「クレメ・ダンジュー以外はフロマージュ・ブランを使うという違いがある」と書かれているものも存在してちょっとややこしい。 実際にルセットを集めてみると材料も作り方も様々で決まっていないようにさえ感じるほど…。 では、アンジェの古文書に初めて記載された当時の「フロマージュ・ドゥ・クレーム」や「クレメ」はどんなものだったのでしょう? 探してみると「Nouvelle Instruction pour les confitures,les liqueurs et les fruits,François Massialot 著」の1740年度版の中に「Fromage de Crême(P-285)」のルセットを見つけることが出来ました! ![]() 作り方はこんな感じ…。 「生クリームに牛乳を加えて熱し、指を入れられる温度まで冷ましてから牛乳を少し加えたレンネットを加え、布か目の細かい裏漉しで漉す。蓋をして固まるまで置く。柳で出来た小さなカゴ、或いはブリキの型にスプーンで入れ、水気を切る。器に盛り付け、上から砂糖を加えた生クリームをかける。」 これは現在でいうとクレメというよりむしろフレッシュチーズ(フェッセル)の感覚ですね。 * François Massialot;フランソワ・マシアロ(1660-1733) 数多くの宮廷でシェフ・キュイジニエを務め、数冊の料理書を残している。クレーム・パティシエール(スペルはCrême pâticiere)やクレーム・ブリュレ(Crême brûlée)のルセットの初出は彼の著書「Le Cuisinier roial et bourgeois(1691)」。 この本のもっと古い版を探すと1712年度版が見つかりました。 この中に「Fromage de Crême」は無かったのですが「Crême en neige ;クレーム・アン・ネージュ」というものを発見! 「1 pinte(1パント;昔の液量単位)の新しい生クリームと新鮮な卵白2つをオレンジ花水で香り付けして 泡立てる。表面に泡が上ってきたらすくって別の容器に移す。全てが泡立つまで繰り返す。砂糖を加えて溶けるまで泡立て、ガーゼか目の細かい布を敷いた小さなカゴに入れ、水気を切る。」 こちらの方が現在のクレメにより近いような気がしました^^ 両方の本には生クリームや牛乳と卵、砂糖を使って(いわゆるチーズは使わずに)作られた「Fromage」と分類されるものがいくつか紹介されており、この当時は同様のものが広く作られていたことを想像させます。 では次に形はどんなものだったのでしょうか? ナントで使われる言葉(言い回し)について解説する「Les Locutions nantaises(1884年)Paul Eudel著」では、クレメを「柳製の小さなカゴに入れて作られた半円形の乳製品」と説明しています。 また、円筒形のブリキ製型もあったようです。 また「Souvenirs d’un vieux Nantais,1808-1888(1888年)Léon Brunschwicg著」には 「柳製の小さなピラミッド形(のカゴ)を使う」とあり、様々な形があったことが分かります。 20世紀初期には「その①」で紹介したような陶器製で水切り穴の付いたハート形の型が出てきます。 そしてこのハート形が作られる前は円錐台形だったのだとか。 こちら☆にはその型の写真が紹介されていて、偶然にも私が持っているのと同じ! ![]() それにしてもいったい誰がこれらの形にすることを思いついたのでしょう? 家庭では家にあったものを転用したのかもしれませんがお店ではどうだったのか? Marie Renéaume ;マリー・ルネオムの店ではどんな形で販売されていたのでしょうね。 とても気になります。
![]() 本やネットでルセットを集めていくと、本来の生クリームと卵白と言うシンプルな物の他にも様々なものがあるのが分かります。 ①泡立てた生クリーム(クレーム・エペッス+クレーム・フルーレットのことも有)と泡立てた卵白を混ぜる。 ②フロマージュ・ブランに泡立てた生クリームと泡立てた卵白を混ぜる。 ③生クリーム(クレーム・エペッス+クレーム・フルーレットのことも有)にレンネットを加えながら泡立てる。 ④カイエ(牛乳にレンネットを加え、固めたもの)を水切りし、クレーム・エペッスとクレーム・フルーレット、バニラシュガー、泡立てた卵白を加える。 ⑤牛乳を30℃に温めレンネットを加える。(Crémet nantais ;クレメ・ナンテ) これらすべて試してみましたが、③は思ったように泡立たず、1度は泡立て過ぎてバターになりかけてしまいました。 * ちなみにアンジュー地方で使われる俚言や言い回しについて語彙集 「Glossaire étymologique et historique des patois et des parlers de l'Anjou(1908年)Verrier et Onillon共著」の中で、クレメは「バラットの中でバターに変わる寸前の生クリームで作った乳製品」と説明されている。 経済的な理由(高価な生クリームの量を減らす為 ?)からか、Caillé ;カイエやfromage blanc ;フロマージュ・ブラン等を加えるようになっていったとも言います。 ルセットは各自で秘密にされいたため作り方も様々になり、また恐らく家庭では手に入るものを使い工夫して作っていた為、材料にもバリエーションが出来たのかもしれませんね。 (いずれの作り方でもそれぞれに美味しいクレメが出来ました♪) ※※※ ![]() ![]() ■
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by Ethno-PATISSERIE
| 2014-08-07 19:29
| ⑱Pays de la Loire
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「Crémet d’Anjou ;クレメ・ダンジュー」はPays de la Loire地方圏Maine-et-Loire県のスペシャリテ。
Fontainebleau ;フォンテーヌブロー等と同様フロマージュの1種。主にFromagerie ;フロマジュリー(チーズ屋)やCrémerie ;クレムリー(乳製品を扱う店)で扱われるものです。 * Anjou ;アンジューはフランス革命以前に使われたAncienne province(旧州名/旧地方名)のこと。 現在の県にほぼ一致している。中心都市はAngers ;アンジェ。 クレメ・ダンジューは泡立てた生クリームに泡立てた卵白を混ぜ、1人分ずつ水切りして作られるデザート。 (フロマージュ・ブランは使わないのが基本の作り方) 上から生クリームと砂糖をかけて、或いは赤いベリーのクーリをかけて食べられます。 1年中ありますが、赤いベリー類が採れる春から夏にかけてのシーズンに多く作られます。 ![]() アンジェのサイトAngers.frにはその歴史が詳しく紹介されていました。 18世紀にはあったことが分かっており、市の古文書では1702年、続いて1704年に納入された食事の中に 初めてこのデザートが記録されているそうです。
その当時は「fromege de crème ;フロマージュ・ドゥ・クレーム」と呼ばれていたとか。 「Crémet ;クレメ」という名称が古文書の中で見られるようになったのは1741-1743年。1767-1779年には市当局から提供された宴会で定期的にクレメが出されていたそうですが、その後廃れてしまいました。 さて、18世紀後半に廃れてしまったクレメですが次に現れたのは1世紀後、偶然の出来事から・・・。 「大きなお屋敷の女料理人Marie Renéaume ;マリー・ルネオムは1890年のある夜、デザートが足りない ことに気付いた。機転を利かせて残っていた生クリームに泡立てた卵白を混ぜ、型代わりにポルト用のグラスに詰め、これを器に取り出してから表面に生クリームをかけバニラシュガーを振りかけた。」 1898年1月10日、André Girault ;アンドレ・ジローと結婚したマリーは、1901年アンジェの2 rue Saint-Julienにあったバターや卵等、乳製品を販売するCrémerie David ;クレムリー・ダヴィッドを買い取り、 本格的にクレメを販売し始めます。 店で個人向けに販売するほか、レストランにも卸される他、女性たちによる移動販売も行われて大流行したとか。 * こちら☆のサイトではマリーのポートレートとお店の写真を掲載。 *こちら☆のサイトでは1918年に撮影された移動販売の写真を掲載。 ![]() ↑ こちらは古いハート形のクレメ型。いつから?、そして誰が?使い始めたのかは不明 アンジェ生まれの美食家、Curnonsky ;キュルノンスキー(本名;Maurice-Edmond SAILLAND ;モーリス・エドモン・サイアン)は著書「La France gastronomique, guide des merveilles culinaires et des bonnes auberges françaises. L'Anjou(1921)」の中で 「アンジュー地方のクレメは神々のご馳走である。この地方の伝統のルセットで、残念なことに数人の農民たちの間で秘密にされている。どんなクレーム・シャンティーも、香り高くなめらかで軽いこの泡々とは比べものにならない」と絶賛しています。 人気が出ると真似をして販売する人が増えてくるのは世の常のようで、アンジェのブーランジェ・パティシエ Louis Fouquet ;ルイ・フーケ(95,route de Paris)は1910年「Crémets des ducs d’Anjou ;クレメ・デ・デュック・ダンジュー」の商標登録までしたのだとか(Girault 夫妻は商標登録をしていなかった)。 1923年になるとジロー 夫妻は徐々に商売を縮小し、クレメの製造も途絶えました。 真似して製造していたところも多かったクレメですが、デリケートで遠くへの輸送も困難だった為に、製造する人も徐々に少なくなっていった模様。 数は減ったものの今でもスペシャリテとして作り続けられていて、私が初めて食べたのは1991年Angers ;アンジェへ行った時。市場のフロマジュリーで見つけることが出来ました。 ![]() ↑ この白っぽくてわけのわからない写真(恥)が市場で買った初めてのクレメ 現在レストランのデザートとして食べられるお店も数件ありますが、生クリームと卵白だけで作られているのかな。 その②へ続く・・・ ※※※ ![]() ![]() ■
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by Ethno-PATISSERIE
| 2014-08-04 10:42
| ⑱Pays de la Loire
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フランス全土に数え切れないほど様々なフロマージュのあるフランス。
地元で作られるフレッシュチーズを使ったチーズケーキもあちこちで目にすることが出来ます。 「la flaune;フローヌ」は、チーズ作りの際に残る乳清(ホエー)から作られた「recuite ;ルキュイット」と呼ばれるフレッシュチーズに卵、砂糖を加え、オレンジ花水で香りつけたものをPâte à brisée; パータブリゼを敷いた型に入れオーブンで焼いたタルトです。 ![]() Aveyron;アヴェイロン県南部(Millau;ミヨー/St Affrique;サン・タフリック)やTarn;タルン県北東部、Lacaune;ラコーヌ種の羊が育てられている地域(ロックフォールチーズ等を生産)のスペシャリテでflône,flausone,flazoune(オック語ではflausona)とも呼ばれます。 ![]() ビニール袋で量り売り。 ![]() 羊乳製なのでコクがある。 これらの「flaune,flône,flausone」という名前は『flan;フラン』の変形。 この『flan;フラン』という語は古フランク語で円盤状のものを示す「flado;フラド」に由来しています。 flan;フランはご存知の方も多いでしょうが、「卵ベースのappareilを詰めて焼いたタルト」のこと。 Pays de la Loireのfion;フィオンやCorseのfiadone;フィアドーヌ等も同じflan;フランの仲間です。 ![]() フローヌのタルトレット(ミニサイズ) 12世紀には「flaon」と呼ばれる、チーズやクリームに卵や砂糖を混ぜたもので作る大きなタルトが存在していました。 14世紀にトゥールーズで「 flausones 」や「 flauzon 」と言うお菓子についての記述が見られますが、 これについて記載されている資料は19世紀以前までは非常に珍しいものだったようです。 この菓子は元々、お祭りや家族のお祝いの時に家庭で作られるものでした。 お菓子屋さんで製造・販売ざれるようになったのは第一次・第二次世界大戦間頃から。 さて、これを初めて食べたのは2004年、Millauへ行った時のこと。 フローヌとお皿に盛ったルキュイットを持ってきて味見させてくださったのでした♥ 日本でも「Ricotta di Pecora;リコッタ ディ ペコラ」というイタリアの羊乳製リコッタ(ホエーチーズ)が手に入るので、ルキュイットの代わりにこれを使ってフローヌを作りました。 (因みにRicottaもrecuite も「もう一度火を通した」という同じ意味の名前が付けられています) ![]() ![]() 以前コルシカのBrocciu;ブロッチュでFiadone; フィアドーヌを作った時には多少羊臭さがあったのですが、 このリコッタでは全く臭さは感じられず、出来上がりもルキュイットを使ったものにそっくり♪ 今度この地方へ行く機会があったら、また是非食べたいお菓子です。 ※※※ ■
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by Ethno-PATISSERIE
| 2011-05-08 14:54
| ⑯Midi-Pyrenees
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